脱出劇③
「ベラ!」
爆発音とともに、ルジェーナが抜群の反射神経でベラの体を自分ほうに引き寄せ、そのまま後ろに倒れこんだ。
鉄格子は壊れなかったが、窓枠が大きく破損したために、ただはまっていただけだった鉄格子はそのまま地面へと落下する。
そして、爆発と同じくらい派手な音を立てて、鉄格子は地面に落ちた。当然ルジェーナが結びつけたローブも一緒に落ちてくる。
小瓶は吹き飛んだ衝撃でローブを引き裂いて、部屋には落ちてこなかった。
後ろに倒れこんだルジェーナは、すぐにベラの下から抜け出すと、彼女を立たせ、半ば引きずるようにして扉の真横の壁にぴたりと張り付く。
「何してるんだ!」
怒鳴り声とともに扉が開く。二人の体は、扉を開けた人間からは、完全に死角にあった。
「な……! 嘘だろ!」
「どうした?」
「大変だ! 女たちが逃げた!」
怒鳴り込んでやってきた男は、たいして部屋を確認もしなかった。視界には誰もおらず、吹き飛んだ鉄格子と、さきほどより少しだけ大きくなった穴を見て、とっさに叫んでいた。
「くそっ! 探せ! 女が逃げたぞ!」
扉が再び勢いよく閉まり、足音が遠ざかっていく。
ルジェーナの計画した”逃げたフリ”は見事に成功した。
「今の男の香り……」
ルジェーナは小さくつぶやいたが、その独り言はベラには届かない。
扉がしまってしばらくしてから、ルジェーナはベラを見て、彼女の体にけががないかを確かめる。そして、気まずげに髪をいじりながら言った。
「ごめん……。そういえば、あれ……特殊な瓶だから、衝撃を与えても爆発するって言われてたの」
「あら、大丈夫よ。無事に計画は成功したんだから」
ベラはあっけらかんとそういうと、くすくす笑いながら床に落ちた鉄格子に近づいた。そして、そのまま視線をあげて、首をかしげた。
「なんだか、パーシバルに似てる人がいる」
「似てる人ではありません。本人ですよ。今度はリク・パユにいったい何を作らせたんですか? 鉄格子を吹っ飛ばすなんて!」
ルジェーナの位置からは角度の問題で顔は見えないが、ベラの位置からはちょうどそれが見えた。
「あ、これは本物だわ。無事かどうかより先に、文句がでてくる近衛なんて」
そしてベラは後ろを振り向くと、ルジェーナに向かって手招きをした。
「イェンスもいるわよ」
「やっぱり、イェンスに連絡がいったんだね」
「そのようね」
「それより早く上がってきてください。今の爆発で、きっともうすぐここにも人が来ますから!」
のんきに会話を繰り広げる二人の間を割って、パーシバルは少し苛立った様子でそう言った。そして彼はできるだけ手を伸ばす。
しかしベラは素直にその手はとらず、ジャンプして鉄格子のはまっていた枠に両手をかけると、そのまま腕の力で体を持ち上げていく。しかし途中で力尽き、落ちそうになったところで、パーシバルが彼女の腕をつかみ、そのまま引っ張り上げた。
「ありがと」
「いえ」
ベラは短く礼を言うと、すぐに穴から中を覗き込んで、ルジェーナのほうを向いた。
「ルジェーナ、あなたも早く……?」
上ってきなさいよ、と言おうとしたベラだったが、彼女の様子がおかしいことに気づいて口を閉じた。
後ろにいたイェンスが半ばベラを押しのけるようにして中を覗き込む。
「どうしたんだ?」
イェンスが見たのは、何故か扉に近づいてこちらを見上げるルジェーナだった。彼女は一度、その淡い紫色の瞳がかくれるほど目を伏せた後、すっと上を向いた。
覚悟を決めた目だ。
イェンスはそれがわかって、いやな予感がした。
「ごめん……。ちょっと、どうしても調べたいことがあるの! ベラをよろしくね!」
ルジェーナはそう叫んで、扉を勢いよく開けた。そして外に出ていく。
「おい! 待て!」
イェンスは舌打ちすると、一秒も考えずに、排気口の上側を両手でつかみ、体を滑り込ませるようにして中に入った。そして両腕を話して華麗に地面に着地する。
そして彼もまた、扉を開けてルジェーナの後を追った。
地上に残された二人は、ただ茫然としてその成り行きを見守っていたが、すぐにベラが復活した。そして彼女は立ち上がると、腰に手を当てて言う。
「当然、あなたの部隊の人間は、ここに向かってるのよね?」
「はい。ここらへん一体を取り囲んでいます」
「そう。じゃあ、突入よ。王女を誘拐した犯人を逃がすわけにはいかないわ」
「かしこまりました」
パーシバルはそう言って、懐から耳栓を取り出した。合図のために銃を一発撃つつもりだった。
銃声によって、ここから少し離れたところ待機させている近衛隊がいっせいに集まり、突入する予定だった。
