28 日光浴でもしていただこうかと思っています
※ラゲク視点になります。
少し時は遡り、ミアーナはマーベリックの元に向かう前に、ラゲクの所に立ち寄っていた。
「お話し中に申し訳ございません。お義父様に娘としての最後のお願いがあってやってまいりました」
「どうした?」
頼まれたわけでもないのだが、ヨーカに聞かせないほうが良いと察したラゲクは、執務室の外に出た。廊下には満面の笑みを浮かべたミアーナとさるぐつわを噛まされた状態で兵士に羽交い締めにされているロコッドがいた。
(な、なんなんだ、この状況は)
「んー、んー!」
ロコッドは涙目でラゲクに何か言おうと訴えているが、どうせロコッドが余計なことをしたのだろうと、ラゲクは気づかないふりをしてミアーナに話しかける。
「どうかしたのか」
「ロコッド様には離婚をするための書類にサインをいただきました。役所に提出をしに行こうと思ったのですが、ロコッド様が邪魔をしようとするのです。というわけで少しの間、多少乱暴な手段で拘束させていただいてもよろしいでしょうか」
「かまわないが、どうするつもりだ? 部屋に監禁でもするのか?」
「いいえ。私が外出しようとすると、自分も外に出たいとおっしゃるので庭で日光浴でもしていただこうかと思っています」
「日光浴だと?」
「はい」
満面の笑みを浮かべて頷くミアーナを、ラゲクはまじまじと見つめる。しかし、ミアーナが何をしようとしているのかさっぱりわからなかった。
「……何を考えているのかわからんが、危険な真似はしないでくれ」
「もちろんですわ! 本人は身動きが取れませんが、もし、毒虫などが這ってこようとしましたら、さすがに兵士に妨害してもらいますのでご心配なく」
笑みを絶やさずに答えたミアーナを見つめて、ラゲクはしばし考える。
(彼女の評判は優しくて面倒見が良いというものばかりだったが、中には変わっている。自分に害を及ぼす人間には容赦がないと言う人間もいた。どちらも間違っていないということだろうな)
「わかった。この家の主として一定時間だけロコッドへの対応を自由にできる権限を君に与えよう」
「ありがとうございます! お義父様が心配なさらないように見える所でロコッド様を拘束させていただきますわね。また改めてご挨拶にまいりますので、この場は失礼いたします」
ミアーナは深々と頭を下げると、ロコッドを兵士に抱えさせ歩き去っていく。
(誰が当主だかわからないな)
多くのメイドや兵士がミアーナに付いていく姿を見つめ、ラゲクは自嘲したあと、ヨーカとの話し合いを再開するために執務室内に戻った。ヨーカはマーベリックへの殺意を認めず、離婚などしたくないと訴えて話が長引いていた時だった。
「や、やめろ、放してくれ!」
外からロコッドの叫ぶ声が聞こえ、ヨーカは会話を中断して窓際に駆け寄った。そして、すぐに「いやああっ!」と甲高い悲鳴を上げた。
その悲鳴に驚いたラゲクは、慌てて窓に駆け寄る。すると、ロープでぐるぐる巻きにされたロコッドが、近くの大木の太い枝に吊り下げられているのが見えた。
「いやあああ、ロコッド! ロコッド!」
(まるでヨーカに人質として見せつけているようだな)
窓を開け、取り乱して叫ぶヨーカの横でラゲクはそう思ったあと、ロコッドを見張っている兵士の一人に尋ねる。
「ミアーナの姿が見えないが、もう外出したのか?」
「いいえ。マーベリック様の所に行ってから、また当主様の所へ戻るとおっしゃっていました」
「そうか」
その話を聞いたラゲクは、ミアーナが来るまでに片を付けることにした。
「旦那様! お願いします! ロコッドを助けてください!」
「落ち着け」
「落ち着いてなんていられますか!」
ヨーカは必死にラゲクに訴える。
「ロコッドにこんなことをしたのはミアーナさんでしょう⁉ やり過ぎです! あなたから叱るべきです!」
