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イェンスとルジェーナ  作者: 如月あい
二章 眠りへの誘い
19/82

吹きすさぶ冷風

 ヴェルテード王国の王城へは、五本ある跳ね橋のどれかを通って入る必要がある。ルッテンベルク街にある跳ね橋を金髪の軍人が渡ろうとした。見張りの兵が二人跳ね橋の前にいるが、彼の顔を見て、すぐに敬礼した。

 金髪の軍人イェンスは敬礼を返し、跳ね橋を渡る。

 そして王城に入ると、次に城を一周するような大きな水路が行く手を阻む。橋のある位置まで迂回すると、橋を渡り、そうしてようやく建物がたくさん並ぶ地域にたどり着いた。

 跳ね橋に近いところには、見張りの兵の休憩所や、王家に許可を得た商人たちの店がある。それよりももう少し歩いていくと、今度はやや大きめの建物が現れる。王城に五つはある図書館なり、兵士用の医療棟なりが所狭しと並ぶ。

 イェンスは途中で小道に入り、階段を上って、そして下がった。

 すると大きな建物の裏側につながっており、そこにもやはり見張りの兵がいた。基本的に王城は平和な地区なので、見張りも気が緩みがちである。だらけていたところをイェンスが来たので、慌てて背筋を伸ばして敬礼すると、その勢いで彼の軍服のボタンが飛んだ。

「し、失礼いたしました!」

「明日までに縫い付けておけよ」

「かしこまりました、ヴェーダ大尉!」

 ボタンを拾って渡すと、イェンスは建物の裏口から中に入った。

 この建物は薬の研究棟である。薬を調合し処方してくれる建物はもう少し中心部にあるのだが、研究棟は王城の中でも少し外れた部分にあるのだった。


「すみません。これの解析を頼みたいのですが……」

 イェンスが受付の女性に話しかけると、女性は顔をあげて書類を差し出した。

「これに記入してください」

「げ……こんなに」

「何か言いました?」

「い、いえ」

 小さな声で漏らしたはずの不満も、しっかりと相手に届いてしまっていた。

 書類を見つめ、必要事項を淡々と記入していく。そして書類を全て埋め終えた後、最後に日付と自分の名前をサインした。

「ありがとうございます」

 女性は眼鏡をケースから取り出してかけると、書類に目を通していく。そして一箇所で目を留めた。

「……危険性はBなのに、緊急なんですね?」

「先日王城でおきたとある事件との関連性が疑われているので」

「ああ、それなら、重要度をBでなくAに」

 女性はペンで二重線を引くと、重要度をAにした。

「こうしておかないと、優先順位がさがります。みたところ、眠り薬系でしょうから、この前の跳ね橋事件との関係を疑っているのですよね?」

「どうして眠り薬だと?」

「この薬の原料は独特の香りがありますし、これだけ近距離なら、薬師(くすし)ならわかります。さすがに懐にあるものはわかりませんが」

「そうですか……」

 懐どころか距離がかなり空いていても辿れる人間を知っています。とは言えなかった。


「では、よろしくお願いします」

「はい。確かにお預かりしました」


 押収品を預けると、イェンスは建物の外に出た。ただし入ったのとは違う出口を選ぶ。

 さらに王城の中央に近づいたイェンスは、路地を抜けて、跳ね橋からまっすぐに続く本道に出る。そしてさらに中央に向かって歩いて行くと、郵便棟が現れた。四角い建物は四階建てになっており、一階が各部署に一つある郵便受けや、物を受け渡しできるロッカー。二階が手紙の受付、三階が厚みが三センチを越える荷物の受付、四階が事務所となっている。

