33 お話をしてみます
現在、ルイティーは王城の自室で暮らしている。王城に戻ったのは良かったが、国王である父の命令で軟禁生活を送っていた。
「ああ、本当に退屈だわ。こんなことになるのなら、ロコッドと不倫なんてするんじゃなかった」
ルイティーは天蓋付きのベッドに寝転んで、大きなため息を吐いた。
ウォークインクローゼットには数えきれないほどのドレスが収められている。
嫁に行ってからもそのままにされていた自室は、やはり落ち着くものだが、閉じ込められる生活は彼女の望んでいるものではない。
自分はロコッドに誘惑されて断れなかったから浮気をしているふりをしたと訴えており、自分は悪くないと言っている。そのため、彼女自身で自分が何をしたか自覚し、反省するような罰を与えなければならないとも考えられていた。罰が決まるまでの仮の状況であり、現在、彼女をどうするかは話し合っている最中だった。
王女が浮気をするなどありえないことであり、娘をこんな風に育ててしまったという、両陛下の自分自身への怒りと後悔はかなりのものだ。これ以上、王家の恥をさらすわけにはいかないことや、悪い人間に誘拐されても困るためルイティーを王城に戻したが、罰を与えて改心するまでは彼女を自由にする気はなかった。
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数日経つと、王太子がミアーナに紹介した人物――バンハ・スココ男爵のこともわかってきた。マーベリックやミアーナの父が調査した結果、スココ男爵は、表向きは人格者と言われている人物だった。それなのになぜ婚約者が見つからなかったのか。それは、容姿が一般的な貴族女性の好みではないからという理由らしい。
そして、なぜ王太子がスココ男爵をミアーナに紹介したのかというと、両陛下がルイティーの新しい結婚相手に考えており、それを阻止するためだとわかった。マーベリックからその事実を知らされたミアーナは、眉根を寄せる。
「両陛下はルイティー様に罰を与えようとしているのですよね? スココ男爵と結婚させることが罰になるのですか?」
「そのようだ。王太子殿下がスココ男爵を君に紹介しようとしているのは、ルイティーが彼のことを嫌がっているからだろう」
「私を婚約者にして、ルイティー様が彼のもとに嫁ぐことができないようにしようとしているのですね」
王太子がミアーナに結婚相手を紹介した表向きの理由は、妹が迷惑をかけたお詫びだが、真相はミアーナたちが予想したものである。
「どうするつもりだ?」
「容姿だけなら、どうこう言うつもりはありません。とりあえず、どんな方かお会いしてきます」
心配そうなマーベリックに微笑み、ミアーナは問題の相手であるスココ男爵に連絡を取ることにした。
それから数日後の初顔合わせの日、バンハ・スココ男爵はミアーナを見て目を輝かせた。
「あなたのような女性が妻になってくれたら、ボクは幸せになれる気がします」
(それは何を根拠にそう思うのでしょうか。なんて言ったら失礼よね)
「ありがとうございます。スココ男爵にお会いできて光栄ですわ」
「さあ、どうぞ中へ」
スココ男爵邸は三階建ての白い壁に赤い屋根の可愛らしい洋館で、主であるスココ男爵は小太りの中年男性だった。服にもこだわりがあるのか、彼が身につけているものはすべて白で、くせのある黒髪と黄色の瞳と赤い唇が際立っている。
「普段のボクは兄の家で仕事をしていますが、男爵家の仕事も兄の家でやっています。ですから、ボクと結婚しても、ミアーナさんが男爵家の仕事はする必要はありません。今の仕事を続けたいなら続けてくださいね」
温和そうな顔立ちのバンハは癒し系といったタイプで、今のところ笑顔を絶やさない。
(仕事を続けられるのはありがたいわね。だけど、それなら結婚する必要はあるのかしら。考えられるとしたら跡継ぎ問題になるけど……)
ミアーナがどう探ろうか考えた時、バンハが続けた。
「そのかわり、お願いしたいことがあるんです」
「何でしょうか」
「普通の夫婦になれないと思ってほしいんです」
「……それはなぜでしょうか」
