4 放っておいてあげましょう
次の日から、ロコッドとルイティーは屋敷内では恋人同士のように過ごし始めた。
使用人たちからの冷たい視線など気にもせず、所構わずいちゃつくようになった。本来ならば、二人を叱責すべきはずのヨーカも、二人を止めるどころか温かく見守っているという状況だった。少しでも苦言を呈するとロコッドが怒り出すので、使用人たちは彼らに近づくことも嫌がり始めた。
契約書を作成し終え、ロコッドの部屋の近くまでやってきたミアーナは、がちゃんという何かが割れる音が聞こえて、その場で立ち止まった。
「干渉するなと言っただろう!」
「で、ですが、いつものルーティーンで」
ロコッドの部屋から追い出されたのか、若いメイドが飛び出すように出てきたかと思うと、ロコッドに向かって訴えた。
「部屋の掃除なんていつでもいい! 僕たちの愛を邪魔するな! 用事があれば連絡するから僕たちのことは放っておいてくれ!」
「申し訳ございませんでした」
メイドが頭を下げると、内開きの扉が勢いよく閉まった。廊下で立ち尽くし、肩を落としているメイドにミアーナは話しかける。
「どうかしたの?」
ミアーナの存在に気がついたメイドは、エプロンで涙を拭いて答える。
「ティータイムの時間になりましたので、お茶とお菓子を用意してお持ちしたのですが、二人の時間を邪魔してしまったと怒られてしまったのです」
「いつも、ティータイムには呼ばれなくてもお茶やお菓子を持っていくように言われていたの?」
「はい。頼まれていないからとお出ししなければ、ルイティー様からお叱りを受けていたのです」
「そうだったの。それならあなたは悪くないわ」
「いえ。私が気を利かせるべきだったのです」
ミアーナは同情して、落ち込んでいるメイドを慰める。
「そんなことはないわ。あなたは自分の仕事をしただけ。それなのに何も知らないロコッド様のせいで嫌な思いをしてしまったわね」
「いえ、もっと気を遣うべきでした」
「そうよね。あなたはそうとしか言えないわよね。なら、私が言わせてもらうわ」
彼らが好き勝手やり始めたので、まだ屋敷に来て二日目だが、早速、ミアーナも動くことにした。
「ロコッド様たちは放っておいてほしいみたいだし、二人が仕事もせずに戯れているだけの場合は、あなたたちは何もしなくていいわ」
「そ、それはどういうことでしょう」
怒鳴られたメイドだけでなく、ミアーナをロコッドの部屋まで連れてきてくれたメイドも、不思議そうな顔をしてミアーナを見つめた。
「ロコッド様とルイティー様は二人きりになりたいのよ? お邪魔したら怒られるのでしょう? それならひたすら放置しておけばいいの。何か指示されない限り、部屋の掃除はしなくていいし、食事は頼まれてから持って行くようにすればいいわ。それで怒られることがあるなら、私に指示されたと言ってちょうだい」
「あ、あの、お二人の邪魔をしなくても良いのですか?」
驚いた顔をするメイドたちに、ミアーナは微笑んで答える。
「ええ。誤解しないでほしいんだけど、浮気を認めているわけではないの。ただ、二人共言っても聞かないでしょう? 話の通じない相手と関わって嫌な思いをする時間が損だと思ってしまうのよ」
「で、ですが……」
「私に気を遣ってくれているのなら、気持ちはとてもありがたいと思うわ。だけど、あなたたちが言っても放っておけと言われるのでしょう? なら、命令通り、放っておいてあげましょう。あ、仕事や対外的なことは別よ。もし、来客があった時に、ロコッド様がルイティー様を優先する場合は私に教えてちょうだい」
「承知いたしました」
「他のメイドや使用人にも、今言ったことを伝えてちょうだい。このことでロコッド様たちから何か言われたり、不明点があるなら私の所に来るように伝えて」
「あ、ありがとうございます!」
涙目になっていたメイドは表情を明るくして頷き、サービングカートを押して厨房に戻っていく。
「さあ、私も用事を済ませましょうか」
ノックをしたあと怒鳴られたら、どう反応しようかとシミュレーションしたあと、ミアーナはロコッドの部屋の前に立った。メイドが緊張した面持ちで、扉をノックすると、部屋の中からロコッドの怒声が聞こえてきた。
「まだいるのか! しつこいぞ! クビにされたいのか⁉」
「ロコッド様、クビにするということは、離婚を望まれているということでよろしいでしょうか」
「も、もしかしてミアーナか⁉」
「そうです。署名をお願いしたい書類を持ってまいりました。受け取っていただけましたら、部屋に戻らせてもらいます」
部屋の中から慌ただしい足音が聞こえてきた。そして、勢いよく扉が開き、ガウン姿のロコッドが現れた。
「お休みのところ申し訳ございません。昨日申し上げておりました書類を作成いたしましたので、ご確認をお願いいたします」
ミアーナは事務的な口調でそう述べたあと、ロコッドの胸に書類を押し付けた。
「確認して署名する」
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
ミアーナは笑顔で頷き、深々と一礼して踵を返した。
自分で望んでおきながらも、ミアーナの態度が予想と違い過ぎて、ロコッドは困惑した様子でミアーナの姿を見送った。




