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イェンスとルジェーナ  作者: 如月あい
二章 眠りへの誘い

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脱出劇⑤

「はー……長いわね」

 窓のない螺旋階段は、永遠と地下へと続いていく。

 二人分の足音が反響して、消えては生まれ、生まれては消える。

 黒髪の男と、小麦色の髪の女性が並んで歩いていた。二人は捜索されていることを知らず、ただ目の前に現れた階段を下っていた。

 黒髪の男は腰にホルスターをしていて、そこには最新式の武器が下げられていた。すぐにでも取り出せるように、手はそこに伸びている。女性は一見すると、丸腰に見えたが、彼女のスカートの太ももあたりには、動くとかすかにふくらみがあった。

「引き返せますよ?」

 王女の護衛という観点から、もう何度もその提案をしているのがパーシバルである。しかし当の王女殿下イザベラ――通称ベラ――は、首を横に振って言った。

「もちろん引き返さないわ。それに私……たぶん、この王都の秘密に迫ろうとしてるんだと思うの」

「王都の秘密?」

 パーシバルはきっちりとベラの横を歩いていた。螺旋階段の中央に近いほうをベラが、外回りのほうをパーシバルが歩く。

「あなたも気づいてるんでしょう? この前見つけたあの通路。ルッテンベルクから湖につながっていたけれど……あの通路があれば、陸路で王都の北部と南部の行き来ができるじゃない」


 ヴェルテード王国の王都であるフルヴィアルは、大河リーニュによって北部と南部に分断されている。唯一の陸路は、リーニュのど真ん中に立てられた王城だけである。しかし王城も、跳ね橋の存在によって、その気になれば島にしてしまうこともできる。

 王都防衛上の理由から、大河リーニュには一本の橋もかかっていないので、もし北部から攻めてこられれば南部が、逆ならば北部が生き残れるようになっていた。つまり敵の手に落ちても、しばらくの間、半分は機能できるようにという取り計らいなのだ。

 王都の西側には山があり、王都の東側には滝とその下に湖が広がっている。地形上、湖には王都の北側からしか歩いていけない。もし南側の人間が湖に行きたければ、船を使って河を渡り北側にいかなければならない。王都から出てしばらく東に行けば傾斜はいつかは湖のほうへと回り込めるが、それには深い森を越えなければならない。


「そうですね。北部と南部は船だけが唯一の足でした。王城を通れる人間は限られていますからね」

「それに……今、こんなに下ってるわ。ここは地下なのよ。でもね、こんなに広大な地下通路を、王都建設時に掘ったとは到底思えないの。ランプも普及していなかった時代に、こんなに広大な地下通路を掘るのは至難の業だわ。お金もかかる。王都建設というだけで多額の予算を組んだはずなのに、さらに地下道を掘らせる意味が分からない」

「防衛上の理由だったかもしれませんよ」


 ヒールが一層大きな音を立てて、そして止まった。ベラは腰に左手を当てると、右の人差し指を左右に振って見せた。


「そんなわけないわ。私が習った歴史が正しいなら、当時、南部と北部にいた敵から身を守るために、あんな形の国、つまり今の王都を作ったのよ。地下道を掘るなんて時間のかかることをするなら、もっと普通に城壁を作ったほうが早いし、合理的でしょう?」

「つまり、ベラ様の結論は?」

「もともとこの地形は存在していて、それをかつての王が見つけるなり奪い盗るなりした」

「ここには広大な地下道がもともとあったとおっしゃるんですか?」

「そうともいえるし、違うともいえるわね。私が思うに、たぶんこれは地下道ではないのよ。おそらくもともとは、地上だった」

「地上? まさか……」

 パーシバルが思わず否定しかけ、しかしあることに気づいて息を呑む。するとベラは歩き出し、後ろからついてくるパーシバルの方を見ずに言った。

「分かったでしょう?」

「もし……もし、ソレがここにあるのならば……その仮説はきっと正しいですね」


「さて、ここで問題」

 パーシバルがさっと隣に並び、かすかにベラの前を歩き始めたところで、ベラはにっと唇の端を吊り上げて笑う。

「私は耳がいいの。耳がいい私には、何が聞こえてると思う?」

「……。それで確信したんですね。でも、一つ分からないことがあります。殿下はそれを確かめに来られた。つまり、ルジェーナ嬢を助けることが本来の目的ではなかったのでしょう? それなら、どうして……」

