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イェンスとルジェーナ  作者: 如月あい
七章 愛のかたち

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断章≪最期の願い≫

 母は淡い紫色の髪を持った美人だった。母は父を愛していたし、父は母を愛していた。しかし私はどうしても、母が恐ろしかった。

 私がどんなに小さな声でつぶやいた声も聞こえるし、私がかなり離れた場所で友達と遊んでいるときに話した内容も把握していた。

 私の髪は金髪だといわれるけれど、よくよく見ると、かすかに紫色の髪が混ざっている。

 母の生まれが王都のはずれにある街だということと、母が類稀なる能力(オムニポテンス)と呼ばれる一族の人間なのだということも知っていた。

 しかし私は、人よりは耳が良いくらいで、強い力をもってはいないようだった。だからこそ、私は自分の母親の力が、どこか空恐ろしいものに感じられたのだった。

 陛下に見初められたとき、私は少しだけ安心した。母から離れられることを嬉しいと思ったのだ。

 そして私は陛下の前では普通でいようと決めていた。できるだけ母親の特異さにも気が付かれぬよう、陛下の興味が向かないようにと務めた。

 陛下を愛したことがあるかと言えば、それは私にはわからなかった。彼には私の他に三人の妃がいたし、陛下もまた、私に対して格別の愛を注いだという風には感じられなかった。

 それでも一人目の子どもであるリシャルトが生まれたときは嬉しかったし、二人目の子どもであるイザベラが生まれたときも、静かな幸せを感じていた。

 二人の髪の色が陛下に似て綺麗なムラのない銀髪だったことも私の心を落ち着かせた。

 ところが、イザベラが一歳になった時、私はあることに気が付いてしまった。

 あの子は私が後ろからこっそり近づいても、すぐに私に気がついて笑顔を向けた。リシャルトの時はあまり育児に携わらなかったので気がつかなかったが、イザベラは自分でも面倒を見たのがいけなかった。

 二歳になると、イザベラが母の耳の良さを引き継いでいることに気がついた。そして、ある日見てしまったのだ。イザベラの銀髪に混ざった、一本の紫色の髪を。

 私はその日からイザベラに会うのをやめた。陛下と閨を共にするのも、理由をつけてできるだけ断った。リシャルトは、普通の子どものように見えた。だからリシャルトだけを可愛がった。

 しかしイザベラにも優しく接することは忘れなかった。私は自分の中にながれる血が露見するのが怖かったからだ。

 陛下を拒んだのは他でもない、これ以上、イザベラのような子どもを増やすのが恐ろしかったからだ。

 

 イザベラが他人とうまく付き合えないのは知っていた。それが自分のせいだという自覚もある。人形姫と呼ばれた彼女は美しかったが、恐ろしかった。私にはどうすることもできなかった。

 陛下は興味がなく気がついていないのだと私はずっと思っていた。だから私は態度を改める機会を失っていた。



 世間がミル大佐の暗殺で騒がしくなったとき、陛下が訪ねてきた。

 すると陛下は真剣な顔をして、一通手紙を私に渡した。


 もし自分が死んだら、読んでほしい。自分が死んだ後のことについて書いている。


 彼はそんなようなことを言った。そして死ぬまでは開けてくれるな、と。

 私はそれを侍女に預けた。封は切っていない。そして然るべき時に持ってくるようにと言いつけた。


「まさか本当に、こんな時が来るなんて」


 私は封筒の封を切った。部屋には誰もいない。隣の部屋に控えているように頼んだのだ。

 封を開けると、紙が数枚、入っていた。

 リシャルトが王に指名された時、陛下は全てを知っているようだった。しかし私はその後、恐ろしくて陛下に問うこともできなかった。そしてそのまま、彼はいなくなってしまったのだ。

 リシャルトが殺したことになっているようだけれど、おそらくはルカーシュが殺したに違いない。

 しかし私にとってはどちらでも良かった。どちらが殺したのだとしても、私はホッとしていた。自分の秘密を知る者が一人減ったのだから。


 ゆっくりと折りたたまれた紙を開く。

 死んだ人間の想いを知るのは、案外恐ろしいことなのかもしれない。私は何故か手が震えていた。自分で意識もしないどこかで、私はこの手紙を恐れている。

 それでも私は手紙に目を通した。




 愛すべき妻、エノテラへ

 お前はこれを約束通り、私の死後に読んでくれているのだろうか? きっとそうだろう。エノテラは約束を破ってまで私を知りたいと思う女ではあるまい。


 

 まず目に留まったのは、愛すべき妻というフレーズである。妻、と呼ばれるのは不思議だった。妻であるより私は妃だった。愛想のよく優しい妃。

 それに最初の四行を読んでいると、なんだか死ぬ前に読んで欲しかったようにも思えてくる。




 私はお前が何の血を引くのか知って妻にした。それは古くからある密約に則ってのものだったが、お前は知らなかったようだな。お前の母は、きっとお前を妃にする気は無かったのだろう。

