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イェンスとルジェーナ  作者: 如月あい
二章 眠りへの誘い
18/82

追跡

 ルッテンベルク街の西側を、一人の調香師と一人の軍人が歩いていた。

 調香師は淡い紫色の髪と瞳が特徴的で、どことなく神秘的な雰囲気と美しさを持っている。十人に一人くらいは振り返って彼女を見ていた。

 軍人は金髪に緑色の髪で、深い藍色の軍服を着ている。髪はサラサラとしていて、癖もない。線が細く顔立ちもよいが、目は鋭く周囲を観察しているので、空気の読める人は話しかけようとはしない。

 ただし、視野が狭い女――隣になかなかの美人を連れて歩いていることにも、彼が軍服を着ていて仕事中である可能性にも気づけないような女は、時々彼に絡むこともあった。

 しかしまるで空気のようにその存在事まるっと無視されるので、女たちは自分の声が聞こえなかったのだと、自分を納得させる羽目になっていた。


「頭が痛くなるようなとがった匂いと、ほのかな甘い香り……」

「ああ。四人の男が眠りに落ちたんだから睡眠薬だと思ったんだが……どう思う?」

 歩きながら、金髪の軍人イェンスは、先日、城で起きた騒動についてルジェーナに話していた。あまり詳細に話すと、軍の規律に触れるので、そのぎりぎりのラインを見極めながら話していく。

「男たちは何時間ぐらい眠っていたの?」

「部屋に入ったとたんに、意識が遠ざかったと四人は証言しているから……二時間、いや、あの後も眠ってたんだから四時間か」

「証言しているって言うのは、何か引っかかることがあるってこと?」

 ルジェーナは香りを追ってひたすらに歩く。時々、無駄な遠回りをしながらも、香りに忠実に道を歩く。

「ああ。四人が倒れていた位置を考えると、入った瞬間に倒れたってことはないだろうと思ってな」

「でも、本人たちはそう思ってるんだよね? ってことは……ちょっと記憶障害もあるのかも」

「記憶障害?」

 手すりもないような小さな橋を越えると、イェンスは問い返しながら一度、後ろを振り返った。誰もいない。

 尾行しているのに、後ろを取られることはまずないはずだが、念のためにこういう確認を欠かすわけにはいかないのだ。

「飲んだ前後の記憶があいまいになるような薬もあるし……」

「ただ、開閉作業するやつが、四人もそろって怪しげな薬を飲むとも思えないし、飲まされるとも思えないんだよな」

「それは確かにそうかもね。でもそれなら……これもちょっと絡んでるのかもしれないね」

 ルジェーナは歩きながら、さきほど注意散漫な軍人から回収した白い包みを取り出した。

「それ、何なんだ?」

天落花(てんおちばな)が使われてる睡眠薬みたいなもの。ただ、ちょっと香りがおかしいから、きっといくつか混ぜてるし、それに特殊な加工がしてあるみたいなんだよね」

「香りでわからないモノもあるんだな」

「もちろん。でも、これとこれが同じ香り、とかそういうのはわかるけど。今まさにそれで追跡中だから……」

 目の前には水路がある。水路の向こう側には道があるが、橋はない。

「あれ……? また、行き止まりパターン?」

「香りはどこに向かってる?」

「香りは……あの家」

 ルジェーナが指したのは水路の向こう側にある家だった。一見普通の家で、特に不審なところはない。

「ここにいろよ」

「待って! それ、前回も言ってたよね!?」

 イェンスが水路を飛び越えようとしたところ、ルジェーナに腕をつかまれてしまった。

 確かに前回、イェンスが待っていろと言った結果、彼女は相手に見つかって剣を突き付けられてしまっていたのだった。

「う……でもお前、水路飛び越えられるか?」

「そのくらいできるもん」

「おいばか! 先に行くなよ!」


 ルジェーナはそういうと、イェンスが止める間もなく走り出した。そして地面を勢いよくけり、あっさりと水路の向こう側へ渡ってしまう。彼女は四メートルはある川幅を、大した助走もなしに軽々と跳んだ。

 イェンスもまた、川べりの近くで手を振って両足で踏み切ると、河向こうに着地する。

「あれだな?」

「そう」

 ルジェーナが指した家から誰かが出てくる気配はない。水路側には扉はあるが窓はないので、扉側の壁からイェンスは慎重に家に近づいた。ルジェーナもさすがに今度は後ろからついてくる。そしてある程度近づくと、窓のある方の壁にぴたりと張り付いて、ゆっくりとカニのように横に歩く。 

 そして窓枠の近くまでくると、今度はしゃがんで、窓枠の下をすり抜けた。そして再び立ち上がり、壁にぴたりと張り付いた。二人が両側から窓枠近くの壁に張り付いていると、複数人の男の声が聞こえてきた。