「ルジェーナの助けになるの。この国の秘密を明かすことが、ね。私はようやく、彼女が追い求めている人物の影を見つけたんだもの」

 パーシバルはとっさにベラの腕を掴んだ。普段、近衛としての礼を欠くことのないパーシバルのその行動に、ベラは驚いて思わず立ち止まった。

 その炎のように赤い瞳をパーシバルに向ける。


「何度も聞いていますが、答えてください。ルジェーナ嬢とは、いったい何者ですか? 彼女は誰を……いえ、何を探しているんですか?」


 目を伏せたベラは、しばし固まっていた。しかしすっと顔を上げると、パーシバルをまっすぐに見据える。


「彼女は調香師よ。そして、彼女は真実を探してる」

「……何があっても彼女の事情を話してはくださらないのですね」

「あなたはルジェーナの味方になってくれないでしょう? 私に不利益になると感じたら、あなたはきっとルジェーナを切り捨てる」

「否定はしません。私が何に代えても守るのは、イザベラ殿下だけです」

 素直に受け取れば、世の大半の女性は喜びそうな台詞だった。しかしベラは悲しげに目を伏せて呟いた。


「その通りよ。あなたが守るのは、王女イザベラだけ」


 とげのあるその声に、パーシバルははっとして、とっさに問い返す。

「何をおっしゃってるんですか?」

「分からない? それならいいわ。階段もようやく終わったみたいだし、話も終わりよ」


 ベラはヒール音をひびかせながら最後の一段を降りた。

 目の前には一本道が続いている。明かりはガス灯が設置されていて、喚起も十分にできているようだ。一本道は階段が終わってすぐから徐々に右に曲線を描いている。


「もうすぐ近衛もおいついて来るわよね?」

「そのはずです。殿下が連射式小型銃(ピストル)を発砲されたことで、突入の合図だと思ったに違いありませんから」


 二人は上で、あのからくりに近衛隊が悩ませていることなど到底知りようがなかった。そのためもうすぐ彼らが追いついてくることを信じて疑わなかったのだ。


「……じゃあ、確認はまたの機会ね」

 ベラは道の左側をにらむと、大きくため息をついた。そして、かすかに右に曲がっている道をさして言った。

「人の声がするわ」

「距離はわかりますか?」

 パーシバルはホルスターに戻していた連射式小型銃(ピストル)を抜き、それを構えながらゆっくりとベラの前を歩く。

「まだ、遠いわ。すぐにかち合うことはない。足音は聞こえないけれど話し声がするってことは……少し広い空間があるのかもね」

 先ほどまでは全く気にせずに足音を立てていたベラも、音のなりやすい靴を器用にあつかって、無音で歩き始めた。

「殿下は右側の壁に張り付くようにして歩いてください」

「……分かった」

 パーシバルは銃を持ったまま数歩先行すると、一度振り返ってベラがきちんと指示に従って歩いているかを確認した。

 そして、かすかに曲線を描いていた道が、今度は少し左に折れていた。

 その角の所でパーシバルは一度止まる。

 銃を構えて、頭だけを出して覗いた。誰もいない。

 銃口を向けたまま一度体全体で踏み込んでみるが、通路の先に人影はなかった。しかし次の通路は非常に短く今度は右に直角に折れているのが見えた。


「パーシバル」

「はい」

 ベラはパーシバルの耳元で、小さくささやいた。

「たぶん、あれを曲がったところにいる。もしあれが誘拐犯なら、聞きたいことがあるの。極力、殺さない努力をして」

「はい」

 パーシバルは即座にそう返事した。本来ならば、曲がり角の先にいるかもしれない敵にすべての注意を向ける必要があった。

 しかし、今、ベラがパーシバルの背中にほとんどぴったりとくっつき、後ろから耳元でささやいているような状況では、パーシバルの注意がそちらに向くのも致し方ないことだった。

