2 お気遣いなく
眉尻を下げるルイティーの肩を抱き、ロコッドはミアーナを責める。
「不倫は良くないとわかっているから頼んでいるんだ。それなのにその態度はなんなんだよ」
「私とロコッド様の白い結婚については問題ございません。ですが、不倫を認めろということとは話は別です。不倫は許される行為ではありません。協力などできるわけがないでしょう」
ロコッドはわざとらしく肩をすくめた。
「ルイティーは結婚してすぐに兄と離れ離れにされて放置されているんだ。可哀想だと思わないのか?」
「ロコッド様もやり方は違いますが、同じようなことをしようとされていますけど、そのことについてはどう思われますか」
すかさず言い返され、ロコッドは気圧されて聞き返す。
「ど、どういうことだよ」
「私はあなたの妻なのです。あなたがルイティー様を愛してしまったことは仕方のないことだとしても、ルイティー様が可哀想だから、私が一人ぼっちになってもいいという理由にはなりません。あなたはルイティー様のように私に浮気しろとおっしゃるのですか?」
ミアーナは自分たちがしていることが、マーベリックの立場がロコッドに、ミアーナの立場がルイティーに当てはまるのではないかと問いかけているのだ。
見た目は可愛らしく大人しそうなミアーナの口から、こんな言葉が返ってくると思っていなかったのか、ロコッドとルイティーは困惑した様子で顔を見合わせた。
社交界でのミアーナ・ファトミマは『優しい』ことで有名だった。
普通の人なら怒って当たり前のことでも、ミアーナは苦笑しつつも許し、相手を責めることはしなかった。
たとえば人の浮気話をされても、頭ごなしに叱るのではなく、話を聞くだけ聞いて、それはいけないことだと諭していた。
ロコッドがミアーナに目をつけたのは、この話を聞いたからだ。優しい彼女なら、事情を話せば浮気を許し、自分の望みを叶えてくれると思い込んだ。
彼は知らなかった。ミアーナの優しさは、相手のやった行為が故意ではないことや犯罪ではないこと、人道を外れていないことなどが前提であることを。
たとえ道を踏み外していても、反省していたり、更生しようと考えている人しか、ミアーナは相手にしない。
今回のロコッドとルイティーの件は、ミアーナが相手にする条件には当てはまらなかった。
ミアーナにしてみれば、話を聞くことと、自分が当事者になることは違う。自分が手伝うことになった場合、ミアーナ自身は大してダメージはないが、自分が誰かを傷つけてしまうことになる。それは彼女にとって許せないことだ。だから、人が浮気をしたという話を聞くことはできても、浮気を認めることはできなかった。
ロコッドは困惑した様子で、ミアーナに尋ねる。
「君は優しいんだろう? どうして、ルイティーの気持ちを理解しようとしないんだ?」
「自分で自分のことを優しいなどと思ったことはありません」
「普通に考えればわかるだろう? ルイティーが可哀想じゃないか!」
ミアーナはこれ見よがしにため息を吐いて答える。
「お忘れになっているようですので、お伝えいたしますが、マーベリック様はルイティー様を放置しているのではありません。国王陛下の命令で国民のために戦地に出向かれているのです。そのことがわからないお二人ではないと思うのですが違いますか?」
「も、もちろんわかっているさ。だけど、やっぱりルイティーが可哀想だ」
(では、あなたが戦争に行けば良かったのではないですか?)
口に出したくなったが、公爵とマーベリックを戦地に向かうように命令したのは国王陛下だということを思い出してやめた。
(それにしても、どうして公爵とその嫡男を戦地に向かわせたのかしら。他に適役がいると思うんだけど……)
そう考えたが、すぐに今の戦地がどこであるか思い出して納得した。現在の指揮官は何度も勝利をもたらしてきたが、荒々しい性格で有名だった。公爵であるラゲクとは旧友で彼の話にはすんなり耳を貸すため、国王の判断でラゲクたちの出征が決まったのだ。
「出征することになったのは、国王陛下のご命令ですよ。国王陛下はルイティー様のお父様ですよね? それならやめてほしいとお願いすれば良かっただけなのではないでしょうか。娘が浮気するよりもいいことだと思いますが?」
「そ、それはそうかもしれないけれど、娘だからこそ、寂しいから夫を戦地に行かせないでなんて余計に言えないわ」
(そんなものかしら。寂しすぎて、今の状態だと浮気してしまうから、せめて夫だけでも戦地から戻らせてとお願いしたほうが良いと思うんだけど。まさかそのことに気づいていない? もしくは悲劇のヒロインのふりがしたいとか?)
