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イェンスとルジェーナ  作者: 如月あい
二章 眠りへの誘い
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気が付けば

「ヴェーダ大尉! オーシェルマンの開閉室にお願いします! 橋が全く上がっていません!」


 開いた天井から顔をだした兵士が叫んだ。

 各開閉室の天井は、内部をぐるりと囲む城壁の二階、三階へと上がることができる。城壁は途切れることなく円につながっているが、出入り口は開閉室以外にもきちんと作られている。

「どうして持ち場の近い者が見に行かない?」

「最も近い位置にいる兵は二年未満の新兵です! そのためヴェーダ大尉とブリュノー少尉のお二人を向かわせるようにと、中央から!」

 城壁には等間隔で軍の指令室とつながる通話管が伸びている。指令室のことを中央と呼び、そこからの指令ということは、一度は上の指示を仰いだ後ということだ。

「わかった。ここの見張りは任せていいのか?」

「はい!」

 その兵が降りてくるのを確認すると、イェンスは扉を開けて外に出た。ジュールが扉が開いたことに驚いて勢いよく振り返る。

「緊急事態だ。オーシェルマンの跳ね橋が上がっていない」

「跳ね橋が上がってない? 冗談だろ!?」

「確かめて来いと中央からの指令だ」

「わかった!」

 イェンスが走り出せば、ジュールもすぐに隣について走り出した。城壁のすぐ近く道は石で舗装されている。そこからもう少し内側に入ると、今度は水路がぐるりと中の建物を取り囲むようにして引かれている。円状になっている水路は、時折枝分かれして城壁に向かって流れるものもあり、城壁内部の水の供給に一役買っていた。つまり二人が走る間に、一度手すりもないような小さな橋を渡る機会があった。

 

「げ、ほんとにあがってねえよ」

 本来ならば、跳ね橋が上がることで城壁にあいた四角の穴をぴたりとふさげるようになっている。ところが今日は跳ね橋があがっていないので、城外の景色が見えている。

 二人は急いで近いほうの開閉室に向かうと扉を思い切り引いた。すると扉を開けた勢いで、男が一人崩れ落ちてきた。

「おい! 大丈夫か!」

 扉にもたれかかって気を失っていた男は、イェンスが話しかけても反応がない。慌てて脈をとると、心臓は問題なく動いていた。

「こっちがこの状態ってことは……」

 ジュールが後ろに立った状態でそう言った。そして二人はそろってもう一つの開閉室に目を向ける。

「もう一つの開閉室も見てくれ!」

「わかった!」

 ジュールはもう一つの開閉室に走っていき、イェンスはとりあえず男の体を寝かせて、開閉室の中に入った。

 部屋の中に入った瞬間、頭の痛くなるようなとがった臭いと、ほのかに甘い香りが漂ってきた。イェンスはとっさに鼻と口を手で覆うと、椅子で気を失っている男に近づいた。

 片手で思い切り揺さぶってみるが、まったく反応がない。

「どうなってるんだ……?」

 とりあえず男を部屋の外に出そうと試みたとき、金属がひっぱたかれたような音がした。イェンスはとっさに目の前にあった通話管に耳を当てる。

「こっちも、同じ! こっちも、同じ!」

 こもってはいるが状況からして話しているのはジュールだ。イェンスは壁にかかっていた棒を取ると、通話管をひっぱたいた。そしてラッパのように広がっている口のところに顔を近づけて叫ぶ。

「部屋、出ろ! 部屋、出ろ!」

 四人の男が同時に居眠りをする状況は考えにくい。つまりこれは人為的なものである可能性が高い。どうやって眠らせたのかはわからないが、妙な匂いがすることを考えると、部屋に長居するのは避けるべきだ。

