表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イェンスとルジェーナ  作者: 如月あい
間章 イザベラ・エノテラ・ヴェルテード

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/82

過去語り編≪イザベラとリク・パユ≫

 侍女四人と道連れの誓いを果たし、彼女たちに私のやりたいことを話してから十日。

 私はまだ彼女たちを完全に信用してはいなかったが、シルヴィアのことを打ち明ける程度には信頼していた。

 

 そしてシルヴィアの素性を調べるために、まず私が侍女に頼んだのは、髪を染める粉と侍女の服だ。


 私は連日、侍女の格好をして図書館に赴いていた。

 髪は小麦色に染めている。

 初めの日は、オーガスタとともに、王女イザベラの本を探すという体裁で王宮の図書館に赴いた。しかしその後からは、自分一人で王宮内を動き回る。初日にオーガスタから、立ち入って良い範囲を聞いていたので、それに従って行動すれば、咎められることはなかった。


 そして、私がシルヴィアの素性についてようやく真相にたどり着いた日のことだった。

 私は答えにたどり着いたことが嬉しくなって、侍女服を着たまま、王宮の北の門から外に出た。偽の身分証を持っているため、中に入るのも問題はないはずだ。

 しかしこうして堂々と王宮から出るのは初めてなので、高揚感があった。しかし気を引き締めなければ、前回の二の舞になる。

 以前と違うことは、今の私は確固としたやるべきことを持っていて、生きる必要があるということだった。


 門をでると、まずは水路がぐるりと王宮の外を囲むように流れており、それを渡るといわゆる”王城”に区分される街が姿を現した。以前に見たルッテンベルクとは少し装いが違い、建物の一つ一つが大きく、形も珍しいものが多くあった。

 私はしばらく歩くと、急に姿を現した小さな庭園に足を踏み入れる。

 私が足を踏み入れた瞬間、風が吹き、木々を揺らした。葉がひらひらと舞い、それに見とれているとぺたりと何かが顔に張り付いた。

「何……?」

 私はそれを見ると、その紙は五枚で束ねてあり、びっしりと何かの数式が書かれている。私はそれを順番にざっと見ていくと、途中で計算の間違いを見つけた。

 しかし計算した人は気付かずに最後まで計算し、そして、最後に大きくバツを付けている。

 計算結果が合わないことには気づいたが、どこが間違っているかは気づいていないようだ。その一つの間違いさえなければ、この数式は成り立つのに、もったいない。


「お前さん! それを返してくれ!」


 ぱらぱらとめくっていると、四十くらいの男性が、ふらりと歩いてきた。まるで私がこの紙を盗んだかのような言いぐさだ。

「これ、書いたのはあなたですか?」

「……そうだが、それがどうした?」

 紙を返す前に私がそう聞くと、彼は顔をしかめて尋ねてきた。私はちょっとした意趣返しのつもりで、にっと笑いながら言った。

「計算、間違ってますよ。二枚目の、三行目」

「なっ……!」

 すると男は私の手から紙をひったくり、そして紙をやぶかんばかりの勢いでめくって該当箇所を見つめる。

 そして顔を上げると、男は唐突に言った。

「リク・パユだ」

「……そうですか」

 狭い世界を生きる私は、自信満々に名乗られても相手を知らないことがよくある。本に載っているような、すでに亡くなっている歴史上の偉人の名前はよく知っているが、現在進行形であがめられている偉人についてはあまり詳しくないのだった。

「その服、侍女だな? 給料は今の倍出す! うちの研究室に来い!」

「……はい?」

 男はそういうなり、私の腕をつかむと、ずんずんと歩き出した。私は男の研究室というものに興味が沸いてしまい、その腕を振りほどくことなくついて行った。

 しばらくすると、周りの建物よりも背が高く、黒くて四角い怪しい建物が目に入った。男の研究室とやらはどうやらそこにあるらしい。私は半ば引きずられるようにして建物に入った。

 守衛室で来客名簿に名前を書かされたとき、私は非常に困ったが、とりあえず”ミラ”と書いておいた。なんとなく頭に浮かんだ名前がそれしかなかったのだ。

 本当は侍女としての偽の身分証の名前を書くべきだったのだろうが、これはベラになっている。ベラのほうが本名のイザベラに近いので、真実が露呈する確率も上がるだろう。


 私たちは守衛室以外、誰ともすれ違うことなく、三階の奥まで歩いて行った。

 その部屋には【実験中。入室禁止】と書かれた札がかかっていたが、男はまったくそれを無視して扉をあけ中に入った。

 扉をあけて目に入るのは、すぐに折れ曲がる突き当りの壁だ。部屋に入ると私は扉を閉め、三歩でいきなり突き当りに出た。そこを左に折れたら、ようやく書類が山積みになった机の角が見えた。その書類は机だけでは収まりきらず、床にまであふれている。