ところが、ベラが突然走り出したことで、パーシバルはその動きをやめざるを得なかった。ベラは扉のところまで走り、そして、右手で連射式小型銃を取り出し、それを空に向けた。腕で右耳をふさぎ、左耳は手でふさいで、窓のそばで一発撃った。
それは皮肉にも、パーシバルがやろうとしていたことだったが、ベラの意図は別のところにあった。
銃声を聞いたことで、窓を開けて顔を出した男がいた。その男はベラの赤い瞳と窓ガラス越しに目があった。
しかし男が動けないでいるうちに後ろからやってきたパーシバルに思い切り顔面を殴られて、その体は家の中へと逆戻りした。
彼女は口の端をつりあげてにっと笑うと、横にいるパーシバルに声をかけた。
「行くわよ」
そして彼女はパーシバルが止める間もなく、開いた窓から部屋の中に侵入した。
ベラが部屋に入るなり、二人の男が剣をもって襲い掛かってきた。ベラは持っていた銃を男たちに向けたが、それよりさきにパーシバルが彼女の前に立った。
そして彼もまた剣を抜き、男二人の剣をあっという間に弾き飛ばすと、蹴りとこぶしで男たちの意識を刈り取った。
ベラはすっと銃口をおろし、太もものホルスターにしまおうとした。
「あの二人を助けに行かれるのですね?」
パーシバルはため息をつきながらそう聞いた。
「もちろん!」
「ではそれはしまわないで持っていてください。使用は、極力避けてほしいですが」
「あなたが守ってくれるんじゃないの?」
ベラが当然のようにそう問いかけ、パーシバルはうなずきかけるが、ちいさく首を横に振った。
「……守りますが、保険です」
パーシバルはそういうと、部屋を見回した。
この部屋は窓の向かい側の壁に一つだけ扉がある。部屋の中央から見れば玄関扉側に寄った位置だった。
パーシバルは慎重に扉に近づいて、耳をそばだてる。
あれだけ派手な音がしていたわりに、この部屋に来たり、玄関に出てくる人間が少なすぎる。
「あと、私が助けるのはルジェーナよ」
「ヴェーダ大尉はよろしいのですか?」
扉の向こうに傾けていた集中を、とっさにベラに戻した。パーシバルの注意力が散漫になるのは、いつでもベラが原因だった。
「イェンスはすごく強いもの。助けなんて要らないわ」
「……強いのならば、ルジェーナ嬢も守れるのでは?」
そっけない口調でパーシバルが問いかける。
ベラはそれをあっさりと肯定した。
「ええ。そうね。でも私が手伝いたいのは、ルジェーナがやろうとしていることなの。それはイェンスではまだ力不足よ」
「彼女は何者ですか?」
「いつも言ってるでしょう? 彼女は調香師よ」
ルジェーナとベラが出会ってから、もう何千回と繰り返されたこのやり取りを、二人はいつものように繰り返した。
「それで、進んでも平気そう?」
「おそらくは」
パーシバルはそういうと、気の短いベラが扉を開く前に、自ら扉を開いた。廊下に向かって開く扉なので、取っ手を押したまま体当たりするように開く。
「何も……ない?」
パーシバルが外に出ると、そこにはただ、家の大きさに対して無駄に幅の広い廊下があった。部屋をでてすぐ右は突き当りで、左側の奥のほうに扉がある。イェンスの話を聞いていたパーシバルは、あの扉が外に通じるものだと判断した。
「廊下の幅はまあまあね。扉を開けても……人が三人くらい並んで歩けそう」
王宮の廊下に慣れているベラは、この広さをまあまあと評価すると、持っている銃の背ですぐそばの壁をたたき始めた。
「何をされてるんですか?」
パーシバルは念のために扉を開け放したまま押さえていた。そしてその位置からベラに問いかける。
「静かに。音が違うところがあれば……そこには必ず抜け道があるものよ」
これまでの経験上からベラはそう語り、パーシバルは、外から見た家の外観を冷静に分析して、彼女の言葉に一理あると考えた。
外から見たときは、まだ右側に奥行きがあったのに、すぐに行き止まりになっている。
ベラは石の壁をそれなりの力でたたいていた。そして突き当りの壁の右側を調べるために、一度手をついた時だった。
「きゃっ……!」
突き当りの壁が、石同士がぶつかるような音を立てながら動き、ベラの体を壁の向こう側へと運んでいく。
「ベラ!!」
パーシバルはなかば体当たりするように壁に向かうと、ベラの体を抱えるようにしてそのまま二人で壁向こうになだれ込む。
石の回転扉はその勢いでぐるりと回り、しばらくぐわんぐわんと動いたあと、ぴたりと止んだ。
そしてまた玄関からつながる廊下は、誰もいない、ただ一つの扉だけが存在する殺風景な様子に戻ったのだった。