 ただ、本当ならばお前はその血統を恥じるどころか誇るべきだ。

 今のヴェルテード王国があるのは、何よりもその血のおかげであるし、私にも流れている血でもあるからだ。




 私にも流れている、という言葉に目をむいた。陛下にもあの一族の血が流れているとはとても信じられなかった。




 王家の血とかの一族の血が混ざると、大抵は強い力の子どもが生まれる。リシャルトもイザベラも才能あふれる子どもだ。それもあって次の王にと考えている。

 お前はイザベラが耳が良すぎることを嫌っているようだが、リシャルトも大差はないはずだ。しかしリシャルトはそれをあまり活用しない、外に見せないのに比べ、イザベラはあまりに開き直って力を行使している。

 ただ、私があの二人を次の王にと考えるのは、単に密約や力のことがあるからではない。

 もう私は死んでしまったから言うが、私はエノテラ、お前に一目惚れをした。三人妃がいるが、最も愛したのはやはりエノテラ、お前だ。

 確かに無条件に愛をくれたカルミアの隣が心地よかったことは否定しない。

 しかし私はやはりエノテラ、お前を何よりも愛している。そして子どもたちを。

 お前はきっと驚くだろう。私は愛情を表現する術を持たぬ男だ。どの子どもたちにも、私が父親として愛情を持っているなどということは信じられないに違いない。

 それでも、私は大切に思っている。たとえ伝わらなくとも。


 リシャルトには、リシャルトとイザベラを王にと考えていると話をしている。あれは妹想いで、もしイザベラが王位を拒むのなら、私が継ぎますと宣言していた。

 イザベラは引きこもりがちだが、しかし最近は信頼できるものもいるようだ。それにあの子には才能がある。これから変化していく王国にきっとあの子はついていけるだろう。

 お前はイザベラの力に気がついてから、酷く病んでいるようだった。いつも微笑みながら、何かに怯えている。

 私はそんなお前になんと言っていいかわからなかった。だから何もできず、ここまできてしまった。

 本当は北東部に住むあの一族に、王都に戻ってきて欲しい。私が生きている間にかなうかは分からない。しかしかつての王が、共に戦った仲間を僻地に追いやるのは、想像以上に辛く苦しいものだったに違いない。私はそんな裏切りを背負った王家の人間として、その責任をとりたいと考えている。

 お前は全く一族の歴史について知らないのかもしれない。しかし母君はまだ存命だと聞いている。まだ間に合うのなら、聞いてみてほしい。向き合ってほしい。


 これを読むお前は、一体いくつだろうか。

 この手紙を渡してから数十年経っていて、もうリシャルトやイザベラに子どもがいるかもしれない。

 はたまた、私が実はまだ生きていて、お前は大層びっくりしているかもしれない。もしそうならば、一言、手紙を読んだと言ってほしい。

 そのときは話をしよう。私もこれ以上逃げるのはやめる。


 しかし、私の予想では、この手紙は十年以内に、しかも私の死後に読まれるはずだ。

 エノテラ、もしまだ間に合うのなら子どもたちを守ってくれ。リシャルトだけでなくイザベラだけでもなく、他の妃の子どもたちも。

 そしてイザベラと向き合ってほしい。あの子を愛してあげてほしい。私に対して愛がなくとも良い。イザベラはお前の娘だ。私の可愛い娘だ。私たちの、娘だ。

 さよなら、エノテラ。いや……イザベラ・ネージュ。

 お前の幸せを祈る……




 


 私は読み終わって、そのままその紙をぐしゃりと握りつぶした。しかしはっと我に返って、皺だらけの紙を綺麗に伸ばす。

「なんてこと……なんてことなの……」

 私は封筒に手紙を戻そうとして、まだ何か入っていることに気がついた。

 封筒をひっくり返すと、出てきたのはイヤリングだ。

 一つには青い石が。もう一つには赤い石がついている。

 それがリシャルトとイザベラの目の色を表しているのがわかった。まだ何かないかと封筒を覗くと、封筒の裏になにか書いてあった。

 封筒をゆっくりと切り開いてあけると、そこには文字がかかれてある。


「愛するエノテラへ。いつか二人を受け入れられるようになったら、つけて欲しい。イザベラが嫌いだなんて嘘だろう? 自ら、自分の名前を分け与えた娘なのだから」


 ポタリと握りしめた紙に雫が一つこぼれ落ちた。そのあと急に降り始めた雨のように手紙や手を濡らしてゆく。


 イザベラが生まれたとき、私は嬉しかった。リシャルトが生まれた時よりも。

 リシャルトは王の子どもだったが、イザベラは私の子どもだと思ったのだ。

 だから私の名前を渡した。


 あの子が私の本名を知っているのか、それは私にも分からない。この場所ではずっとエノテラと呼ばれてきた。それが慣習だった。

 ネージュという名前が一族の呼名であるように、妃につけられる花の名前というのは、一族の呼名の名残を引き継いだものなのだろう。


 私は忘れていたのだ。

 自分の名前も、名を託した娘への愛も。


「ごめんなさい、イザベラ……」


 私は震える手で、イヤリングを外した。そしてそれを無造作に机に置くと、青と赤の石のイヤリングを身につける。


 急にイザベラを好きになったり、他の子どもたちに興味を持ったりはできないと自分で分かっている。

 それでも、努力はしようと決めた。

 国王の最期の願いを聞くために。

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