 

「ここが、研究室? でも実験しているようには見えないけれど……」

「実際に実験をするのはこの部屋ではないが、部屋に入られて来客対応するのが面倒な時に出しとるんだ」

「それで、研究室にというのは……研究員としての勧誘ですか?」


 私は慎重に床に散らばる紙を避けて、本棚の前に無造作に置かれている椅子までたどり着いた。


「ああ。研究員になるなら、さっきも言ったが給料は弾むぞ」

「給料……ということは、あなたはここでかなり上の立場なんですね?」

 私は椅子に勝手に座りながらそう尋ねると、男は非常に驚いた顔をして、そして疑わしげに私を見た。

「王宮勤めでリク・パユの名を知らんとは、お前さん何者だ?」

「籠の中の鳥なもので。籠に穴は開いていますが」

 私はにっと口の端を吊り上げて笑うと、床に散らばっている紙を取り上げた。

「取引しない? あなたが条件を呑んでくれるなら、私は無給であなたの研究を手伝ってあげる」

「条件?」

 リクは私を警戒しながらも、提案には興味を惹かれて止まないらしい。

「あなたが私をミラとして扱う限り、私は研究を手伝うわ。ここの通行証も発行してね」

「ミラとして扱う限り……か」

 彼は私を信用するか悩んでいるようだった。だから私は、手に持っている紙にざっと目を通し、そして言った。

「これは……さっきのと字が違う。うん、ちょっと計算が甘い。これをこのまま試行すれば、本体が爆発するわね。爆薬が多すぎる」

 リクは目を見開いた後、散らばる紙を気にせずにどんどん踏みつけながら、私に近づいた。

 パッと紙を奪い取り、それを読む。

「……確かに、これは研究員の一人の書いたものだ。爆薬の量が異常に多く、根本から考え直せと突き返した」

 私はたまたま手に取ったこの研究に大きな興味を持った。私の読み違えでなければ、今あるライフルを小型化したものの設計図のようだ。護身術の授業で、弓もライフルも一通り習い、体得している。肉弾戦より飛び道具は向いているらしく、どれもあの第一王子リシャルトにかなり近い成績を残している。

 もちろんパーシバルのリップサービスもあるだろうが、彼はそういうところでは嘘をつかないと私は信じていた。


「契約しましょう。リク・パユ。私の身元は、パーシバル・セネヴィルが保証するわ」

「……詰めが甘いな。そこで名を出すならまだ第一王子の方が良かったろうに」

「!」

 リク・パユは小さく息をつくと、じっと私の顔を見て言った。


「イザベラ・エノテラ・ヴェルテードだな?」

 それは非常に確信的な口調だった。私にはこの男を味方にするしか、道は残されていないらしい。

「……それにはいと答えれば、あなたは不敬罪で捕まるかもね」

「……なんと呼べと?」

「ベラ。あるいは、ミラでいいわよ。敬語も不要。でも分かってるなら、研究を手伝う代わりに、完成したら、これ、譲ってくれない?」

 私が微笑みながら彼の持つ紙を指差すと、リクは少なからず驚いた顔をした。

「何に使う気だ?」

「強いて言うなら……人助け。直接的には、私の身を守るために。王城を出てやらなければいけないことがあるけれど、死ぬわけにはいかないの」

 私たちはしばらくの間見つめ合っていた。どちらも動かずに相手の出方を伺っている。

 私は正体がバレた以上、私がここにいることを露呈せぬように動かなければいけない。なんとなくこの男は信頼できると感じていたが、あとどんな条件を出せば、この男を黙らせられるか、想像も出来なかった。

