Case Of Isabel
「何故、ルディを……」
足許に息も絶え絶えの状態で倒れているルディの姿に絶句する。
私は、「死神」の来訪の報せをうけ、ルディの執務室を訪れていた。
そこで目にしたものは、既に倒れているルディの姿と髑髏の仮面をつけた騎士の姿。
「どうしてルディを? 罰を受けるのは、私だけで十分なはず。死神よ、私は逃げません。しかし、今ここで終わる訳にはいかないのです。どうかもう少し。あと少しだけ、私に時間をいただけませんか?」
死神に懇願する。
しかし、死神は冷酷に私に言い放つ。
「ならぬ。これは掟。掟を破った者には、相応の対価を支払って頂く」
やはり、私の願いなど聞いてはくれぬか。
死神が静かに、両方の腰に下げている剣を抜く。
右手にはショートソード。左手にはダガー。
西方の民族に伝わる変則二刀流が、「死神」の出自を物語る。
月明かりを浴びて、冷たく光る刃。
その刃でどれだけの人を殺めてきた?
私も、今宵、その一人となるのか?
無駄な抵抗と知りつつも、レイピアに手を掛ける。
「どうした? 顔色が優れぬぞ」
私の異変を死神が嗤う。
レイピアに手を掛けたが、緊張のあまり右腕が棒のようになり、レイピアを抜くことが出来ない。
死神は両手のだらりと下げたまま、無防備な姿勢で近づいてくる。
そのあまりにも無防備な姿に、レイピアに手を掛けたまま、後退することしか出来ない。
「隙がない……」
焦って飛び込めば、反対に凶刃に切り刻まれるだろう。
その恐怖に躰の自由が奪われる。
カシャーン。
踵がデスクの脚に当たり、デスクの上に飾られていた一輪挿しが、床に落ちて、割れる。
その一瞬の隙に、音もなく死神が迫る。
両手の剣から、鋭い剣戟が交互に私を襲う。
躱せないと判断した私は死神の懐に踏み込み、躰の脇から擦り抜ける。
「死神に裁きの鉄槌を!」
振り向きざまに裁きの鉄槌を死神に向けて放つ。
死神の頭上に現れる裁きの鉄槌。
しかし、死神は頭上の裁きの鉄槌を避ける素振りすらみせない。
ガシャーン。
「そんな馬鹿な……」
裁きの鉄槌が、死神の躰を擦り抜け、床に炸裂する。
床の大理石が大きく抉り取られる。
躱されたのか?
目の前で起きたことが理解できず狼狽する。
そんな私を嘲笑うように、死神は再び、両手を下げ、ゆっくりと間合いを詰める。
限界を超えた恐怖に、躰が弛緩する。
緊張で強ばっていた右腕が嘘のように軽く感じる。
自らの生命を守るという、原始的な衝動からレイピアを滅多矢鱈に振り廻す。
出鱈目な太刀筋が幾度となく死神を斬りつける。
しかし、その度に死神の姿は霧散する。
そして、斬りつけられる度に、一体、また一体と死神の数が増えてゆく。
「我は醒めることない悪夢。おまえが死ぬまで我の呪いに苛むだろう……」
死神の振るうダガーが私の躰を切りつける。
その傷は浅く、躰に一筋の赤い線が浮かびあがらせる。
簡単には死なせない、ということなのだろうか。
傷が増えるたびに、私の魂が発狂する。
もう、この責め苦を耐えることができない。
無駄だと分かっていても、レイピアを振るう右腕を止めることが出来ない。
カラーン。
不意にレイピアの剣先が、死神の仮面を弾き飛ばす。
「顔がない……」
顔があるべきはずのところは漆黒の闇があった。
なるほど、そういうことなのか。
私は一人、得心する。
全ては無意味な出来事。虚無なる心の憧憬。
私は、レイピアを振るうことを止めた。
「こっちのお嬢ちゃんは、理解が早いな」
背後を振り返ると恍惚をした表情を浮かべるオクスレイの顔があった。
胸元に手を忍び込ませ、不快な感触が、私を襲う。
「ふん。その程度か……」
その気色悪い感触を振り払うように、私は目覚めた。