「でももし、ルジェーナが捕まっていて、今にも危ない状況なら……」

「危ない状況なら?」

 パーシバルはその先の答えを知っていたが、ベラの覚悟を確かめるために、あえてそう問いかける。ベラはそれをわかっていて、間髪入れずに答えた。

「ためらわずに殺して、ルジェーナを助けなさい」

「……承知しました」

 パーシバルはうなずいて、ゆっくりと通路の奥まで歩いて行った。そして角に差し掛かると、手前の壁に張り付いて一度小さく息を吸う。ベラはパーシバルの二倍の時間をかけてゆっくりと歩いた。万が一でもヒールがなれば、相手に気づかれる可能性は高まる。

 ゆっくりと忍び足で歩き、そしてベラは角の手前までくると、目を閉じて耳を澄ませた。パーシバルもまた、少しでも声を聞き取ろうとして目を閉じる。

 しかし二人のそんな努力は必要がなくなった。


「ちょっと待ってくれ! 俺たちは十分うまくやっただろ!」


 一人の男の叫び声が聞こえてきたからだ。

 男の声は上ずっていて、何かにおびえているかのようにかすれていた。

「――くだって、ふざけるな。――トン――っぱい――が」

 それにこたえる男の声は、パーシバルには全く聞き取ることができなかった。ベラはかろうじて単語を拾ったが、意味はつながらない。

「そ、そりゃ……イーグルトンの娘の誘拐は失敗したが……! ブツの回収はした! お前が望むなら、捕まえているあの二人の女を殺したっていい!」

 そして再び、最初に叫んだ男が答えた。

「――は、にせ――だ。――がつかま――おん――だ」

「なんだって!? 偽物! お、お、俺たちは知らなかったんだ! だまそうとなんてしてない! してないんだ! それにあの女が――」

 

 ――パアンッ。


 銃声が鳴り響いた。直後に何かが地面に倒れた音がした。

「兄貴!!」

 誰かが叫んだが、パアンッともう一発音がして、静かになった。 

 パーシバルは左腕でベラをかばうようにし、右手で銃を構えたまま、全神経を耳に傾けた。ベラもまた、耳を澄ませた。

 熟練された犯人の足音は、通常の人間なら拾えるものではなかった。しかし特別耳の良いベラは、じっと集中していると、その足音をとらえることができた。それは間違いなく一人分で、どんどん遠ざかっていく。


「いくわよ」

 ベラは小さな声でそういうと、ヒールの音が鳴るのも構わずに一歩踏み出した。

「何をおっしゃってるんですか!?」

 パーシバルは信じられないとばかりにそういうと、ベラの腕をつかんだ。

「足音は遠ざかったわ。それに……今を逃したら、たぶん、もう調べられない」

「まだ狙撃される危険があります!」

「知ってる。それでも、よ」 

 ベラはそういうと、パーシバルにつかまれた腕を思い切り振り切り、曲がり角を曲がった。

 まず目の前に現れたのは、広い空間だった。通路ではなく部屋と呼んでいい広さのその空間に、二人の男が倒れている。

 それをみた瞬間、ベラは倒れている男に駆け寄って、首に手を当てた。男は心臓を撃ち抜かれている。


「ベラ!」

 

 パーシバルは焦ってそう名を呼ぶと、ベラに駆け寄った。

「死んでるわ……もう一人は――」

「――僕が確かめるから! 頼むからおとなしくしてくれ!」

 パーシバルは完全に立場を忘れて口早にそういうと、立ち上がろうとするベラを制して、まずは周囲を確認した。そしてさっともう一人の男に駆け寄ると、男と目があった。

「大丈夫か!」

 パーシバルは声をかけながら、男が撃たれた腹部を止血のために上から抑えた。

「ひつ……ごろ……」 

 男は喘ぐので精一杯で、しっかりとした言葉を紡ぐことはできない。

「もう一度言って!」

 しかしベラの耳には、どうにか聞き取れる言葉があった。パーシバルとしてはベラを男のそばに近づけたくなかった。しかし男が重症で、ベラに危害を加えることは不可能だと判断し、止めないことにした。

