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イェンスとルジェーナ  作者: 如月あい
六章 愛と憎しみが牙をむく

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ソレイユとリュヌ②

「ヴァンは来なかったよ」

 イェンスとルジェーナの会話に、第三の声が割って入った。二人が振り返ると、アドハーブルの隣に、一人の迫力ある美女が立っていた。

 まず、背が高い。そして筋肉がほどよくついた引き締まった体をしているのに、胸にはきっちりと柔らかな脂肪が残っている。

 紫色の髪であるのは言うまでもないが、目も濃紫色で、見つめられるとドッキリしてしまうような目力のある大きさだ。

「私がこの町の長であり、アドハーブルの母であるシェフだ。ただ、長になる前はテールと呼ばれていたから、そちらを使ってくれて構わない」

 彼女はそういうと、迷わずにルジェーナの向かい側の席に座る。アドハーブルはその隣に腰をかけた。

「テールさん……初めまして。私はソレイユと申します」

「厳密には、会ったことがある。妹は一度だけ家族を連れてここに来た」

 妹、という単語で、イェンスはようやく彼女がユリアの姉なのだということに気がついた。アドハーブルがルジェーナの従兄弟ならば、当然そうなる。

 しかしイェンスには、目の前の迫力ある美女がユリアの姉だとはどうしても思えなかった。

 記憶の中のユリアは髪も長く柔らかな雰囲気で、美人ではあったが、もっと線が細かったと記憶している。

「そうなんですか?」

「君が二歳の時だ。君の片割れのリュヌが病に倒れて、ここに来たんだ」

「リュヌが……」

 話の流れから察するに、リュヌとは本当のルジェーナのことだろう。つまり今のルジェーナの双子の片割れで、今はもうなくなってしまった人だ。

「その時に、大佐(コロネル)とも初めて会った。二人は双子を抱えて、最後の望みをかけてここに来た」

「リュヌは、この地の技術を持ってしても助からなかったんですね」

 テールはルジェーナの言葉に少しだけ辛そうな顔をした。

「厳密には少し違う。少しだけ、遅かったのだ。もう少し早く来れれば、助かったかもしれない。そう、町の者は言っていた」

「……お母さんはそれを聞いて、なんと?」

「言わなかった。心が弱っているあの子に、そんなことは言えなかった。それに話を聞く限り、ヴァンと大佐(コロネル)の判断は素早かったし、彼らは最速でここに来た。それでも間に合わなかったから天命なのだと私は思った」

「そうですか」

「だが、言わなかったがあの子は聞いていたんだ。そして、リュヌが死んだ次の日の早朝、たまたま早く起きた私は、ヴァンの一家こっそりとここの地を出て行こうとするのを目にした。驚いて引き止めると、ヴァンは言った。ここになんて来なければ良かった、と。もし来なければ、奇跡的に腕の良い医者に出会えて間に合った・・・・・かもしれないのに、と」

 子のいないイェンスには、当時のユリアの気持ちは分からない。ただ、彼女はきっと本当は慰めて欲しかったのだろう。

「あの子は泣いていた。でも、私たちが悪いわけじゃないとも言った。このまま滞在すれば、責めてしまいそうになるから、だから出て行くのだと」

 ルジェーナはじっとテールを見つめていた。彼女は双子の片割れについて多くを語らないのは、きっと彼女にとってはほとんど覚えていない存在だからだ。

「ただ、あの子たちにはきっと、もっと慰めの言葉が必要だったんだろう。あるいは、今の医療技術では不可能だったと言ってやれば良かった。あの子はあの日以降、一度もこの地に戻ってこなかった。半年に一度はやり取りしていた手紙も、途絶えた」

 テールの後悔がひしひしと伝わってきた。切ない声だった。彼女はルジェーナを見ずに、目を伏せて話している。

「ただし、あの子は来なかったが、彼は来た。六年前に一度だけ。彼の語った内容は、我々の想像を絶する内容だった」

「それは……私の父なんですね?」

「ああ。あの男は真っ青な顔をしてこの地に来た。そして私たちが喜んで出迎えると、彼はひどく安心した顔をした。何があったのか気になって聞いてみると、彼は言ったんだ。この一族を滅ぼそうとしている人間がいると。そしてその男は自分が王になるために、兄を殺そうとしているのだと。もしその男が王になれば、この町が壊滅させられるかもしれないとも言っていた」

「その男の名前は、言っていましたか?」

 ルジェーナが椅子から立ち上がってそういうと、テールは小さく頷いたあと、ルジェーナに座るようにと手で合図した。落ち着けという意味も込められたその仕草に、ルジェーナはすっと椅子に座りなおす。


