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花びらになった少女

作者: シェリー酒

 むかしむかし、あるところに人間の少年が暮らしていました。

 その少年には恋人の少女がいたのですが、彼女の体は白い紙でできていたので、身動きするたびにかさかさ、ぱりぱり、と音がします。

 少年はその音を聞くたびやさしい気持ちになれるのですが、少女はそのたび人間になりたいと思うのでした。


 さて、ある天気のよい冬の日、少年は外に出ると、お見送りをする少女に向っていいました。

「ぼくはこれからすこし遠いところへ行くけれど、ちゃんと待っていておくれ」

 だから少女はニコリと笑って答えました。

「ええ、わかったわ、でも早く帰ってきてちょうだいね」


 けれど少年は何日経っても戻ってきません。

「どうしたのかしら」

 少女は家の中をかさかさ、ぱりぱりと音を立てながら歩き回り、ため息をつきます。

 そして体が紙でできているのでちっとも寒くありませんが、少年がいつ帰ってきてもいいように、自分の体を燃やさないよう気をつけながら、暖炉に火を入れました。

 台所には、野菜をたくさん入れて作ったシチューと、野イチゴのパイがおいてありますが、少年がなかなか帰ってこないので、とうにだめになっていました。


 それからまた何日も経ちましたが、少年は戻ってきません。

 そこで少女はぽつりとつぶやきました。

「もしかしたら、わたしが嫌になったのかしら

 すると何日もひとりぼっちでいたせいか、それが本当のことのように思えてとても悲しくなるのでした。

「わたしが紙であるのがいけないのだわ。彼だって人間の女の子の方がいいに決まってるもの」

 少女はぱちぱち、と火がはぜる暖炉を見つめながら、このまま中へ飛びこんでしまおうかしらと思うのですが、それは大変勇気がいることだったので、ただじっと見ているだけでした。

 机の上に飾っている、少年のために摘んだきれいな花は、とうに枯れてしまっていました。


 その夜少女はお星さまに手紙を書きました。人間はお星さまにお願いごとをすると、何でもかなえてくれるとおばあさんがいっていたのを思い出したからです。

「お星さま、わたしは彼がなかなか帰ってこないのでとてもさみしく、不安で、待ちくたびれてしまいました。これから毎日すこしずつ、わたしは体をちぎりますから、全部なくなってしまう前にどうか彼を帰ってこさせてください」


 そうして少女は手紙に書いたとおり、まずつま先のてっぺんから小さく、小さく、ちぎりはじめると、なぜか大切なものがほんのすこしずつ失われていくような、ふしぎな気持ちになりました。


 それからすこしずつ、すこしずつ、足、腰、胸とちぎっていくと、人間ではないので痛みはないのですが、ますますひどくさみしい気持ちになってきて、青く描かれた目からはぽろぽろと涙がとまらず、頬の部分がしめって色が変わってしまいました。

「わたしが人間じゃないから、お星さまはかなえてくれないのかしら」

 そういい、すこし手をとめましたが、少女はそれでも早く少年に会いたかったので、またゆっくり、ゆっくりとちぎりはじめ、とうとう頭も目も耳もなくなりましたが、最後にていねいに腕と手をちぎってしまうと、銀色の指輪がカラリと落ちた以外には、あとにはただ紙くずが残るばかりでした。


 あくる日、ようやく帰ってきた少年がドアを叩きます。

「ずいぶん遅くなってしまった」

 しかしあのやさしい、かさかさ、ぱりぱりという音は聞こえません。

「ねているの? きみに似合う指輪の石をやっと見つけたんだ。起きておいでよ」

 少年はそういい部屋をあちこちさがしますが、暖炉の火はまだ暖かさを残しているのに、とうの少女はどこにも見あたりません。

 そこでふと机をみると、そこには白い紙の花びらがたくさん落ちているのでした。

 そばには少女が大切にしていた指輪も転がっています。


「ああ、遅くなってごめんね」

 机におかれた手紙を読むと、少年はいっぺんに全てを理解してしまいました。

 あのさみしがりやの少女はもう死んでしまったのだと。

 少年は美しい石をにぎりしめ、紙の花びらを見つめながら何日も何日も泣きつづけました。そうして喉がかれるまで声を上げ、目が真っ赤にはれるまで泣いてから、ふるえる腕で大切そうに、花びらになった少女を抱えて外に出ました。

 小さな庭はやわらかい雪でいっぱいになり、いつの間にか虫も小鳥もいなくなっていましたが、凍るような朝の空気の中、お日さまはやさしくふりそそいでいました。

「ずっといっしょにいよう」

 少年はつぶやき、いつか二人でいっしょに植えた小さな木の根元へ花びらを、美しい石そして指輪とともに、そっと埋めたのでした。


 それから何年も何十年も経ち、少年はとても長く生きましたが、とうとう結婚することはありませんでした。どんなにすてきな人間の女の子よりも、あのさみしがりやの紙の少女が好きだったからです。

 また、あの小さかった木はどんどん大きく立派になり、今では春になると、どの枝の先からもかわいらしい芽をふくらませて、星のような花を咲かせます。その花びらは、いつか見た少女のような、とてもやさしい白い色をしているのでした。

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