 イェンスは郵便棟に入ると、一階の自分の所属部隊の郵便受けを覗いた。


「ヴェーダ大尉、郵便物はとりました」

 後ろから声をかけられて振り向くと、しっかりとした体躯を持ち、短く刈りあげた髪の男性が立っていた。イェンスはすぐにその男性が誰かを認識すると、すぐに言葉を返す。

「ありがとうございます、ニーベルゲン中尉」

「それより、近衛のセネヴィル少佐がお呼びです」

「セネヴィル少佐が?」

「はい。王宮の三階にある、イザベラ殿下付き近衛隊の本部に来るようにと」

 王宮は王城の真ん中にある。王城は王宮を含む一つの街をそう呼ぶが、王宮は、まさに王族が住んでいる建物の中である。

 陸軍の本部があるにはあるが、大尉のイェンスにはあまり縁がない場所だった。少佐以下の人間で王宮を拠点にしている人間は、近衛くらいなものである。


「わかりました。いくつかサインの必要な書類があるのですが……」

「代わりにやっておきます。この前の跳ね橋事件の原因は、とりあえず不明で構いませんか?」

「はい。ただ、先ほど、その事件と関連性が疑われるものを押収したので、薬の研究棟に回しています」

「では備考欄にそのように」

 イェンスと二―ベルゲン中尉の引継ぎはあっという間に方が付いた。階級は下でも、年上で頼りになる二―ベルゲン中尉を、イェンスは純粋に慕っている。

「お願いします」

 イェンスが敬礼をすると、二―ベルゲン中尉も美しい敬礼を返した。


 イェンスは郵便棟の外に出ると、王宮へと向かった。

 王城自体が島なのだが、王宮の周りにも跳んで渡れるくらいの細い水路が流れている。大河リーニュの流れを反対側に流すための工夫だとイェンスは聞いていた。

 街をひたすらに歩き、ようやく王宮が見えてきたところで、イェンスは水路を飛び越えるか悩み、少し遠いがきちんと橋を渡ることにした。

 橋といっても、水路の上に大きな石の板が渡されているだけである。

 そしてそれを渡ると、今度は王宮をぐるりと囲む柵に行く手を阻まれる。西側に回るように歩くと、ちょうど真南に王宮の正門があり、イェンスはその前まで歩いていく。

 すると門番の一人がイェンスを見て敬礼し、そして言った。

「所属と要件をお願いします」

「ヴェルテード王国陸軍、警察部隊、第三中隊長イェンス・ヴェーダ大尉と申します。近衛部隊、イザベラ殿下付きのパーシバル・セネヴィル少佐と面会するために参りました」

 長ったらしい肩書をすべて言い、パーシバルに関する情報も自分の知っている限りのことは伝えた。普段から王宮に入る兵士や、王宮で働くすべての人間がこれをすると、いろいろと仕事が回らない。そのため、そういう人間には名前入りの通行証が発行されていた。

 しかしイェンスはそうではないので、門番が大きな台紙をめくって、今日の予定として入っているかを確認する。

「面会希望ですね。はい、たしかにうかがっています。お仕事ご苦労様です」

 門番は台紙に大きくチェックを入れた。

「ありがとうございます」

「このまま庭園をまっすぐ突っ切って、突き当りの建物にお入りください。一番近い階段を三階までのぼり、右側にひたすら歩いてください。突き当りの一つ手前の部屋が、セネヴィル少佐のおられる部屋です」

「わかりました」

 言われたことを頭で考えながら、イェンスはそのまま王宮へと足を踏み入れた。

 左右対称の見事な庭園は、色とりどりの花があふれる花壇と、中央には大理石でできた噴水がある。イェンスはそれらを見ながらも、言われた通りにまっすぐと歩いて行った。するといくつもある建物の一つにたどり着く。

 イェンスが入ったことのない建物だ。

 王宮には来たことがあるのだが、何せ王宮のなかにもいくつか建物があるため、やはり行ったことのない場所はどうしても出てくる。


 その建物にはいくつか出入り口があるが、そこは意外なほど開放的だった。というのも、多くの人間がひっきりなしに出入りしているため、いちいちチェックなどしていられないというのが現状なのだろう。

「まっすぐってことは……真ん中の扉から入ればいいのか?」

 イェンスはさきほど言われた言葉に忠実に行動することにした。真ん中の少し大きめの扉を選ぶと、中に入った。イェンスが中に入ると同時に、数名があわただしく外に出ていく。

 中に入ると、まず目に入ったのは大理石の床だった。ピカピカに磨かれていて、どこにも隙が無い。広々とした廊下には北側にある扉と扉の間に絵画が飾ってあったり、彫刻が置いてあったりする。廊下の照明には当然のように電気が使用されていて、その数もおびただしい。

 南側の部屋と部屋の間には必ず窓があるので、建物は上から見ると、南側が凹凸の多い作りとなっていた。


「これは……別世界だな」


 ぽつりとつぶやいて、イェンスは階段を探すことにした。階段はもっと大胆に大きくあるのだと思っていたが、意外なことに見当たらない。

 南側にも北側にも部屋があり、廊下の両側に扉があるのだが、イェンスが立っている位置からでは、階段の位置は確認できなかった。

 何人かの使用人とすれ違うが、みな自分の仕事に忙しそうで、話しかけるタイミングを逃した。


「ヴェーダ大尉」


 イェンスが困っているところで、聞き覚えのある声がイェンスの名を呼んだ。そちらのほうを見ると、まだらのある金髪を編み込んで後ろでゆっている侍女がそこにいた。

「あなたは……シスラさん」

「覚えていただいて光栄です。パーシバル様がお呼びなのはご存じですね? ご案内いたします」

 侍女の制服を着たシスラは、城外で出会ったときよりもかなりテキパキと話し、さらにどこか緊張した面持ちだった。

 前を歩く彼女は、非常に優雅で洗練された動きをしながらも、早く歩くという特殊技術を行使している。彼女は東側に向かって廊下を歩くと、二十歩ほど歩いたところで左に曲がった。そこには扉はなく、ただぽっかりと空いた空間があり、その中に入ると階段が出てくる。