「第二王子だと言っていた」

「やっぱり……!」


 ルジェーナの中で、第二王子ルカーシュが犯人ではないかという推測は既にあったようだ。

 動機は分からないが、香水の件もある。それに事件をもみ消すだけの強大な権力者という意味でも、彼は最も疑わしい人物である。


「我々はそれを聞いて、可能な限りの防衛手段に出ることにした。特に彼が死んだと聞いてからは、厳しい制限をした。町の者の出入りは自由にしていたが、外部の者を一切いれないことにしたんだ。そして六年間、全員が戦えるように鍛え上げてきた。密約が破られるのならば、そのぐらいの覚悟が必要だったんだ」

「密約?」

 イェンスが思わず疑問を口にすると、テールはイェンスを見た。そしてアドハーブルを見ると、彼に尋ねた。

「この男は信用していいんだな?」

「大丈夫。何より彼は、剣の家の人間だよ」

「剣の家の? そうなのか?」

 テールはそう言って目を丸くしたあと、じっとイェンスの目を見つめた。そしてしばらくすると、ふっと昔を懐かしむように微笑んだ。

「なるほど、あの男の息子か」

「父をご存知なんですか?」

「ああ。ヴァンが王都の学校に通っているとき、帰省ついでに君たち二人の父親を連れてきたことがある。あの頃はまだ町を閉鎖もしていなかったからな」

「そうなんですか」

「とにかく、二人を信用して話そう。王家と我々の密約について。ただ、その前に……アドハーブル。客人に茶と菓子を」

「忘れてた。持ってくるよ」

 アドハーブルがそう言って立ち上がり部屋を出て行く。それを見送ると、テールはイェンスとルジェーナに向き直り、口を開いた。

「まず、この国の建国史だが……二人はどう理解している?」

 イェンスとルジェーナは互いに顔を見合わせた。そしてイェンスが代表して話し始める。

「簡単に言えば、現在の王家の先祖、建国者が今の王都を国として作った。ただ初めは南の国とも北の国とも小競り合いをしていて、いざという時のために、王城は島に作り、五本の跳ね橋をかけた。そして、ある時南と同盟を結び合併して、北の国と戦い、勝利して彼らを追い出した。そしてその土地も含めて国を作った。そのあとどんどん国は大きくなり、今の大きさまで成長した……といったところでしょうか」


「それは、初代の王が作らせた嘘の歴史だ」


「嘘の……歴史?」

 テールの言葉に、イェンスは思わずそのまま言葉を返してしまった。今まで教わってきた歴史が嘘だというのならば、何が本当なのだろうか。

「ああ。もともと王都に住んでいたのは我らの一族だった。そして、今のヴェルテード家を元首として率いていた民族は、いわゆる南に住んでいた民族だった」

 こともなげに言われたテールの言葉に、イェンスはただ驚くしかなかった。彼女の言葉が正しいとするならば、もともと王都に暮らしていたこの一族を、何らかの理由で北に追いやったことになる。

 テールはおもむろに立ち上がると、ゆっくりと歩きながら再び話始めた。

「我々の祖先は……いや、今もだが、非常に優れた技術を持っていた。王都全体にあらゆる仕掛けが今もなお残るのもそのせいだ。王都はかつて、我々の祖先の住む地だった。ヴェルテード家の収めていた南の国とは互いに不干渉を貫いていたようだ。ところがある年、雨の降らない日が続いて、北と南の国の川が干上がった。大河リーニュを抱く我々は水には困らなかったが、疫病が流行り、三国とも滅びそうな勢いだった。北と南の国は干ばつのせいでその数を三分の一近くまで減らした。そして、我々の祖先は疫病のせいで、王都全体にいた一族が、リーニュの島、つまりいまの王城に収まり切るくらいの数にまで減っていた」

 テールはどこか落ち着かないようにぐるぐると歩き回りながら、話を続ける。

「そんな時、ヴェルテード王家の第二王子が、我々の祖先の元を尋ねた。自ら来た王子に驚いていると、彼は大量の薬草を持ってきていた。そして、もし水を分けてくれるならば、この薬草をあげると言った。その薬草があれば、疫病を治す薬を作れると祖先は知っていたので、それを了承した。そのおかげで我が一族は疫病から立ち直り、薬草をくれた南の国の者たちに水を運んでやった。しかし毎度水を運ぶのは重労働だったから、水路を作りながら、南の国の者たちがリーニュの近くに住めるように整えたんだ。つまりこの段階で、今の王都には我々の祖先とヴェルテードの祖先が共存していたことになる」

「北の国はどうしたんですか?」

「北の国は、温和に話せそうにもなく、略奪を試みられた我らが祖先は、ヴェルテードの民と協力して北の民を追い払った。我々の戦闘能力が戦いに大きく貢献したのは間違いない。知っての通り、な。そして、それと同時にヴェルテードという名前の王国を作り、二つの民族は一つの国の名の下穏やかに暮らしていた。しかし、しばらくは穏やかに暮らしていたが、次第に元々ヴェルテードの民だった者たちは我々の祖先を恐れるようになった。原因は分かるだろう?」

