表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イェンスとルジェーナ  作者: 如月あい
五章 その気持ちに気づく時

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/82

秘密の道

 ルジェーナに殺人容疑がかけられた同じ日の早朝。


 ルッテンベルク通りの一角に、小麦色の髪をシンプルに結い上げた美女が立っていた。赤い口紅が似合う彼女は、難しい顔で一軒の家を見つめた後、その中に入る。

 彼女の後ろについて入ったのは、黒髪に深い藍色の目を持つ青年だった。彼は周囲に人間がいないことを素早く確認すると、扉を閉めた。

「まさかまたここに来るなんて思わなかったよ」

 青年が皮肉たっぷりの口調でそういうと、小麦色の髪の女性はにっこりと笑いながら言った。

「あなたの推理力不足ね、パーシバル」

 彼女はためらいもなく家の中を歩いて行くと突き当たりの壁に手を当てた。

 するとパーシバルも後ろから彼女に覆いかぶさるように壁に手をあてる。

 端から見れば恋人どうしの戯れにも見えるその行為だが、二人の間にそういった甘い空気は一切存在しない。

「行くんだね、ベラ?」

「当たり前でしょ」

 その言葉が合図とばかりに二人は同時に体重を壁に載せた。すると壁は少し勢いづいてぐるりと回り、二人は壁の向こう側へと運ばれた。


 この場所は、ルジェーナとベラが誘拐されたときに使われた家である。そしてその時に発見した隠し通路から二人は侵入し、前回と同じく永遠と続きそうな長い階段を下っていく。

 これまた前回と同じく、黒髪の男、パーシバルは、腰にホルスターをしていて、そこには最新式の武器が下げられていた。すぐにでも取り出せるように、手はそこに伸びている。

 小麦色の髪のベラは、一見すると、丸腰に見えたが彼女のスカートの太ももあたりには、動くとかすかにふくらみがあった。

「誰もいなそうね」

「……相変わらずの聴力だ」

 ベラが感じたことをそのまま口にすれば、パーシバルは少し呆れすらにじませてそう言った。ベラはそれにうなずいて、無言で階段を下りていく。永遠と思われる階段も、二回目ともなれば短く感じるものだ。

 これはベラが体感的に知っていることだが、知らない道よりも知っている道のほうが遥かに短く感じるものだ。だからこそ、行きよりも帰りのほうが、ずっとずっと楽に帰れることのほうが多い。

「ついた」

 ベラはヒール音をひびかせながら最後の一段を降りた。

 目の前には一本道が続いている。明かりはガス灯が設置されていて、喚起も十分にできているようだ。一本道は階段が終わってすぐから徐々に右に曲線を描いている。

 前回は、道なりに素直に進んでいって、右側へと歩いて行った。

 しかし今日、わざわざここに来たのは、道なりにただ歩くためではない。

 ベラは左側の壁に近づくと、手のひらでその壁を押そうとした。

「ベラ!」

 それを見たパーシバルが、慌ててベラの手を取る。彼女の手はまだ壁には触れていなかった。

「もし動いたらどうするの」

「動かしたいの。絶対、この先に道がある」

 ベラは壁をじっと睨みつけたあと、音のよくなるヒールの靴を見た。

 パーシバルはベラがなにを考えているか瞬時に察し、小さく息をついて言った。

「下がって」

 パーシバルは一歩下がると、足を畳み込んでぐっとお腹の方に引き寄せると重心を右足に乗せて、そのまま壁に向かって蹴りを入れた。

 すると、重たそうに見えた石造りの壁は、予想外の軽さで吹っ飛んで行く。パーシバルが与えた衝撃により吹き飛んだ壁は、どうやら薄い板に薄い石を貼り付けただけの張りぼてだったようだ。

「お見事」

 ベラがパンパンと手を叩くと、音が霧散してゆく。それを聞き取ったベラは、にっと唇を釣り上げて笑った。

「どうやら、私の仮説は実証されそうね」

「全く……本当に、聞こえるんだね?」

「ええ。この先から、水の流れる音・・・・・・が、ね」

 パーシバルは彼女の答えを聞くと、腰のホルスターからピストルを抜き、それを構えた。

「パーシバル?」

 誰かに追われているわけでも、追いかけているわけでもない状況での行動に、ベラは戸惑いながら声を上げた。

「君がやろうとしてるのは……王国が建国以来守ってきた秘密を暴く行為だ。このくらいの用心はして然るべきだと思うね」

 パーシバルは振り返らなかった。彼は警戒をとかないまま慎重に歩いて行く。

 ベラは、すっと真剣な表情になると、彼女もまた太ももに隠し持っていたピストルを抜き構えた。


「私……もう、巻き込んでるのね」

 