「やり過ぎかどうかはわからん。彼女はロコッドとルイティーの浮気について、それほど怒っていたのかもしれないからな」
浮気をされたことで、相手に殺意を覚える人間もいる。ミアーナがそこまで怒っていたとは思えないが、人の心はわからない。今のところ、ロコッドに命の危険があるわけでもないので、ラゲクはロコッドを使わせてもらうことにした。
「そんな! 旦那様はこんな酷い行為を許すと言うのですか」
「ミアーナに許可をしたのは私だ。結果的に許したことになるのだろうな」
「なんてことを!」
ヒステリックになって泣きわめいたヨーカだったが、ラゲクへの説得を諦めて兵士に訴える。
「あなたたちは酷いと思わないの⁉ お願いだから降ろしてあげて!」
「「申し訳ございません。命令ですので」」
今はまだ、ヨーカは彼らの主の妻だし、ぶら下げられているロコッドも主の息子である。そのためこう言うしかなかったが、兵士たちはこの行為について、大して悪いとは思っておらず、自業自得だろうと思っていた。
ラゲクはため息を吐いてヨーカに尋ねる。
「ロコッドが可哀想だと思うか?」
「は……、はい! 当たり前でしょう!」
自分に助けを求めてくるロコッドを見て、ヨーカは涙を流しながら頷いた。
「母上ぇ! 助けてください!」
ロコッドの声がうるさいので、ラゲクは窓を閉める。
「私ならロコッドを助けられる。今すぐに助けてほしいか?」
「もちろんです! あなたにとってもロコッドは可愛い息子ではないのですか⁉」
ヨーカに尋ねられたラゲクは、大きな息を吐いて答える。
「ロコッドが幼い頃はそう思っていたが、彼は私のことを父親と思っているわけではなく、ルイティーと結婚するための道具だと思っていたようだから愛情も薄れる」
「そ……、そんなことはありません! ロコッドは本当にあなたを父親だと思って」
「その話はもういい。再度確認するが、お前はロコッドを助けたいんだな?」
ヨーカは警戒しながらも首を縦に振る。
「ええ。今すぐにでも助けてあげてほしいです」
「では、私との離婚を認め、ロコッドと共に家を出ていくと言うのなら、私の権限でロコッドを助けてやる」
「……断ったらどうなるのです?」
「ミアーナの気が済むまであの状態だろうな。彼女はロコッドと離婚したあとは
ここを出ていくだろう。もしかしたらこのまま放置していくかもしれない」
「なんてことを! ロコッドはあなたと血は繋がっていませんが息子であることに変わりはないでしょう⁉ 出ていかないならこのまま放置だなんて、父親が息子にすることではありません!」
ヨーカの言いたいことは、ラゲクにも理解はできた。
(放置してもいい理由にはならないが、とりあえず話すか)
養子縁組をしていないことを話そうかと思った時、扉がノックされた。話を中断して、ラゲクが返事をすると扉が開き、ミアーナとマーベリックが入ってきた。
「お話は終わりましたか?」
「何を呑気に笑っているのよ! ロコッドにあんな酷いことをするなんて許さない!」
尋ねたミアーナにヨーカが叫んだ。
「ロコッド様が私にしてきたことを考えれば可愛いものでしょう? ラゲク様、長引いているようですし、私から色々とお話ししましょうか?」
「いや、大丈夫だ。それと話す前に離婚を成立させたい。ヨーカ、ロコッドを助けたいんだな?」
「当たり前でしょう!」
「なら、わたしと離婚しろ。離婚の書類にサインすればロコッドを助けてやる」
「そんな……!」
公爵夫人としての地位を守りたいヨーカだったが、息子も可愛い。
(とりあえずサインをしてロコッドを助けさせたあと、やっぱり気が変わったと言って、書類を破けばいいんだわ)
ヨーカはそんな浅はかなことを考え、用意された離婚協議書にサインをしたのだった。