「ひつじ……ごろし……」

「羊殺し……! ねえ、それって……」

 ベラはしゃがみこんで質問を続けようとしたが、男の首がすっと横を向いた。全身から力が抜けていく。パーシバルは男の脈をとり、小さく首を振った。

 そして立ち上がると、ベラの両肩をつかんで軽くゆすりながら言った。

「どれだけご自分が危険なことをなさったか、お分かりですか!」

「……収穫はあったわ。危険なことをしただけの」

 ベラは小さな声でそういうと、この広い空間の先に続く道があることを確認した。そして目の前にいる死んだ男の持ち物を探ろうと手を伸ばす。

「やります。殿下は下がっていてください」

 そういうとパーシバルはてきぱきと男の荷物を探っていった。男二人は武器と、それなりの所持金、そして片方の男が鍵を持っていた。男が倒れていたそばには、白い包みがある。それを救い上げると、パーシバルは包みを開けた。

「それ、何?」

「誘拐犯が請求したものです。それに似せて用意した偽物ですが」

「偽物……。それは偽物だ、って言ってたのね、あの男」

「似た形状で、害のないものを用意したのですが……見破られてしまったようです」

「みたいね」

 ベラはそういうと、もう一度、広い空間の先に続く道を見た。

「その男たちは置いて、戻るわよ」

 ベラのはっきりとした声が窓もない部屋に響き渡った。

「……え?」

 パーシバルはとっさにベラの言葉が理解できず、問い返した。ベラはパーシバルがもっている白い包みを取り上げると、あっさりと来た道を戻り始めた。

 彼女の靴が大きな音を立て、歩くたびに音が反響する。

「早くいくわよ。それとも何? それは困るの?」

「もちろん困りませんが……どうして、戻ろうと思われたのですか?」

「どうして? どうしてって……なんでもいいでしょう」

 赤い目を伏せて、ベラは少し速足で歩いた。しかしパーシバルはそんなことでごまかされる男ではない。後ろを警戒し、連射式小型銃(ピストル)を構えながらもベラに追いついた。

「何を収穫されたのですか?」

「何って? そうね。相手の男がライフルなりピストルなり、最新の武器を手にできるってことじゃないかしら?」

 角を曲がって、男たちの死体が横たわる部屋は見えなくなった。二人はさらに歩き続け、螺旋階段につながる道まで戻ってきた。

「その収穫だけで、ここから戻ることを決心されたんですか?」

「もちろん、それだけじゃないわ」

 ベラが歩くのをやめたとたん、地下道に反響していたヒールの音がぴたりとやんだ。

 ベラは長い髪を後ろにすべて払った後、その赤い瞳をパーシバルに向けた。パーシバルは彼女に見つめられて、思わず小さく息をのむ。


「あなたが私のこと、ベラって呼んでくれた」


 そして、一瞬の静寂。

 どちらも一歩も動かなかった。

 しかし、ベラは赤い口紅を塗った唇の端をにっと釣り上げて笑った。


「なーんて、言ったら、信じてくれる?」

「……でん、か……」

「ばかね。そんなわけないじゃない。単に気分よ、気分」

 

 螺旋階段が二人の前に現れると、ベラは階段を見つめて、さっとパーシバルの方を振り返った。パーシバルはまだ、ベラの先ほどの言葉の意味を考えていて、周囲に全く注意を払えなくなっていた。

「来たわ。遅かったわね」

「誰が、でしょうか?」

 だから、ベラの言葉に、何も考えずに反応し、彼は銃口を階段の上部に向ける。

「味方よ。近衛と……それに、何故かルジェーナとイェンスも」

 パーシバルはそういわれて、銃を下し、悩んだ末にそれをホルスターに戻した。ベラはそれを確認して、自分の太ももにもきちんと武器があるかを確認する。

「この脱出劇は……見事に負けたわね」

 ベラは階段を響かせながらやってくる大量の足音を感じ取りながら、そうつぶやいた。

「負けた?」

「ええ。見事脱出したのは……私たちじゃなかった。そういうことよ」

 

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