27 ただのバカですわよね?
マーベリックにとって、ロコッドの姿は戦地で見たような痛々しいものではない。しかも、元気そうにしているため、命の危険はなさそうだと判断し、呆れた顔をしてミアーナのほうに振り返る。
「あれは何だ?」
「ロコッド様です」
「いや、さすがにそれは俺もわかる」
「離婚したくないとあまりにも縋りついてくるものですから、離婚の書類にサインをしていただいたあと、役所への提出を終えるまで大人しくしてもらおうと思って、ラゲク様の許可を取ってあの姿にしました」
「母上! どうして助けてくれないんですか! 母上ぇ!」
唯一の味方である母親に助けを求めるロコッドの情けない声が、マーベリックの耳に届く。
「まだ可愛らしい罰だな」
「ええ。私からはこれくらいにしておいてあげるつもりですわ。今後、どうなるかはラゲク様次第でしょう」
「そうだな。父上が離婚したら、ロコッドはミュークド公爵家とはまったく関係のない人間になるからな」
ミアーナは呑気に話しているように見せかけて、ルイティーがどう動くか視線の端で追っていた。
ルイティーのことだから、窓の外が気になって確認しようとするだろう。彼女がそう考えた時、ルイティーがペン先を首につけながらも、窓に近づこうと歩き出した。
「なんなの? ロコッドの声が聞こえたような気がするけど、一体何が起こっているの?」
ミアーナはそんなルイティーを見たあと、マーベリックに視線を動かす。彼もミアーナと同じことを考えていたようで、静かにルイティーの様子を見つめていた。
(ロコッド様のあの様子を見れば、ルイティー様の気は、たとえ一瞬であってもペンを持つ手から離れるはずだわ)
「な、何よあれ!」
ミアーナの思った通り、ルイティーの意識は、ぶら下げられ、兵士の手によって揺らされている彼に集中した。その隙に、マーベリックが彼女に近づき、ペンを持つ手を掴むと、彼女の首から遠ざけた。
「あっ!」
強く手を掴まれたせいで、ルイティーの手からペンが離れて床に落ちた。ミアーナはそれを素早く拾い上げると、笑顔でルイティーに話しかける。
「ルイティー様、ペンは人の体を傷つけるために作られたのではありませんわ。よろしければ、正しい使い方をお教えしましょうか」
「そ、そんなことはわかっているわよ! 返して!」
「ここで、はいわかりましたとペンを返したら、ただのバカですわよね?」
「……っ! 言っておくけど、ペンを私に返してくれなかったら、離婚に関する書類のサインもできないわよ!」
勝ち誇った笑みを浮かべるルイティーに、ミアーナは確認する。
「離婚の書類にサインするおつもりはあるのですか?」
「ええ。そうよ」
この時のルイティーには、間違って自分を刺した場合に死なないと思える凶器は、ペンくらいしか思い浮かばなかった。
「……ペンを渡せば、サインをしてくれるんだな?」
「持たせてくれるならね」
ルイティーは離婚する気などサラサラない。ペンを返してもらったら、先程と同じようにするつもりだった。
「わかった。少し準備をするから待ってくれ」
マーベリックがメイドやフットマンに指示をしている間、ミアーナがルイティーを見張っていた。
数分後、メイドが板と包帯を持ってくると、数人で抵抗するルイティーを押さえつけた。そして、他のメイドが彼女の腕に板を添えて、包帯でぐるぐる巻きにした。
「ちょっと! どうしてこんなことをするのよ⁉」
肘が曲げられなくなったルイティーが文句を言うと、マーベリックは彼女の手にペンを握らせる。
「サインをしてくれるんだよな?」
「い、嫌よ!」
マーベリックに尋ねられたルイティーは否定したが、聞き入れてはもらえない。
必死に抵抗したが、最終的にはペンを握った状態で固定されてしまったルイティーは、ロコッドと同じように、泣く泣くサインをすることになった。