さて、これからどうするかとミアーナが考え始めた時、部屋の扉が開いた。
中に入ってきたのはロコッドの母であり、現公爵夫人のヨーカだった。彼女は後妻であり、ロコッドは彼女の連れ子で、現公爵と血の繋がりはない。国王がロコッドを戦地に向かわせなかったのは、それが理由だった。
長男のマーベリックは前妻の子供であり、国王は彼を信頼していた。だから、ワガママな娘を彼の元に嫁がせたのだ。
ロコッドと同じ髪と瞳の色を持つヨーカは、小柄で童顔なこともあり、年齢よりもかなり若く見える。静かに部屋の中に入ってくると、ロコッドに尋ねる。
「ミアーナさんは納得してくれたの?」
「それが駄目だと言うんです」
「……それはどうしてなの?」
ヨーカは鋭い眼差しをミアーナに向けた。ミアーナは怯むことなく答える。
「浮気は許されるものではありません。しかも、マーベリック様は国のために戦ってくださっているのです。相手にしてもらえないからと言って、すぐ側にいる夫の弟と恋愛しても良い理由にはなりません」
「では、この寂しさをどうしろって言うの!」
ルイティーがヒステリックになって叫んだ。
(どうしろと言われましても、そこは我慢するのが普通だとは思いますけどね)
ミアーナは心の中で呟いてから、冷たい眼差しを彼女に向ける。
「我慢する。もしくは法に触れることなく、人として許されるやり方で気分転換をしてはいかがでしょうか。夫が出征して寂しい思いをしているのはあなただけではありません。あなた方の理論ですと、夫が戦地に行っている全ての妻に、寂しくなったら浮気してもいいという権利を与えているようなものです」
ミアーナは間違ったことを言っていない。ルイティーにもそのことは理解できたため言い返せず、悔しそうに唇を噛んだ。
「ルイティー様、あなたは寂しいという気持ちをマーベリック様にお伝えしたのですか?」
「兄は忙しいんだ。手紙を送るなんて迷惑だろう。それにそんな気持ちを伝えられても迷惑に決まっている!」
ルイティーへの質問だったが、ロコッドが割って入って答えた。
「ロコッド様にお聞きしたわけではないのですが、まあいいでしょう。返事をしろと催促するのは迷惑かもしれませんが、妻が夫に手紙を送るのは悪いことではないでしょう。それに浮気されるくらいなら、寂しいと伝えてもらえれば、何らかの手を打とうとしてくれたかもしれません」
「ミアーナ! もう、うだうだ文句を言うのはやめてくれよ!君は僕のことは好きじゃないんだろう? 誰も傷つかないんだから、許してくれたっていいじゃないか!」
ロコッドの言い分に、ミアーナは呆れてしまう。
(公爵家の次男が義理の姉と浮気だなんて、公爵家の名を穢していると思うんだけど、やっぱり言っても無駄か。ここは、乱暴なやり方でわかってもらうしかないわね)
ロコッドもルイティーも自分たちの行為は悪いことではないと言っておきながら、自分たちの関係をマーベリックや他の貴族に知られることを恐れている。
ミアーナは口元に笑みを浮かべ、三人にこう宣言した。
「お二人の考えには賛同できませんが、お二人の関係にどうこう言うつもりもございません」
「それは認めてくれるって解釈してもいいんだよね?」
「いいえ。認めはしませんが、止めても無駄でしょうから、無駄な労力は使わないと一っているのです」
「浮気は認めないけど、どうせ僕たちは諦めないから言うだけ無駄だって言いたいんだな」
「そういうことです」
「まあいい。うるさく言われるよりかはマシだ」
ソファに深く体を預け、ロコッドは胸の前で腕を組んで頷いた。
「そのかわり、条件があります」
「どんなものかな?」
「あなた方が好き勝手なさるように、私の行動も常識範囲内で好きにさせていただきます」
「……たとえばどんなことだい?」
「そうですね。色々とありますが、まず、外ではあなたと私の仲が円満であることを、私なりにアピールしたいので、自由に外出できる権限や、使用人や騎士に命令できる権限をいただきたいのです」
「わかった。僕も外では君のことを大事にしている夫のふりをするよ。もちろん、兄が帰ってきたら、本当に君を大事にする」
(結婚初日に兄の妻と浮気させてくれという男性の『大事にする』なんて言葉を信じるわけがないでしょう)
「ありがとうございます。ですが、私のことはお気遣いなく。ただ、再度言わせていただきますが、浮気を許したわけではないということだけ覚えておいてくださいませ。それから、後ほど、契約書を作成してお渡しいたしますので、署名をお願いいたしますね」
ミアーナはそう伝えたが、喜んでいる三人の耳には届いていなかった。