「類稀なる能力……ですね?」

 ルジェーナはハッとしたように目を見開くと、まさか……と小さく漏らした。イェンスもまた、テールの話の続きが読めてきて、顔をしかめる。

「我々の祖先は迫害されるようになった。紫色の髪なんて目立つからな。ただ、この力を知り得るのは軍人だけだった。民間人はまだ、我々の一族を同じ国民として受け入れていたんだ。そこで、出てくるのが密約だ」

「あなたがたが北の地に移り住む代わりに、ヴェルテード系の民族は手出ししない。また、そのずば抜けている身体能力についても、秘密にする」


 イェンスが言葉を引き継ぐと、テールはピタリと足を止め、そしてイェンスを見た。


「それだけではない。当時の国王は、人質として王家の娘を嫁がせた。逆に、長の娘も王家に嫁いだ。お互いに不干渉でいて、しかし有事の時は結託する。それが代々続いてきた密約だ。そして、一般市民から我々の能力についての記憶がなくなった現在では、我々もある程度自由に王都を歩けるようになった」

「王家の人間は、あなたがたの能力を知っているんですか?」

「国王だけが知る秘密だ。あくまでも国王と我々の契約だからな。そうでなければ、第二王子もまさか我々に攻撃しようとは思わないだろう。我々は根っからの武族だよ。それにこの土地の利を合わせれば、負けることはない」


 イェンスはそれに対しては同意しかねる部分があった。彼らは最新兵器ピストルの威力をおそらく知らない。この閉ざされた部族は、自らの身体能力に関しては衰えを見せていないかもしれない。しかしだからこそ、武器製造の技術向上に関しては王宮内の研究者ほど熱心とはいえないに違いなかった。


「あの……第一妃のエノテラはもしかして……」

 ルジェーナがそう切り出すと、テールはすっと眉をひそめた。エノテラという名前は王宮に入ってから与えられた名前だから仕方がないかもしれない。

「エノテラ……? ああ、サージュ殿の娘か……。サージュという知識人が外部(ヴェルテード)の貴族と結婚したんだが、エノテラは外部(ヴェルテード)の血が濃く出た娘だった。そもそもサージュには四分の一ほど、外部の血が入っていたからな。サージュはかなり淡い紫色の髪だったし、エノテラに至っては、金色の髪にかすかに紫が混ざっているような気がする……くらいのものだった。しかしそれでも彼女は類稀なる能力(オムニポテンス)を継ぐ血統だ。だから、密約に則って、今の国王はエノテラを妃として娶った。ただしエノテラ本人は、その血をひどく嫌っていたようだった。自分が普通であるからこそ、流れる血が普通でないことに耐えられないのだと」

「もしかして……サージュという方は耳が良かったんですか?」

「ああ。遠くの音が聞こえるのもあるが、それ以上に音の聞き分けに優れていた。足音を聞いただけで、これは誰だろうと予測ができるような、そんな人物だった」


 イェンスとルジェーナはその言葉に思わず顔を見合わせた。二人が思い浮かべたのは、ベラだ。彼女と母親の確執の原因について、二人は同じ仮説を立てたのだった。


「お待たせいたしました」


 しかし二人がそのことについて口にするより前に、お茶をとりにいっていたアドハーブルが姿を現した。彼は四つのカップをトレーに載せていて、それらはなぜかすべて蓋がされている。トレーの真ん中にはお茶請けとしてクッキーらしきものが載せられていた。

 イェンスは見たことがないカップだったのでルジェーナを見たが、彼女もその蓋つきのカップには興味を引かれたようだった。

「それは……?」

「熱さを保てるので、人気なんだ。飲むときにはもちろん外すけどね」

 アドハーブルはそうルジェーナに言うと、彼女の前にカップを置いた。そして次にイェンスの前に置きながら言う。

大尉(オフィシエ)さんは、熱いお茶はお好きですか?」

「はい」

「よかったら何が入ってるのか考えながら飲んでみてください。ソレイユが何かを言う前に」

 イェンスはそういわれてカップのふたをとった。飲んだことのない茶だが、爽やかな香りの茶だ。中身を当てられるかどうかはともかく、イェンスはそれを飲んだ。

 熱い茶が口の中に入り込み、その香りと味が同時に体の中にしみこんでくる。それをごくりと飲み干すと、アドハーブルはにっこりと笑って言った。

「よろしければ、こちらもどうぞ」

 イェンスはそう進められて、クッキーに手を伸ばす。そしてそれを食べた直後のことだった。


「イェンス! 食べないで!」


 ルジェーナの声が、どこか遠くのことのように聞こえた。


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