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かえるのお気楽短編集

かえるの息抜き短編

作者: かえる



 居酒屋の化粧室、鏡の前。

 跳ねさせ遊ばせた毛先を指で摘み、髪型を整える。

 それから見慣れた顔を右から左からと鏡に写し流した。


「よし、ほどほどにイケメン」


 酒には酔っているが自分には酔っていないからな。

 反転する世界の男に告げ、俺は化粧室を後にする。


 フラフラと会社の同僚達が待つ忘年会の席へ舞い戻ろうとする中、年の暮れだからだろう……と思う。

 特に振り返らなくてもイイような夏の出来事が、なんの前触れもなく、フっと頭の中を過るのであった――――



 仕事中の昼飯前、取引先へ向かう為バスを利用した。

 ガコンと開いた扉をくぐり、側にあった整理券を引き抜きキョロキョロ。

 車内は混んでいたと言う程ではないにしろそこそこの乗車率である。

 奥では子供がはしゃいでいる。ガラリと空席が並ぶのはおじいちゃんおばあちゃん優先のシルバーシート。

 どちらとも気乗りしない俺は乗り口より少し後方の座席に目をつけた。


 二人用の座席、窓際に白のワイシャツ、灰色のスラックス。

 既に俺と似たような格好の男性が座る。

 同じ業種なのかまでは分からないにしても、蒸し暑さにも負けず、強い日差しにも負けず、快晴ですが雨ニモマケズ戦うジャパニーズサラリーマン同士なのであるからして、


「すみません。隣失礼します」


 愛想よく振る舞い、気兼ねなく隣の空いた席へ腰を着地させようとすれば、


「あっ……」


「あっ?」


 疑問符加えてリフレクト。

 俺は着席寸前のやや間抜けな姿勢と間抜けな声で、男性の言葉にオウム返しであった。


「いえいえ、そのですね……申し上げにくいのですが……前、空いていますよ?」


 言われて前方をよく見てみた。人の頭が並ぶ中、いくらか先の座席にはそれが見当たらない。

 ああ、なるほどなるほど。

 同士よ理解した。


 移動中くらいは一人で過ごしたい気持ちはよく分かる。そういう事だよね。

 幸いな事に俺のお尻はまだシートに触れていない。

 ゆえに、彼の申し出の是非は極めてセーフだと言える。

 うむ、ギリギリで俺のお尻を止めたタイミングはなかなかのものだ。きっと彼はできるビジネス戦士だ。

 そんな彼の相席は遠慮したいとのささやかな願いに応えるべく、俺は仕事で培った笑顔を贈ってから走り出すバスの中を移動した。


「男色家だとか誤解されたら嫌だし、別に気に病むことではないな」


 表情を薄ら笑いに変え、なんだかちょっぴり傷付いた心をそれなりの理由をつけて慰め、ドスンと新たなシートに腰を据えた。

 フウ、と一息付く間も訪れないままに、居心地が悪くなる。

 なぜならば……であるが、こちらもまた窓際に乗客が座っていらっしゃったではないか。

 年の頃は大学生くらいに見える小柄な女性。シートにスッポリ収まりながら、手にしているスマホの画面に夢中であった。


 正直座る途中で気付いてはいた。でも、こっちは空席だと思い込んでいたのである。

 車と同じ、お尻は急に止まれない。

 小柄な女性の空いていた隣へ、なし崩しに座ってしまった。

 気まずくなるような事は何一つないはず。

 ただ、マナー的に一言断りを入れるのが自然と言うか……気構えができていなかったと言うか。

 いやはや、何かしら気まずいし、何やら息苦しい。


 全然落ち着けないままバスに揺られてしばらく、隣からすみませんと声を掛けられた。

 なんでしょうかとばかりに女性へ顔を向ける。


「ええと、前……空いてますけど……」


「ええと……前、空いていますか……」


 俺の前世はオウムなのかも知れない。

 女性はコクリ小さく頷くと、またスマホへ視線を戻した。


 ビジネス戦士の時と違い今更言われてもアウトだよ。そうジャッジしたいところ。

 けれども、異性からの相席拒否は何かもが違ってくる。


 俺はなんだか、涙した。

 胸中を濡らしながら、スっと席を立つ。心なしか足元がおぼつかない気がする。

 きっと、揺れるバスのせい。


 そして。


「前……運転席なんですけれど」


 見たままをボソボソ言って振り返る。さっきまで一緒だった女性と目が合う――がしかし、その視線はサッと下に流れ、スマホへ逃げた。

 あからさま過ぎる仕草に耐えられなかったメンタル弱な俺は、しばし現実からの逃避を行ったようで、気付けば肩身を狭くしてシルバーシートに着席していた。


 二度あることであっても三度あってはならない。

 相席を拒まれた原因なり理由を、俺はひたすら追い求めた。

 もしかして俺は臭いのか? とか、鼻から不快な物が出ていたのか? とか。

 しかしながら努力の甲斐虚しく、謎の解明までには至らなかった――――



「まったく……忘れていたのに。イヤな出来事を思い出してしまった」


 クンクンと体の匂いをチェックしてから、俺は忘年会で盛り上がる座敷へ。


「長かったな。馬場だけにババでもしてたのかよ」


 席に戻って早々、同僚の羊山ひつじやまが関西人にしか通じないような内容で話しかけてくる。


「ちげーよ」


「まあ違うわな。馬場のはもっとなげーもんな」


 羊山よ。お前は俺の何を知っている。

 ゲラゲラと笑う楽しそうな同僚を尻目に、俺は座布団へヨッコラセである。


「てか馬場」


「うん?」


「お前さあ、前、空いてる」


 飲みかけのグラスを取ろうとして、俺は固まった。

 羊山があのバスの出来事を知るはずもなく、ましてついさっきまでその事を思い返していたなんて分かりようがない。

 だからただの偶然……なのだろうけれど、なんかコエーよ、お前。

 で、背筋をヒンヤリさせられたついでに主張したい。


「いきなりだし意味不明なんだよ。そもそもこの席は、前も後ろも関係なく初めから俺の席じゃねーか」


「はい?」


 俺と羊山。

 互いの間には、まるでテレビ電話で会話している時のようだとでも言えばイイのか、近くだけど遠い妙な空気感。

 困惑気味な羊山の顔がそこにあって、ピンと伸びた羊山の人差し指が俺を、いいや、俺の下腹部辺りを指差されている――と気付いて直後、


「ああ、なるほどなるほど。はいはいなるほどー。いろいろなるほどねー」


 ミントガム程度では到底追いつけない爽快さが、全身を駆け抜けた。


「確かに……前、開いてますね」


「だろ。てか何、馬場はそれ、オシャレさんで開けてんの?」


「んなこたーないですよ、羊山さん。ははは」


 俺は景気良く笑い、ズボンのファスナーに手を掛けつつ、いつかのビジネス戦士とスマホの女性に、心の中でお礼を述べた。

 俺はバスを降りた後の事、取引先での記憶を葬ろうとめいっぱい酒を煽るのであった。





読んで頂きまして、ありがとうございます。


 女性にはピンと来ない内容だったかも!? ですが、

 TV番組を観ていたら芸人さんがダジャレで

 「開いている」と「空いている」をかけた話をしていて

 なんか食いついた作者かえる。


 その事に触発され展開させたお話だったりします。

 なので、面白くなかったらそれは――――ただただ、かえるの力不足です。

 お話し上手になれるよう精進いたします。


 少しでも楽しめるお話であって欲しいな~と、

 他力本願上等の神頼みをして、あとがきとさせて頂きます。


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