「意外と地味な階段だな」

「一階は、専用の出入り口以外、王族の皆さまは使用されないので、華美さは必要ないのですよ」

 彼女は急いでいる様子だったが、イェンスの疑問には答えてくれた。

「絵画や装飾品は?」

「あれは、先々代の国王陛下が、国王の権力の誇示として置いたそうですよ」

「なるほど」

「その代わり、ほら。この階からは華美になりますよ。本棟には負けますが」

 一階分のぼると、階段はそこで終わっていた。そしてそこから廊下に出ると、中の雰囲気は一変する。

 床には赤い絨毯が敷かれ、歩いても音が立ちにくい。一階の照明は電気を使用していてもシンプルなデザインだったが、この階はガラスをふんだんに使用したシャンデリアだ。蝋燭の代わりに電球がついている。

 シスラは今度は西側に向かって歩いた。そして数歩もいかないところで、イェンスは右側に階段を見つけた。ここからは最上階まですべて吹き抜けになっていた。

 時計回りに回る階段には、赤い絨毯が引かれていて、一つ一つの階段の幅が広い。それに踊り場も当然のように広く、踊り場の真ん中には大きなガラス窓が備え付けられていて、端にはいかにもたかそうな壺が左右対称に飾られていた。

 イェンスはできるだけ壁から離れることを意識しながら歩く。万が一にも王宮の一部を破損すれば、減俸されるだけでは済まないことは火を見るよりも明らかだった。

 しかし内心そんなことにおびえているイェンスをよそに、シスラは堂々と階段の左側をのぼっていく。そして三階につくと、シスラは一度立ち止まってこちらを見た。

「東側の棟が姫様の住まいです。四階の西側に、第一王子リシャルト殿下がおられます」

「リシャルト殿下はベラ……殿下と母を同じくする兄妹でいらっしゃるのですよね?」

「はい。一つの棟は、最上階に王妃殿下、下の階にその妃のお子様方が住まわれることが習わしです」

「つまりここは第一王妃の棟であると」

「そうです。第二妃と第三妃はまた別の棟におられます」

 シスラはどうぞといわんばかりに一度、東側を差して、自らが先導して歩いていく。

 そして、門番が言っていた通り、突き当りから数えて二つ目の北側の部屋の前で止まると、シスラは扉をノックした。


「ヴェーダ大尉がお越しです」

「どうぞ」

 

 入室を許可され、シスラが扉を開けてくれた。イェンスは自分でも扉を抑えて中に入る。

 この部屋は近衛の本部の応接間だった。この部屋は隣と続きになっているらしく、部屋の奥の東側にも西側にも扉がある。 

 部屋の中央には大人が三人は座れるようなソファが二つ、向かい合っておいてある。部屋が広いので壁とソファの背もたれの間に、もう一つテーブルを置けそうなスペースがあった。ソファとソファの間には足の短いテーブルがある。

 部屋の奥には机と、大きな窓を背に椅子がおいてあり、黒髪の青年がイェンスの入室とともにその椅子から立ち上がった。


「どうぞかけてください」

 パーシバルはそういうと、自分も移動してソファまでやってきた。イェンスはソファの隣に立つと、失礼しますと声をかけてから座った。

「お茶をお持ちします」

 シスラはそう言って頭をさげると、東側の扉を開けて外に出た。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 パーシバルとするような世間話のネタを持ち合わせていないイェンスは、単刀直入に要件を聞いた。

 彼の瞳は深い藍色だ。この前のように薄暗い通路ではなく、明るい室内だとそれがよくわかる。求心的な顔立ちで、目と眉の幅は狭く、鼻は高く筋が通っている。

 顔立ちが整っていて、貴族としての気品と威厳を持つ彼は、王女の婚約者候補だというのもうなずけた。ただ問題の王女のほうは、確かに飛びぬけた美人だが、その大胆さが玉に傷である。王女よりも彼が王子だと言われたほうが、まだ納得できるとイェンスは感じていた。


「イザベラ殿下のことです」

「え?」

「要件は、イザベラ殿下のことです」


 窓も空いていないのに、冷ややかな風が吹き荒れた。


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