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イェンスとルジェーナ  作者: 如月あい
四章 そして、彼は見守る

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手切れ金

 ヴェルテード王国、王都フルヴィアルの一つの街、ルッテンベルク。王城から伸びる大きな通りからは外れた道の突き当りに、その香水屋は存在する。

 古ぼけた見た目の香水屋の外には護衛に見える男が二人。中には、二人の女性がカウンターをはさんで向かい合っていた。

 一人の女性は、蜂蜜色の豊かな髪を持っていて、それを美しく結い上げ、高そうな髪飾りで彩っている。腕にはいくらするのかわからない、時計がきらりと光り、首には粒の大きな宝石のネックレスが輝いている。外の男二人は、言うまでもなく彼女の護衛であった。

「これが……それなのね?」

 蜂蜜色の髪の女性は、そうつぶやくと、カウンターに置かれた小瓶をそっと手に取った。

「確かめてみて、スカーレット」

 カウンターの向こう側にいる淡い紫色の髪の女性がそう進めると、スカーレットは静かに小瓶を開け、そして瓶の口を仰いで香りを確かめる。

「すごい……さすがルジェーナね。これは……かなり(・・・)近いわ」

 スカーレットが少し声を上ずらせて素直な感想を述べると、ルジェーナは少しだけ残念な顔をしてため息をついた。

「やっぱりスカーレットでも違いがわかるくらい、はっきり違うよね」

「うーん……そうね。これ、私の元の香水じゃなくて、ユリアさんの香水に寄せて作ったのよね?」

「うん。ごめん。依頼とは違ったけど――」

「――いいのよ。それを望んでたんだから」

 スカーレットはそういうと、懐から布袋を取り出した。それをカウンターに置くと、じゃらりと重い金属音がなる。

「これは報酬」

「ちょっと、それはだめだよ! そもそも依頼とは違うもの作っちゃったし、それに……」

「だめ。報酬だと思えないなら私からの融資だと思って。お金はあるところからないところへ回すのが鉄則」

 スカーレットに強くそういわれて、ルジェーナは断る理由が思いつかなかった。実際この店は第三王女イザベラからの融資を受けて成り立っているので、そうそうお金に困ることはなかった。しかしそのことをスカーレットに言うわけにはいかないのだ。

「ありがとう」

「いいえ。ほら、先にしまってきて」

 ルジェーナは、その重い袋を持ち上げて、奥の部屋に持って行った。そしてテーブルに置き、再びカウンターへ戻る。

「でも……何が違うのかしら? 正直に言って、あまり自信がないの。最後にその香りに触れたのはもう……六年も前だもの」

「何か、お母さんが作ったのとは、一つ材料が足りてないんだと思う。トップノートだけはかなり似せられたんだけど……時間が経ったら、全然違うものになっちゃうはず」

 ルジェーナが求めている香りは二つあった。

 一つは、ユリアを連れて行った兵士から香った香り。

 もう一つは、ユリアとアルナウトがつけていた香り。

 前者はもう見つけたが、後者はすでに作り手のユリアもなくなっているし、香水そのものすら残っていない。


「ねえ、シル……ルジェーナが調香師になったのは、やっぱりご両親の香りを再現したいから?」

「それもあるかな。あとは……お母さんがなりたかったって言ってた調香師に、代わりになろうって思ったからかもしれない。薬師くすしにはなるなって言われてたしね」

 それは嘘ではなかったが、全てではない。

 一番の理由は、あの兵士の香りを手掛かりに、事件の黒幕をあぶり出すためだった。調香師として生きていれば、香りを追い求めることが自然に見えるはずだと。

 そうしてあぶり出された容疑者は王族で、しかもまだ誰と絞れたわけではない。

 それに、たとえ彼らの持つ香りが、例の兵士から香ったといえども、だから所有者の王族が黒幕とは言い切れないのが現状だ。

 全てが終わったら、真相が明らかになったら、スカーレットに話してもいい。そう、ルジェーナは思った。しかし、そうなるまでは、彼女を巻き込むことはできないのだ。

「ユリアさん、喜んでるでしょうね。ルジェーナが調香師になって」

 いや、まだ喜んではいない。

 ルジェーナにはそんな確信があった。

 ユリアの望みは、彼女の代わりにルジェーナがアルナウトの仇を討つことである。

 勝手に両親の仇討ちを押し付けられる子どもの身にもなってほしい。

 ルジェーナはそうやってふてくされたこともあったが、それでもやはり真相を追うことに決めた。

 父方の叔母の家を飛び出したのも、結局は真相を追うと決めたからだった。

 しかし真相を明かして、犯人をどうしたいのか、ルジェーナはまだ自分自身の中で定まっていなかった。

 復讐したいのかどうか分からないのだ。しかも、本当の意味で復讐を遂げるなら、ルジェーナは一体何人を殺せば良いのかわからない。

 両親の死に関わった人間は、一人や二人ではない。それはすでにルジェーナの中で確信していることだった。

 