ミアーナが笑顔を作って尋ねると、バンハは何度か言いよどんだあと、笑みを消して答える。
「ボクは義理の姉を愛しているんです」
「そうですか」
(まさか、同じ言葉を違う人から聞くことになるとは……)
思わずため息を吐いたミアーナを見たバンハは、がっかりした様子で眉尻を下げる。
「駄目ですかね? あなたなら許してくれると王太子殿下から聞いていたんですが」
「愛しているだけならかまわないと思います。あなたは義理の姉に対して、何かアプローチをしていたりするのですか?」
「い、いや、それはないよ」
バンハが目を逸らしたことが気になったミアーナは、すぐに答えを出すことはやめた。
「少し、考えさせていただけませんか?」
「……わかりました。そのかわり、今の話は誰にも言わないでくれませんか」
「あなたが義姉を愛しているということは言いません。あなたはこのことを隠しておられるようですが、どうして王太子殿下は知っておられるのです?」
「わかりません。もしかしたら、気づかないうちに義姉を見つめていたりするのかもしれません」
バンハはこう言ったが、ミアーナがバンハの義姉に接触した結果、衝撃的な話を聞かされることになるのだった。
バンハとの話し合いを終え、ミュークド公爵家に戻ってしばらくすると、マーベリックが部屋に訪ねてきた。
気遣ってくれているのだとわかり、バンハから話すなと言われたことや、個人的に話さないほうが良いかと思ったこと以外は話をすることにした。
部屋に招き入れ、ソファに向かい合って座ると、メイドがお茶を淹れに来てくれた。
温かなお茶を飲み、気持ちを落ち着けたところで、ミアーナは話し始める。
「スココ男爵ですが、とても良さそうな人に見える反面、怪しい気もしました」
「怪しい?」
「はい。両陛下がルイティー様を彼の元に嫁がせようとしていたという話を聞いていたので、どこか悪いところがあるのではないかという先入観があったせいかもしれませんが……」
ミアーナは頬に手を当ててため息を吐いた。
「両陛下がルイティーへの罰としてスココ男爵の元に嫁がせようとした理由を、父上が確認したんだが話してもいいか?」
「もちろんです。どのような理由なのでしょうか」
「予想通り、彼は義理の姉を愛しているらしい」
(……隠せているみたいに言っていたけど、バレているじゃないの)
ミアーナは呆れを表情に出さないようにして尋ねる。
「どうしてそのことがわかったのでしょうか。まさか、本人が公言しているわけではありませんよね?」
「ロコッドとルイティーの話が社交界に知れ渡った時に、スココ男爵の兄が話をしていたそうだ」
マーベリックがラゲクから聞いた話では、バンハの兄は親しい友人と呑んだ時に、こう話していた。
『弟の妻を見る目がいやらしい気がする。気のせいかと思っていたが、義理の姉を奪おうとする弟がいてもおかしくないのだと思うと、うちも気をつけなければならないな』
本人にとっては軽い世間話のつもりだったが『義理の姉を愛している弟』を探していた王家にとっては、バンハはちょうどいい人物だった。
「あまり意味がない気がするが、ルイティーに君と同じ気持ちを味わわせたかったようで、両陛下は義理の姉を愛している弟を探していたようだ」
「そうなのですね。マーベリック様のおっしゃる通り、ルイティー様に人の立場に立って考えるという頭があるとは思えませんが、やってみなければわかりませんものね。それに、スココ男爵はルイティー様の好みとは正反対のようですし、精神的苦痛にもなるでしょう」
「そこまで言ってはいないが、まあ、そんな感じだろう。彼女に改心が見られない場合は、また新たな罰が追加されるだろう」
苦笑するマーベリックに、ミアーナは微笑む。
「私の再婚相手になるかもしれない人の話ですもの。何事も自分の目と耳で確認すべきですよね。まずは、イガム子爵夫人にお会いしてみようと思います」
「どうするつもりだ?」
「正直にお話をしてみます」
満面の笑みを浮かべるミアーナに、マーベリックは何か言おうとして口を開いた。しかし、何を言っても無駄と感じたのか、口を閉じて頷いた。




