Unnamed Grim Reaper Of Visited
「夢か……」
三人は同時に目を覚ます。
「死神」が来訪する日に起きた朝の不思議な出来事であった。
「きっと「死神」って、悪夢のような人、なんだろうな……」
僕が独り言のように呟くと、追従するように二人は無言で頷く。
「死神」の正体が気になって仕方がない僕たちは、アズダルクの城門まで出向き、「死神」の来訪を首を長くして待っていた。
すると、遠くのほうに人影が二つ。こちらに向かってくるのが目に入る。
「あの方達でしょうか?」
ミースが僕に訊く。
僅かに迷いが生じるが、そのことについては肯定も否定もせずに、「まあ、もう少し様子を見てみましょう」と言うだけに留めた。
仕方もないことだ。
書状を受け取っていたものの、「死神」について全く以て情報がない。
本当に悪夢に現れた「死神」だったら、と心の底では不安な気持ちを抱えていた。
次第に大きくなる二つの人影。
よく見ると二つの人影は若い男性のようである。
二人の仕草から、一人は朴訥な少年、一人は快活な性格に見受けられる。
「随分と仲が良さそうだな」
その陽気な雰囲気から、到底「死神」とは縁遠い存在に感じられる。
「ええ。本当に」
僕の隣で二人をじっと見つめていたイザベルが僕の発言を肯定する。
二人はすぐそこまで迫ってきた。
「あ、あれはもしかして?」
イザベルが先に気がつき、少し遅れて僕も気がついた。
その懐かしい顔に思わず、大声で呼びかける。
「カルス? カルスじゃないか!」
その声に反応するかのように、二つの人影も僕らをみるなり、
「その声はルディじゃないか! おお! ルディ、久しぶり!」
二つの人影の正体の一人は、騎士団時代の同期、カルスであった。
僕は思わず二人をおいて、カルスに向かい走り出していた。
「いやあ、懐かしいなあ。従騎士に仕官された以来だから三、四年ぶりになるのかな?」
「ああ、そうだな。あの日、以来になるな……」
カルスが少し口籠もるように言う。
かつて、同じ騎士団の騎士として、ともに死線をかいくぐってきた戦友のカルス。
冷静な分析力と高い『奇跡の力』の力量を誇り彼は、騎士団の頭脳として存分に力を発揮してきた。
同期の騎士の中でも群を抜く戦果を挙げていたカルスが、従騎士に仕官されるのは時間の問題だと思われていたが、実際に従騎士に仕官されたのは、彼ではなく、僕であった。
それからお互いの意識の中に微妙なずれが生じていた。
勢いでカルスの肩に置こうとした手が所在なく宙を漂う。
「どうしたんだ? こんなところで待ち合わせか?」
屈託のない笑顔で、カルスが訊く。
僕は、そのカルスの言葉が意外であった。
少なくとも騎士団時代のカルスはプライドの塊の様な男で、ここまで気さくに話し掛けてくるようなこともなく、どことなく他者とは距離を置くような感じであった。
ここまで人は変われるものなのか?
流石に騎士団に所属していれば、僕がその後に聖騎士となったことも知っているはずだ。
聖騎士となった僕に遠慮しているのか?
それはない、だろう。
彼の性格から、実力が劣るであろう僕が聖騎士となったことに強く反発し、反感的な態度で僕に接するだろう。
僕が騎士団を出てから、彼に何があったのか。
僕が従騎士として仕官されたことによって生じた騎士団の欠員の補充として、騎士団に仕官されたのが、何を隠そうイザベルであった。
イザベルからカルスの話を、何度か聞く機会ことがあった。
彼は僕が騎士団を去ったあとも、その性格は変わることがないどころが、ますます増長する傾向にあった。
僕に対する対抗心からだろう。
彼の心境を察すると心が苦しい。
では、今の心境の変化はどこから来たのだろうか?
「ルディ、聖騎士になったんだよな。騎士団ころから、おまえならいつか聖騎士になる日がくるんじゃないかと思っていたよ」
「そんなことないよ、カルス。戦場ではいつもカルスに助けられてばかりで、今、こうして聖騎士としてやっていられるのも、カルスの存在があったからだよ」
どこか自虐なカルスの言葉に、僕は戸惑う。
そして、「実は、お前には感謝しているんだ」とカルスが、真剣な面持ちで話を切り出す。
「まあ、イザベルは知っていると思うが、俺はおまえのことを恨んだよ。なんで自分より先に従騎士になるんだってさ。
だけど、このまま騎士団で腐っていても仕方がない。おまえが従騎士となった三年間。俺は血反吐が出るような思いで戦地を駆け巡り自らの力量を、おまえにあって俺にないものを求める日々を過ごしてきた。
来る日も来る日も、自ら戦場を求め、幾多の死線を駆け抜けてきた。
そして、遂にその答えに辿り着いたのさ」
穏やか顔で締めくくるカルスの顔が誇らしげに輝いてみえる。
「俺は、この人に仕える為に騎士になったんだと、心から尊敬できる人と出会えたんだ。今は、お陰様で充実した毎日を送っているよ」
あのカルスにここまで言わせる男とは一体。
所属している騎士団の団長でさえ、意見が合わなければ躊躇することなく、真っ向から意見をいうカルス。歴代の騎士団長が、彼の扱いに苦慮してきたことは想像に難くはない。
「貴方をそこまで心酔させる方とは、さぞ、ご立派な方なのでしょうね」
急にミースが、話題に割り込む。カルスは照れ笑いを浮かべながら、
「恥ずかしいことを言わないで下さい、ミース様。でも、僕にとってそれだけ大事な人なんです、第十三聖騎士ギルバートという方は」
「第十三聖騎士?」
三人が言葉を揃える。
銀十字聖騎士団は十二人が定数で、十三人目など有り得ない話である。
「あれ? ご存じないのですか? さきのゴブリニア事変での活躍が認められ、特例として十三人目の聖騎士として任命されたギルバート様のことを」
「いや、実は聞いたことが無くて……」
「無理もないか。ギルバート様は、任命されてすぐに西方移民造族討伐作戦に参加され、ほとんど、センチュリオンを離れておいでですから」
成る程。
その特例と認められた聖騎士、第十三聖騎士の従騎士としての充実した日々がカルスに変化を与えたのだ。
第十三聖騎士が如何なる人物なのか。
「ルディは、本当に何も知らないんだな。目の前にいるじゃないか。第十三聖騎士、いや、西方異民族にその圧倒的な力を恐れられ「死神」と仇名された当代最強の聖騎士が」
真逆、死神の正体とは。
僕が口を開く前に、先程から一言も発していない朴訥な少年が、屈託のない笑顔で言う。
「皆様、はじめまして。私は銀十字聖騎士団、第十三聖騎士、ギルバートと申します。訳あって、暫くの間、こちらでお世話になることになりました。どうぞよろしくお願いいたします」