「ルジェーナ?」

 はっと顔をあげると、スカーレットが心配そうにルジェーナを見つめていた。

「あ、ごめんね。ちょっと……ぼーっとしてた」

「ごめんなさい。不用意にユリアさんの名前を出したりして」

「ううん。いいの。たまにはこうやって思い出してあげないと」

「お墓もないんだものね……」

 スカーレットが暗い声を出した。

 彼女はその言葉にそれ以上の意図を込めていなかったが、ルジェーナはその言葉で大きく目を見開いた。

「お墓……! それは考えてなかったわ」

「え?」

「ううん。その……忙しくてお墓に行けていなかったから、せめてお父さんたちのお墓に行かないとと思って」

「そう? あ……私、そろそろ行かないと。仕事があるの」

 スカーレットは腕時計を見ると、二つの小瓶を手に取った。ルジェーナに渡したものと、彼女が作ったものだ。

 しっかり蓋がしまっていることを確認して、彼女はそれをカバンにいれる。


「ありがとう。また来るわ」

「うん、またね」


 簡単に挨拶をして、スカーレットは扉に近づいた。そして彼女が扉を開けようとした瞬間。扉が勢いよく開けられた。


「ルジェーナという調香師はいるか?」


 扉を開けて入ってきたのは、深い藍色の軍服を着た男だ。彼はまずスカーレットを見た。

「お前ではなさそうだな」

「……あなたたち、どんな御用でいらっしゃったの?」

「お前には関係のないことだ」

「なんですって!」


 軋んでいる扉を勢いよく開けたので、扉は開けっ放しになっている。

 その向こう側にも二人の軍人がいるのが見えた。

「お客様。おかえりくださいませ。お客様を巻き込むわけにはいきません」

 ルジェーナがそうはっきりと言うと、スカーレットは食い下がろうと何かを言いかけた。しかし彼女もまた、扉の向こうに控える軍人を見て、気を変えたらしい。

 不安げな視線を残したまま、彼女は店の外へ出て行った。


「さて、お前が調香師ルジェーナだな?」


 スカーレットが外に出ると、入ってきた男が言った。

「そうですが、どういったご用件ですか? 香りをお求めになるようには見えませんが」

 男は鋭く目つきでルジェーナを睨むと、カウンターまで歩いた。そして懐を乱暴に探り、カウンターにさきほど見たのよりもかなり大きく重そうな布袋を置いた。

「これは?」

「リシャルト殿下からの命令だ。イザベラ殿下につきまとうのは止めろ」

「……手切れ金というわけですね?」

 ルジェーナはすっと男の青い目を見つめた。そして、その布袋を押し返す。

「入りません。これを受け取っても、私はベラを止めることなんてできませんから」

「なんだと!?」

「そもそも、どうして急にこんなことを? 私とベラの関係は今に始まったことではありません」

「しらばっくれるのもいい加減にしろ。お前がイザベラ殿下を裏切ったからだ!」

「裏切った?」

 予想とは違うことを言われて、ルジェーナは本気で驚いて問い返してしまった。


 ルジェーナと共にいると、誘拐されたり事件に巻き込まれたりとロクなことがない。そういう文句を言われると予想していたのだ。


「先日、王宮に来たな? それも、イザベラ殿下ではなく、カトリーナ殿下に会いに」

「それは……はい。カトリーナ殿下に香水をご注文いただいたので」

「香水をご注文? そういう口実で、イザベラ殿下の情報をカトリーナ殿下に売り渡しているんだろう?」

「はい?」

 イザベラから聞いていた以上に、異母兄弟どうしの確執は根深いようである。まさか、カトリーナに会いに行っただけで、裏切り者と呼ばれるとは思っても見なかった。

「とにかく、そんな女をイザベラ殿下の側においてはおけない。リシャルト殿下は寛大であらせられるから、イザベラ殿下からの融資がなくとも店が立ちゆくようにと、この金を私に言付けられたのだ」

「お金はいただけません。ベラを説得なさる方が早いですよ。私が自分から会いに行っているわけではないのですから」

 ルジェーナが言い切った瞬間、目の前の男がカウンターを拳で思い切り叩いた。

 激しい音とともに、カウンターの上に乗っているものがガタガタと揺れる。

「イザベラ殿下に責任を押し付けるな! お前が殿下をそそのかしているんだろう!」

 逆上した男は、そのまま腰に下げていた剣に手を伸ばした。

 そしてそれに手がかけられようとしたその時、開けっ放しの入り口付近で慌てたような声が聞こえた。

「許可できません! これは殿下からのご命令で……あっ!」

 もみ合いの後、二人の兵士の間をくぐり抜けて、一つの影が突如姿を現す。


「いかなる理由があろうとも、罪のない一般市民に刃を向けるのは感心しませんね」


 開け放たれたドアに腕をついて現れたのは、金髪に深い緑色の髪をした青年だった。

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