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Case Of Rudy

「いつのまに……」


 気がつくと部屋はすっかりと暗くなっていた。

 どうやら、書状を手にしたまま眠ってしまっていたらしい。

 猛烈な空腹感に襲われるが、寝静まった城内で、これから食事というわけにもいかないだろう。

 空腹感を紛らすように、再び、アイヴィスから送られた書状に思いを巡らせる。


「死神」とは一体……

 

 ただの一言も説明もなく、ただ「伺います」と告げている。

「死神」とは敵なのか味方なのか。判然としない。

 真逆、これは警告なのか?

 短すぎるセンテンスの意図が正確に読み取れない。


 ふと、窓辺に目を向ける。

 不用心に開け放たれた窓から、夜の冷気が忍び込んでいた。

「おかしいな。窓は閉まっていたはずなんだけど」

 ベッドから下りて、窓のほうにむかう。

 風に吹かれているカーテンの形が、どことなく幽霊を彷彿とさせる。


 カチリ。

 開け放たれた窓を閉め、クレセントをゆっくりと廻し、施錠する。

 忍び込む冷気を遮断し、これでゆっくりと睡眠できると安堵した僕は、ベッドのほうに振り返る。

 すると、見知らぬ人影が一つ。ベッドサイドに立っていた。


「だれだ! そこにいるのは!」


 思わず声を荒げる。

 影の主は、僕の声にたじろぎもしない。

 黒衣の集団の暗殺者か?

 一つの可能性を思い浮かべる。

 愛刀のショートソード——アンネームドはベッドサイドに立てかけてある。

 アンネームドまでの距離は、謎の襲撃者のほうが近い。

 アンネームドに手を伸ばそうとしていることが、謎の襲撃者に露見すれば、僕が手にする前に謎の襲撃者に手にアンネームドは落ちてしまうだろう。

 謎の襲撃者に気取られぬよう、静かに間合いを詰める。

 じりじりと静かに。息を殺す。


 あと少しで手が届く。


 ふと、雲間から満月が姿をあらわす。

 そして、満月の光が思いも寄らない謎の襲撃者の正体を暗闇から浮かび上がらせた。


「ヴァンクリフ……」


 眼前にいる謎の襲撃者の正体に、僕は言葉が続かない。

 ヴァンクリフは黒衣の集団の長、ケインによって殺害されたはず。

 どうしてここに? 

 僕の疑問に答えるようにヴァンクリフが口を開く。


「どうした、ルディ。まるで亡霊でも見ているような目で儂をみて」

 年齢を感じさせない、浪々とした低い声。

 聞き間違えるはずがない。

 その声の持ち主は間違いなくヴァンクリフである。

 思わぬ再開で目頭が熱くなる。


「ヴァンクリフ様。ご無事だったのですね」

 もう、涙を堪えることが出来なかった。

 溢れる感情を表すように涙が瞳から零れる。

 ただ、会いたかった。

 センチュリオン襲撃の三日後、棺に収められたヴァンクリフの姿。

 ヴァンクリフを守ることが出来なかった自身の不明さを呪った日々。

 あれから一日たりとも忘れたことなどなかった。

 今まさに、亡き師匠と再会を果たせたことに全身で喜びを感じていた……


「嘘だ!」


 ベッドサイドのアンネームドに飛びつき、ヴァンクリフに向かって水平に剣戟を放つ。

 アンネームドは、虚しく何もない虚空を切り裂く。

 次の瞬間、ヴァンクリフは突如、背後に姿をあらわす。

「どうした? もう、師である儂の顔を、もう忘れたか?」

 ヴァンクリフが問いかける。

 振り返り、ヴァンクリフの顔を覗き見る。


 何もなかった。


 あるはずの場所に何もなかった。

 得体の知れない恐怖に吐き気を催す。

「どうした? 私の顔が見えないか? 私の顔が見えないか?」

 執拗に問いかける。


「嘘だ! お前は断じてヴァンクリフではない!」


 錯乱する心と歪む景色。

 もう、自分が真っ直ぐ立っているのかすら分からない。


 一旦、部屋を出なければ。

 出口の見えない現実を逃避するかのように、部屋の扉を目指す。

 すると、部屋の扉の前に見覚えのある人影が目に入る。


「イザベル……」


 イザベルの姿がそこにあった。

 僕の声を聞きつけ、駆けつけたのだろうか。

 しかし、ここは危険だ。

 襲撃者の正体が、本当にヴァンクリフであるならば、彼女の手に負える相手ではない。


「イザベル! ここは危険だ! 今すぐ逃げるんだ!」


 イザベルの身を案じ、愛するイザベルを想い、この場を立ち去るように命令する。

 しかし、彼女は僕の命令を無視し、悠然と部屋に入ってくる。


 一歩、一歩。

 まるでヴァンクリフに対し、全く警戒していないかのように近づくイザベル。

 次第に狭まる二人の距離。

 遂に、お互いの手を伸ばせば届く距離まで近づいていた。


「イザベルよ。久しく見ないうちに綺麗になったな」

 ヴァンクリフの優しい言葉に、イザベルが頬を赤らめる。

 イザベルは、真っ直ぐヴァンクリフを見つめかえし、

「ヴァンクリフ様。私がお慕いしているのはヴァンクリフ様、ただお一人です」

 誘うように瞳を閉じる。


 イザベルのふっくらとした唇を、ヴァンクリフの唇が貪りつく。

 二人は抱き合い、互いに激しく求め合う。


「な、なんでイザベルが……」

 目の前の光景に、さらに頭が混乱する。

 ヴァンクリフの顔を、月明かりが照らす。

 すると、そこにあったのは、さきほどまでの虚空でもなければ、ヴァンクリフの顔ではなく、イザベルの躰に満足したオクスレイの顔であった。

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