6 ご遠慮させていただきます
出発当日の朝、部屋で食事をとっていると、ロコッドが訪ねてきた。
「ミアーナ、おはよう。今日が出発日だよね? やっぱり初日から1人というのは変だし、1日くらいは一緒に行こうか」
「ご遠慮させていただきます」
「え?」
ミアーナの即答に、彼はあっけにとられた顔をして聞き返した。
(出発日当日に一緒に行くと言い出すなんて、ルイティー様と喧嘩でもしたのかしら。そうだったとしても、ロコッド様の都合に合わせたくないわ)
「ロコッド様は少しでもルイティー様と一緒にいたいのでしょう? 邪魔者のことはお気になさらず。私は私で、せっかくの旅行ですもの。存分に楽しませていただきます。あ、そうですわ。お土産は必要でしょうか?」
「お土産?」
この国の貴族にはお土産文化がないため、ロコッドは目を丸くして聞き返した。
「ええ。今、庶民の間では旅先で物を買って、それを人に贈るという文化が根付き始めているのだそうですよ」
「そ、そうか。楽しみにしているよ。あと、ルイティーにも買ってきてあげてほしい」
「承知いたしました」
ミアーナが頷くと、ロコッドは話を戻す。
「旅行の話だけど、兄たちが帰ってきたあとに二人でどこかに出かけようか」
「どうしてですか?」
怪訝そうな顔をされたロコッドは、予想外の反応に苦笑する。
「えっと、何か嫌なことでも言ったかな?」
「いいえ。お気持ちはありがたいですが、ロコッド様は旅行よりも公爵家のお仕事を手伝ったほうが良いかと思われます」
これ以上言っても無駄だと早々に諦め、ロコッドは頷く。
「わ、わかった。でも、本当に1人で大丈夫なのか?」
「今さら何を言っておられるのです? それに、メイドたちが一緒に行ってくれますから、1人ではありません」
ここまで露骨に拒否されると思っていなかったロコッドは、驚きつつも話題を変える。
「確認したいことがあるんだが」
「なんでしょうか」
「最近、使用人たちが僕に冷たい気がするんだ。理由を知らないか?」
(あら。そんなことに気づく余裕はあるのに、自分のメイドに対する酷い態度には気づかないのね)
ミアーナはそう考えてから尋ねる。
「たとえば、どんな時にそう思われたのですか?」
「食事の時間になっても呼びに来なくなったり、部屋の掃除をしてくれなかったりとか色々だよ」
「それは、ルイティー様とご一緒されている時でしたか?」
「そうだけど、何か問題があるのか?」
「いいえ。驚いているだけです」
「驚いている?」
ロコッドが訝しげな顔で聞き返すと、ミアーナは微笑む。
「ルイティー様と一緒にいる時は放っておいてくれと叫んでいるロコッド様を見ました。ですから、あなたの望み通り、声をかけないようにと私が指示を出したのです」
「なんだって? どうしてそんな勝手なことをするんだ⁉」
「勝手なことではありません。あなたが指示したことを実行させているだけです。2人きりの時は邪魔をしてはいけないのでしょう?」
「……わかったよ。認めたらいいんだろ! 言ったよ! 悪かった! 謝るから、食事は呼びに来るようにさせてくれ」
「承知いたしました。そのことを伝えてから出発いたしますわね」
「気をつけていきなよ」
ロコッドはそう言うと、部屋から出ていった。
それから1時間後、ミアーナは3人のメイドと十人の兵士と共に、7泊8日の旅行に出発した。
この頃には隣国との戦争は休戦状態になり、一般人が戦地近くまでたどり着けるようになっていた。
公爵家の家紋が刻まれた豪奢な馬車が動き出してすぐ、ミアーナは向かいに座るメイドたちに宣言する。
「さあ、今回の旅行で義理のお父様とお兄様に、しっかりご挨拶しにいくわよ!」
「「「えっ?」」」
ミアーナの発言を聞いたメイドたちは、声を揃えて驚きの声を上げた。
「ミアーナ様、それはどういうことなのですか?」
目を丸くして確認してくるメイドたちに、ミアーナは微笑んで答える。
「旅程表を見たら、お義父様たちがいらっしゃる辺境伯領に近い場所に行くことになっていたの。今は戦況も落ち着いているみたいだし、ご迷惑にならないか確認してから挨拶しに行こうと思ったのよ」
「で、ですが、大丈夫なのですか? ロコッド様たちには何も言わないと約束したのですよね?」
「そうよ。でも、ロコッド様とルイティー様の二人には何も言わない、であって、他の人と話をすることに制限はないわ。ただ、いきなり押しかけるのは失礼だから、なんとかして連絡を取りたいわね」
「では、最初の目的地に着き次第、当主様に手紙を送ってみます!」
メイドの一人が目を輝かせて言った。
「ありがとう。助かるわ。ところで、公爵閣下の社交界での噂を聞いたことはあるけれど、私自身はお話したことがないから教えてほしいんだけど、公爵閣下はどんな人なのかしら。あなたたちの様子を見ると、話の通じない人ではなさそうね」
「はい。当主様もマーベリック様も口数は少ない方ですが、ミアーナ様のように優しい方です」
「私は優しくなんかないわ。自分の好きなように生きているだけだもの」
「でも、ミアーナ様はわたくしたちを助けようとしてくださっています」
メイドたちに見つめられ、ミアーナは少しだけ照れて微笑む。
「どうせなら、あなたたちにも気分良く仕事をしてほしいだけ。そう思うことも結局は私のためでしょう? 優しいのではなくて自分勝手なのよ。とにかく、この旅行は色々な意味で存分に楽しませてもらうからよろしくね」
「「「はい! 精一杯お世話させていただきます!」」」
ミアーナの宣言を聞いたメイドたちは、当主不在でおかしくなってしまった公爵家の邸内が正常に戻るかもしれないと、期待に胸を膨らませた。