「それで、ブツは回収できたんだろうな?」

 ドスの効いた声は、かなり大きかったので外までよく聞こえた。

「かい……? 逃げ……精いっ……たので……その……」

 それに答えた男の声は聴きとりづらいが、内容から判断して、さきほどルジェーナが捕まえようとした男だ。


「ああ? 何寝ぼけたこと言ってるんだ! 計画が中途半端の時が一番あぶねえんだよ! 今すぐ回収してこい!」

「はいぃ!」


 男がそう叫んだ直後、物音がした。男が部屋の中の扉を開けた男だ。

 イェンスはルジェーナにしゃがんでこちら側に来るようにと合図した。ルジェーナもすぐに察して、さっと窓枠の下を通り抜けた。通り抜けたあとちらりと部屋の中をうかがうと、男の姿は見えなかったが、部屋の扉は目に入った。


 そんなルジェーナの動向には気づかないイェンスは、壁の際まで来ると一度立ち止まり、扉がないかを確かめる。壁には扉どころか窓も排気口もない。

 そのかわり、その壁と一続きになっている、イェンスからみて真正面に見える壁の下のほうには、鉄格子の排気口があった。


「行くぞ」


 扉がないことを確認したイェンスは、すぐにルジェーナの腕をつかみ走り出した。路地を走りながら、大通りに出る最短ルートを探る。王都育ちであることも幸いして、どうにか男には見つかりもでくわしもせずに大通りまででると、二人はそろって息を吐いた。

「疲れた……ね……」

「ああ。これに懲りたら首を突っ込むのはやめとくんだな」

「でも、あの男たちが何かの計画をしてることはわかったし、これのことをブツって呼んでるのはわかったじゃない!」

 ルジェーナはにっこりと笑うと、白い包みをイェンスの目の前にかざして得意げに言った。イェンスは言いようも知れない疲労感といらだちを感じて、その白い包みをひったくる。

「これは俺が預かる。城の薬師に解析を頼むから、お前はこれ以上かかわるな」

「でも、気になるじゃない! それ、私も調べたいのに!」

「だめだ」

 イェンスはルジェーナに奪い返されないようにさっと懐にしまう。

「ほら、送っていくから」

「けっこうですー! 買い物するしね」

 ルジェーナはふてくされた表情をして、イェンスに背を向けて歩き出した。

「寄り道するなよ!」

 後ろからイェンスがそう叫ぶ声が聞こえ、ルジェーナは首だけ後ろを向いて、右手を振った。そしてまた歩き出す。

 大通りを歩き、確実にイェンスの視界から外れたと確信した時点で、ルジェーナは立ち止まった。そして、懐に常に持っている香水瓶を取り出した。

 中には先ほどイェンスに没収されたものの、半分が入っていた。

「よかったぁ。こっそり取り分けといて」 

 固形になってはいるが、ゼリーのように柔らかく、瓶を振ると形を少しずつ変える。その瓶を懐にしまうと、さっと大通りに視線を巡らせた。

「買い物しようかな……。それとも、やっぱりこれの解析? ああ、でも採集したハーブをすりつぶすのもそろそろしないと……」

 ぶつぶつと一人でつぶやいていると、後ろからやってきた人物がいた。

「何してるの?」

 振り返ると、そこにいたのは髪は編み込んですべて右側に流している女性だった。髪は根元からきれいに小麦色だ。

 ふくらはぎくらいの長めのスカートに白いブラウスを着て、その上からスカートよりも長いくらいの丈の黒いローブを羽織っていた。

「染めなおしたんだね、ベラ」

「そうそう。きれいにそまってるでしょ?」

 ベラはウインクしながら、唇の端をにっと釣り上げて笑った。赤い口紅が本当によく映える女性である。瞳の色と同じであるし、彼女がもし生来の髪の色をしていれば、もっとよく映える。

「それで、ルジェーナは何に悩んでいるの?」

「んー実は……」

 ルジェーナはかいつまんで今日あった出来事を話した。そして、自分が持っている瓶を見せる。


「これはその実物」

「なるほど。さっきイェンスは満足げな顔をしてたのは、そういうわけね」

「会ったの?」

「すれ違っただけなのに、ばれちゃったわ。帽子も被ってたのに」

「すごい観察力ね」

「でもルジェーナは、その観察力抜群のイェンスをだました、と」

 腕を組みながら、ちょっと澄ました顔でベラはそう言った。するとルジェーナは気まずげに肩をすくめて視線をそらす。

「ま、まあね……。でもほら、心配しすぎだから……」

「心配かけてる自覚はあるのね」

「うん。……でも、私の事情(・・・・)に踏み込ませるわけにはいかないから」

 すっと真剣なまなざしで、目の前にいるベラを見た。見つめられたベラの方も息をのみ、そして静かに尋ね返す。

「それ、何か関係ありそうなの?」

「これは関係ないかもしれないけど……この前の事件の首謀者は、もしかすると……あるかもしれない」

「こっちでも調べるわ」

「ありがとう」   

 

 二人はそのまま連れ添って香水屋に歩いて行った。

 帰り道のおしゃべりは他愛のないものだった。大通りに面した店を冷やかしながら歩き、あれがかわいい、これはよくない。そんないたって普通の会話を繰り広げる。二人は良い品を見つけるとすぐに気づいて立ち止まり、購入を検討した。



 ただし、後ろから付いてくる気配には……とうとう二人とも気づかなかった。


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