 イェンスは一度部屋の外に出て、新鮮な空気を吸った。そして息を止めると、再び部屋の中に入り、眠っている男を文字通り引きずって外に出す。 

 男二人を並べて外に横向きにして寝かせると、もう一つの開閉室のほうに目をやった。ジュールもまた、部屋から二人の男を出して、外に並べて寝かせている。

 イェンスはその二人の懐を探り、一人の男の内ポケットから鍵を取り出した。それで開閉室の扉を閉めて鍵をかける。

 そうしてから、その鍵を持ったまま、ジュールのほうへと向かった。

 右手にある跳ね橋はまだ上がっておらず、橋の向こう側にいる人間が、不思議そうにこちらを見つめているのが分かった。


「どうする?」

「二人じゃ跳ね橋はあげられないからな」

 イェンスは舌打ちすると、金色の髪をくしゃくしゃとかきむしった。

「ってことは指令室(おえらいさん)に報告?」

「それしかないな」

「まったく、徹夜決定だよ!」

 ジュールはすでに決まっていたはずのことをそう嘆くと、開閉室の扉を開けた。

「俺が行く。おまえは外にいろよ。扉は開けておいてくれ」

「わかった。気を付けろよ」

 扉を外側に開き、イェンスは石をかませながらうなずいた。

「大丈夫」

 ジュールは中に入ると、部屋の奥にある鉄の棒を取り、それで天井を三度つついた。するとさきほどイェンスがやったときと同じように天井が開き、はしごが降りてくる。そのはしごを使って素早く天井に上ると、ジュールの姿は見えなくなった。


 扉が勝手に閉まらないか確認したあと、イェンスは倒れている二人の脈と呼吸を確認した。次に、二人の体を右向きにして、上側にある左腕を曲げ、左手が顔の下にくるように体位を変える。そして気道を確保するために顎を上向きにした。


「っ……う……」

 男の一人が身動きをして、ゆっくりと瞼を開けた。男は自分を見つめるイェンスを見て、状況がさっぱりわからなかったが、しばし考えて急に体をガバリと起こした。

「あ、あ、あ……」

「落ち着いてください」

「も、も、申し訳ありません! どうして眠ってしまったのかっ……! うっ」 

 男は頭を抱えるが、頭を振ってどうにか前を向くと、イェンスに頭を下げた。

「あなただけではないので、居眠りだと思われることはないでしょう。しばらく横になっていてください」

「いえ! うっ……」

「手間が増えるので寝てください」

 イェンスはやや強引に男を寝かせると、開閉室のほうを見つめた。そして立ち上がって中に入ってみる。反対側の開閉室ほど強くはないが、やはり似たようなつんとする匂いと、ほのかな甘い香りがないまぜになってイェンスの鼻を襲った。

 鼻と口をしっかりと片手で覆うと、開閉室の中をぐるりと見回した。二つの椅子、舵、棒、楕円の穴。そして天井への通路。

 そのどれにも異常はない。しかしもしこの部屋に異常がないならば、四人の男たちが昏倒した理由がわからない。頭部に外傷はないため、誰かに殴られたわけではない。しかしもし何か睡眠薬をのまされたのだとしたら、仕事前に四人がそろいもそろって何かを飲むか食べるかしたと考えなければならない。

 一人ぐらいならば差し入れとでもいえば食べさせられるとは思うが、四人全員というのは妙だ。


「そもそも……ここの門番は?」

 跳ね橋の前には常に警備兵が二人は立っている。跳ね橋を渡ったところで王宮に直結していないことから、チェックはあまりされないが、それでも一般人には身分証明書の提示ぐらいは求めるはずだ。

 イェンスは開閉室を出ると、跳ね橋まで足を運ぶ。そしてそこに誰もいないことに気づいた。つまりこれは事故ではなく、事件だということだろう。


「大丈夫ですか!」


 声がして後ろを振り返ると、二人の兵が息を切らせて立っていた。二人の視線は地面に倒れている兵に向かっている。イェンスはまず状況を共有するために、その二人に近づいて言った。

「呼吸と脈は確認しました。跳ね橋をどうするかは、ブリュノー准尉が中央に確認しています」

「そうですか! 四人全員が倒れているなんて……」

「居眠りではなさそうですね」

「お、二人来てるんだな」

 二人とイェンスが話していると、ジュールがやってきて、向こう側の開閉室を指した。

「跳ね橋をただちに上げるようにと言付かりました。私たちは向こう側に行くので、君たちはこちら側をお願いします」

「承知しました!」


 四人はそれぞれ開閉室に入り、跳ね橋をあげた。念のために扉は全開にして行う。今度はなんの問題もなかったので、スムーズに跳ね橋は上がった。

 その後、駆けつけた応援により四人は医療棟に運ばれて行った。

 そして一番に現場に駆け付けたイェンスとジュールは、あとから派遣されてきた調査団とともに、徹夜で周辺を捜索する羽目になったのだった。

 


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