「王城の外に出るには……まだ用心が足りんな」

「え?」

「イザベラであることを隠して動きたいなら、イザベラの時にはその優秀さは隠しきれ。そうでなければ警戒されて、身動きが取りにくくなる」

 思わぬリクの言葉に、私は思わず首を傾げた。

「手伝ってやろう。お前の人助けとやらを。お前が優秀な助手として働く間はな」








「そういうことがあって、私はリク爺様と仲良くなったの。おかげで、さっきの発話送受信機セットとうちょうきみたいなものも手に入るようになったわ」

 風に揺れる湖の水面を見つめながら、イェンスはベラの話を聞いていた。

 そして一言、ぽつりとつぶやく。

「ベラにも、スキだらけの時代があったんだな」

「それはそうよ。リク爺様のことは、たまたま良い方向に転んだだけだと自覚してる」

「まさか、ミラ・パユを名乗って、研究にまで首を突っ込んでるとはな……。王女じゃないほうが、その才能は生かされたかもしれないな」

 イェンスはそこまで言ってから、その発言がいささか無神経だったことに気づいた。

「悪い」

「いいのよ」

 ベラは首を横に振ると、手元にあった石を湖の水面に向かって投げた。石は何度か水面を飛び跳ねて、沈んだ。

「今は、王女で良かったと思ってる。そうでなければ、きっとここまで色んなことを調べられなかったもの」

「あいつのことについても、か?」

「ええ。まず、あなたに知っておいてほしいのは、アルナウト・ミル大佐の事件に関しては、上からの圧力であらゆる情報が秘匿されているの」

「王女の権力を使っても、知ることは難しいほどのか?」

「それははいでありいいえでもある。王女が調べている痕跡を残しても良ければ、可能かもしれない」

「俺もアルナウト・ミルの事件資料を目にしたから、なんとなく想像はしていた。夫人が処刑という重い刑を課されたにも関わらず、あまりに情報が少なすぎた」

 以前、ミーナに手伝ってもらって図書館を調べていたことを思い出す。

「それなんだけど……ユリア・ヴァン・ミルは実は処刑されていないの」

「処刑されていない?」

「自殺したの。獄中で。隠し持っていた、毒薬でね」

 予想していなかったその言葉に、イェンスは思わず息を呑んだ。つまり、彼女の自殺は隠蔽されたということだ。何者かの手によって。

「ルジェーナが話してくれたところによると、ユリアさんは、自分に罪がなすりつけられることを知っていたらしいわ。でも、自分が罪を被らなければ、ルジェーナ、というよりシルヴィアと二人で、一生危険な逃亡生活を強いられる。それならば娘の彼女だけでも逃がそうと決めたみたい。彼女は事情を手紙に書いて、ルジェーナを残して自ら旅立った。だからルジェーナは、盾の家の人間でありながら、自分が盾になって人を守るというミル家の美徳に賛同できないみたい」


 言われてみれば、彼女は無茶をするが、それはいつでも彼女自身のためだったことにイェンスは気づいた。たまたまそういう状況にならなかっただけかもしれないが、彼女は命を賭して誰かを庇おうとしたことはない。


「ルジェーナは、目の前で母であるユリアさんを連れて行かれたの。その時の兵士の顔は、あまり記憶に残っていないんですって。でも、そのうちの一人から香った香りが、高級品だったから、とても印象に残った」

「……それが、さっき話していた、ルカーシュ殿下から香った香水と同じものなんだな?」

「そう。どうやらリク爺様の機械は、通常の聴覚できちんと聞き取れるようね」

 ベラはそういって微笑むと、長方形の機械を手に持ち、特に意味もなくひっくり返した。

「ああ。よく聞こえた。そして聞き取りが間違いでなければ、カルミア妃および二人の子供、あるいは彼らと深い関わりのあった人物が、容疑者なんだな?」

「ええ。少なくとも私たちはそう思ってる。実際のところ、ミル家の人間を殺されたという大事件で、ここまで手際よく事実を捏造するには強大な権力が不可欠よ」

「ただ……動機が不透明だな。ミル家もヴェーダ家と同じく、王家によりそっている家だ。王家の人間から疎まれることをしたとは思えないんだが……」

「動機……そうね。それを考えるべきだったわ。誰かということばかり考えていて、そういう観点から見ることを忘れていたわ」

 ベラはそうつぶやくと、おもむろに立ち上がった。さらりと小麦色の髪が揺れる。彼女は長い髪をかき上げると、ちらりと赤い目をイェンスに向けた。


「ねえイェンス。私たちと一緒に戦ってくれる? 下手をすれば……ルジェーナの言う通り、あなたは王家の人間に剣を向けなければいけないわ」

 

 ベラはお願いではなく、ただ、聞いた。イェンスが自らうなずく必要があると彼女は考えていたからだ。

 イェンスもまた立ち上がると、こぶしを握り、そしてそれをベラの方に突き出した。そして彼はふっと笑みを作る。


「ああ。……俺は俺の信念に従う。そこにヴェーダは関係ない」


 赤い口紅の引かれた唇をにっとつりあげて、ベラは笑った。そして彼女もこぶしをつくり、それを突き出されたイェンスのそれに軽くぶつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