わたし、知っていました。でも、気づかないふりをしました
「幽鬼の一族……?」
「うむ。彼らは数千年前に、滅びてしまったが……」
ムーさまは、はっとしたような表情で――ただ、わたしがそう感じただけなのかもしれませんが――誤魔化すように咳払いをなさいました。
「そんなことより、仕事だ! 仕事!」
わたしの思考は、さきほどのムーさまの言葉にとらわれたままです。
あのときの鏡の中の少女の瞳が、妙に――そう、なにかを訴えかけるように、わたしをじっと見つめているような気がしました。
『なぜ、幽鬼の一族は滅びてしまったの?』
鏡の中の少女が、わたしに目で問いかけてきます。
でも、わたしはそれを知りたくないのです。鬼の少女は、くすくすと笑っています。冷酷そうな眼差しで周囲を見つめながら、その手には刃物を持って。
『誰が殺した? 乙葉、貴女は思い出さないといけないわ』
「嫌なんです。それは思い出したくない……」
頭が痛くて、わたしはその場に膝をつきました。
急に態度が豹変したわたしに、ムーさまが驚いているような雰囲気がつたわってきます。
でも、だめなんです。よく見えなくて……。
皆さんの声が遠い。
鬼の少女の声は、ひどくクリアに聞こえるのに。
『しかたのない子ね。誰が貴女を刺したのか、知っているくせに』
「わたしは、知りません。見えませんでしたから……っ」
『嘘ばっかり。卑怯者』
鬼の少女の紅い唇が、笑っていました。
この女性は、だれです……?
『……ねぇ、そんなに現実はおそろしい?』
どうして、わたしの心が読めるのですか?
ここには、あの鏡はないのに。どうしてわたしと会話を?
『私は貴女よ。まだ、わからない? 乙葉』
あの寒い雪の日。
わたしは、ただ走っていました。
家に帰ろうとして、ふりかえるとそこにいたのは真っ暗な顔のない人間で。
『違うでしょ?』
――いや、見たくないんです……。
違うんです。これは現実ではありません。
『貴女を刺したのは誰?』
わたしを殺したのは……。
べとべとさんでしたか?
いいえ、そうではありません。
わたしは……本当は、わかっていたのです。
でもわたしは、べとべとさんに罪をなすりつけました。
だって、わたしを殺したのは――。
「やめてください……っ、涼くん……!」
腹部から血を流しているわたしを見下ろしながら、恍惚とした表情で『涼くん』の形をしたものが、笑っていたのですから。