 この場にリシャルトがいれば、ベラの言葉を聞き取れたかもしれなかった。それでも、それ以外の人間には聞き取れないほど小さな声で、ベラはつぶやいた。


 その"気づき"は、数時間後に別の場所でルジェーナが抱いたものと同じものだった。

 しかし彼女の出した結論は、ルジェーナのそれとは反対方向だった。

「ベラ?」

「行くわ、ちょっと、音を聞いていただけ」

 ベラはピストルを構えたまま慎重にパーシバルに近づいた。そしてパーシバルに背を預けるような形で後ろを振り返る。

「誰もいない」

 吹っ飛んだ扉の破片が飛び散る床がただあるだけだった。

 ベラとパーシバルが歩くたびに薄暗い廊下に足音が響くが、しかしあまり反響はしなかった。

 さほど歩かずとも、すぐに大きなだだ広い空間が現れたからだ。

 石造りでできたこの空間には、ところどころ太い柱が天井へと伸びていた。

 それをたどって視線を上に上げると、太い柱が壁から壁へと伸びており、天井に届くまでに幾重にも重なっている。


「本当に……水路が……」


 ベラより数歩先を行くパーシバルが歩みを止め、驚愕したような声をあげた。

 彼の前に広がるのは、幅のかなり広い水路だった。石で舗装された水路は、緩やかに傾斜していて、ベラから見て右側へと流れてゆく。

「仮説の一つはこれで証明されたわね」

 ヒール音を響かせながら、ベラは水路へ近づき、そしてそこに流れる水にそっと触れた。

 透明度の高い綺麗な水がベラの手を濡らす。ベラの手を避けるようにして流れてゆく水を眺めながら、ベラは水が流れてくる方を見つめた。

「もしこれであっちに滝があれば……」

「仮説通りですね。方角も西側ですし、まず外れないでしょう」

 パーシバルは辺りを注意深く見回した後、そっとベラを守るようにその側に立つ。そしてベラと視線を交差させた後、水が流れてくるほうへと歩き出した。

 ベラは耳に神経を集中させ、極力多くの音を拾おうとしていた。しかし彼女の耳でも、拾えるのは二人の足音と水音だけだった。音からはほかの人間の気配は全く感じられない。

「これを見なければ、君の仮説なんて信じようもなかったのに」

 神経を尖らせながらも、パーシバルはそんなことをぽつりと漏らした。

「そうね。でもおそらく……正しい」


 ヴェルテード王国の王都フルヴィアルは、東西に走る大河リーニュが王都を真っ二つに分断している。

 その二つを繋ぐのは、大河の真ん中にある島、すなわち王城である。島に渡るためには跳ね橋を渡る必要がある。王都の南北をつなぐ陸路は、王城を通る道以外には存在しないことになっている。

 そのことから、フルヴィアルは「剣が欠けども盾を掲げ、盾が割れども剣を翳せ」という言葉で形容される。

 つまり、フルヴィアルというのは戦の時に、跳ね橋をあげてしまえば、街の半分が敵の手に落ちようとも、半分は残る仕組みになっているのだ。

 もちろん船でも往復できるが、陸路を攻めてきた軍隊がすぐに船を用意できるはずがない。そういう意味では、当時の人々にとってこの計画は、なかなか優れたものだったはずだ。


「地下通路の存在は、あるかもしれないと思っていたよ。士官学校でもそんなような話はしていた。秘密の抜け道がどこかにはあるかもしれないってね。ただ、技術面を考慮しても不可能だと思ってはいたが」


 パーシバルは軍人として職務についている間、幾度か秘密の地下通路について考えたことはあった。しかし、地下通路の存在は、フルヴィアルの防衛機能を著しく低下させるものである。王都を防衛する立場としては、それは都合が悪い。それに、この国が建てられた時代に、そんな高度な技術があったとは到底おもえなかった。今でも地下通路を作るには、莫大な費用と最先端の技術が必要である。しかも川の下に地下通路を作るなど、狂気の沙汰ではないと感じていた。

 しかしベラの建てた仮説ならば、その疑問もきれいに解消される。


「確かに、地下通路を川の下に作るのは難しいかもしれない。でも、川の上に巨大な建物を作るのは、きっと可能だったわ。それがたとえ、建物と呼ぶには大きすぎる建造物であったにしても」

 ベラはあるところまで歩くと、立ち止まり、その場に響きわたる水音に耳を傾けた。

 水路は急な傾斜をつけて天井へと伸びていき、滝のように上から水が降って落ちてくるようになっている。

「そして……それがたとえ、運河そのものを作ったのだとしても……」

 彼女はその言葉を口にしたあと、パーシバルを見た。パーシバルは小さく息をつくと、彼もまた視線を上に向けて、暗い天井から降り注ぐ水を見つめる。

「君が最初に、実は地下通路が地上なんじゃないかと言い出した時はまさかと思ったけど……」

「思ったけど……?」

「これを見る限り、その仮説が正しいと思うしかないだろうね」

「でしょう? そもそもおかしいとは思っていたの。大河リーニュのすべての水が王城に引き入れてあるにしては水量が足りない気がして」

「それにしたって、王城につきあたるまでの大河リーニュは天然で、その水量の半分ほどを城に引き入れて、残り半分は……王城の周囲の川と、ここにある。こんな酔狂な推理、思いつかないけどね」

 

 大河リーニュは王都のど真ん中を東西に流れている。その半分程度のところで王城とよばれる島があり、島の中を通っている水路と、島を迂回するようにながれる水の流れは、王城の東側で合流し、またもとの太さに戻る。そしてそれがそのまま流れていくと、滝として流れ落ちて湖になる。

 一般的にはそう思われていた。

 しかしながら、実際には、本来の地形ならば王城の西側の部分が滝になっており、東側の地形が一段下がっていた。そこの上に屋根で覆うようにこの場所を作り、島を作って水路を引いた。つまり、現在平地でつながっていると思われていた王城より東側の土地は、二階建ての二階の部分のようなものなのだった。

 建物と呼ぶには背が高すぎるし、技術も必要だが、川の下に地下通路を掘るよりは、比較的安全かつ簡単な作業で作ることができる。


「どうして昔の人が、こんなことをしたのかはわからない。でも……どんな理由があるにせよ、こういう秘密の通路は往々にして、大きな権力のために作られる」

 

 ベラはそういうと、岩の壁に手を当てて耳を澄ませた。そして、ぐるりとあたりを見回し、ある一点で視線ををとめるとパーシバルのほうを見た。そして彼女はパーシバルが止める間もなく、壁の一部をぐっと掌で押す。

 その瞬間、激しい地響きとともに、隠し通路がゆっくりと姿を現した。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