29 ありがたいお言葉ですわ!
サインをもらった書類を革のアタッシュケースにしまい込むと、ラゲクはミアーナに話しかける。
「よし。ミアーナ、ロコッドを助けるがかまわないな?」
「承知いたしました。ですが、私が出ていってからでお願いできますか?」
「出ていくというのは?」
マーベリックに尋ねられ、ミアーナは苦笑する。
「まずは役所に離婚届けを出してこようと思っています。妨害されたくないので、もう少しあのままでいてほしいのです。かといって、あまりお待たせしてはいけませんし急ぎますわね」
「そういうことか。なら、父上、俺も行ってきます」
マーベリックが言うと、ラゲクが不思議そうな顔で尋ねる。
「そういえば、ルイティーはどうした?」
「彼女なら……」
マーベリックがミアーナを横目で見たので、ラゲクも彼女を見つめた。ミアーナは二人の視線を受け、にっこり微笑んで答える。
「ルイティー様がロコッド様をとても気にされていましたので、マーベリック様にお願いしましたの」
「……何をだ?」
眉をひそめたラゲクにミアーナは微笑む。
「ルイティー様も一緒に日光浴をしていただくことにしたんです」
「……日光浴?」
そういえば、ロコッドのことも日光浴と言っていたなと思い出したラゲクは、マーベリックを見た。
「俺が許可しました」
「それならいい」
ミアーナにロコッドを好きにする権利は与えたが、ルイティーが相手だと話は別だ。ミアーナだけの判断で元王女に罰を与えることはできない。だが、マーベリックならまだ夫のため、国王が話を聞いても、かろうじて許されるだろうとラゲクは思った。
困惑しているヨーカに、ミアーナが話しかける。
「ヨーカ様、ロコッド様との離婚が決まりましたので、本日で私はここを出ていきます。短い間でしたが、大変お世話になりました」
「それならさっさと出ていきなさい! だけど、これで終わりじゃないわよ! 私のロコッドをあんな目にあわせたことを後悔させてやるわ!」
「出ていくのはお前もだぞ」
ラゲクに冷たい声で言われたヨーカは眉根を寄せる。
「離婚したからと言ってすぐに追い出すおつもりですか?」
「そのつもりだ」
「私はロコッドの母です。息子がこの家に住んでいるのですから、しばらくの間は滞在させていただきます」
ヨーカはロコッドがラゲクの息子になっているものだと信じている。たとえ離婚したとしても、ロコッドが頼めば何とかなるだろうと思い込んでいた。しかし、そんなヨーカの考えなど、ラゲクにはお見通しだった。
「言っておくが、ロコッドも追い出すぞ」
「な、何をおっしゃっているのです? 旦那様、浮気は良くないことです。ですが、本人も反省していますし、ロコッドはあなたの正式な息子ではないですか。追い出すなんてやり過ぎではありませんか?」
ここで真実を伝えるべきか、ラゲクは迷った。すると、ミアーナが話を遮る。
「とにかく役所に行きませんか。ロコッド様をどうするかはあとから決めてもいいでしょう」
(まだ言うのは早いわ。ラゲク様の離婚を確実なものにしてからのほうが、より楽しくなりそうだもの)
「そうだな。先に済ませるものは済ませてしまおう」
「そ、そんなに急いで行かなくてもいいでしょう?」
ヨーカがラゲクを止めている間に、マーベリックがミアーナに小声で話しかける。
「ミアーナ、先程、仕事を紹介するという話をしていただろう?」
「ああ、そうでしたわね! どんなお仕事でしょうか」
仕事を紹介してもらえるという話を思い出し、ミアーナは期待に満ちた目でマーベリックを見つめる。
「父の側近が今日でみんな辞めてしまった。新しい人を探すつもりだが、すぐには無理だ。だから、一緒に父の仕事を手伝ってくれないか」
「まあ! ラゲク様の側近のお仕事を臨時でさせていただけるのですか?」
「君が望むなら臨時でなくてもいい」
「……住み込みは可能でしょうか?」
ミアーナの実家から、ミュークド公爵家に通うのは辛い。そう思って尋ねると、マーベリックは頷く。
「今まで使っていた部屋を使ったらいい」
「よろしいんですか?」
「使用人たちの希望でもあるんだ」
短い間ではあったが、ロコッドとルイティーのおかげで、使用人たちのミアーナへの信頼は厚くなっていた。そのため、離婚してミアーナがいなくなってしまうのは寂しいと思われていた。
「ありがたいお言葉ですわ!」
(ロコッド様もルイティー様もヨーカ様もいないのなら、私にとってミュークド公爵家は居心地が良い家だもの。しかも、お給金も貰えるなんて!)
「ミアーナが被害者だということは、社交界にすぐに広まるだろう。新婚旅行の件もあったから、君が悪く言われることはないはずだ。君の雇用については、父の希望でもあるし、そのことも世間には伝える」
「お気遣いいただきありがとうございます」
ミアーナは礼を言うと、早速、役所に向かう準備をしようとしたが、ヨーカたちが揉めていることに気がついて足を止めた。
「さっきの離婚についての書類を返してください!」
ヨーカが必死の形相で、ラゲクに訴えている。当たり前のことだが返してもらえるはずがなかった。
「ロコッドを助けてほしいんだろう?」
「そ、それはそうですが、離婚しないと助けてもらえないというのはおかしいではないですか!」
ヨーカの発言は間違ってはいない。だが、それはもっと早くに気づくべきだった。
「もう遅い」
ラゲクにばっさりと話を打ち切られたヨーカは怒って暴れ出そうとしたが、すぐに兵士に取り押さえられた。
その後、同じ所に行くのだからと、ミアーナ、マーベリック、ラゲクの三人で一緒に役所に向かうことになった。




