14 経験してみるのも良いかもしれませんね
予定より1日でも早く帰ってこられることを嫌がったロコッドは、次の日から、人を雇ってラゲクたちの動きを監視させることにした。そして、ミアーナに口裏を合わせるよう命令するため、彼女の部屋に訪ねてきた。
渋々、ロコッドを部屋の中に通すと、彼は扉の前で話し始めた。
「いいか。父や兄さんには僕たちの関係を話すなよ」
「それは、ロコッド様とルイティー様の関係ですか? それとも私との冷めた関係でしょうか」
「両方だよ」
「夫婦関係について聞かれることがありましたら、おかげさまでのびのびと暮らしていますとお伝えしますわ」
「それから、今は別々に眠っているけど、父上たちが帰ってきたら一緒の部屋に眠ることになる。今までもそうしてきたと言ってくれ」
「お断りします。あなたのために必要のない嘘をつくのは嫌です」
ミアーナが拒否すると、ロコッドは声を荒らげる。
「どうして反抗的な態度ばかりとるんだ⁉ 君は僕の妻なんだぞ! 夫の願いを聞くべきだろ!」
「そのようなお話は、夫としての役目を果たしてからおっしゃってくださいませ」
「そ、その役目とかいうやつは、兄上たちが帰ってきてからするから、今は言うことをきいてくれ!」
「申し訳ございませんが、お断りします」
「だからどうしてだよ⁉ 兄上たちが帰って来たら、ちゃんと夫としての役目を果たすって言ってるじゃないか!」
(今さら夫の役目とやらを果たされても評価はそう変わらないしね)
浮気という沼にはまってしまうと、なかなか抜け出せないものだと、ミアーナは複数人から聞いたことがある。してはいけないとわかっていて平気で浮気をする人間は繰り返すことが多い。ロコッドの言葉をすんなり信じる気はなかった。
ロコッドは腰に手を当て、大きなため息を吐いた。
「どうしたら言うことを聞いてくれるんだ?」
「私にどうこう言う前に、家を追い出されなければ良いですわね」
「ど、どういうことだ?」
「ロコッド様、あなたはバレなければいいとしか思っていないようですが、バレた時のことも考えておいたほうがよろしくてよ?」
ミアーナは家族との仲は良い。ロコッドが追い出されることになれば、離婚して実家に戻るつもりだ。世話になったのならまだしも、初日から浮気宣言してきた相手の面倒を見てやる気などさらさらない。
ミアーナなりの優しさで忠告してあげたのだが、ロコッドには伝わらなかった。
「君たちが言わなければいいことだ!」
「ええ。言いませんとも。ですから、お義父様やお義兄様が騙されてくれると良いですわね」
(私がわざわざ話に行かなくても、きっとお義父様たちなら、二人の関係を見抜いたでしょう)
「だ、騙されないとでも言うのか?」
「さあ。どうでしょうか。お二人のことについては、家族であるあなたのほうがよくご存じなのでは?」
(あ、血は繋がっていなかったわね。でも、過ごした時間は、私とは比べ物にならないわ。私がわかるくらいなんだから、ロコッド様にだってわかるでしょう)
冷ややかな笑みを浮かべるミアーナを見たロコッドの背中に悪寒が走った。
*****
マーベリックたちが戻ってくる三日前の晩。ミアーナはルイティーから夕食に誘われた。断りたいところだが、どうせ付き合うまでしつこく言ってくるのだろうと思ったミアーナは、素直に誘いを受けた。
指定の時間にダイニングルームに着くと、ルイティーとロコッドが並んで座って談笑していた。部屋の中には白いテーブルクロスが敷かれた長テーブルがあり、三十人くらいが一度に会席できるようになっている。ミアーナが部屋に入ると、二人は会話をやめ、ルイティーが笑顔で彼女を促す。
「ミアーナさん、好きな所に座ってちょうだい」
「承知いたしました」
二人は扉から一番奥の席に座っていたので、ミアーナは扉に一番近い席に座った。失礼な行為でもあるし、ルイティーたちは不満そうな顔をしたが、ミアーナにとって食事は楽しみの一つだ。なるべくなら、二人を視界に入れたくなかった。
「ミアーナ、いい加減にしろ!」
「好きな所に座っただけですわ。近くに座ってほしいなら、場所を指定すべきです」
「そんな言い方をしなくてもいいだろ⁉ ルイティーに謝れ!」
「ロコッド、いいのよ。私たちが悪いことをしているんだもの。話を聞いてくれるだけありがたいことよ」
ルイティーはロコッドをなだめると、ミアーナに微笑みかける。
「時間を割いてくれてありがとう。今日はマーベリックたちが帰って来てからの段取りを話しておきたいの」
「どのような対応がお望みなのですか?」
「そうね。とにかく余計なことを言わないでほしいわ」
ルイティーが話し始めると、メイドたちが食事を運んできた。ルイティーたちの前には前菜が置かれただけだが、ミアーナの前には次々と小皿に入った料理が運ばれてくる。しかも、どれもミアーナの好物で、肉料理や魚料理のメインディッシュ系が多い。
「まあ! 今日も美味しそうね!」
「ミアーナ様はいつもお礼だけでなく、料理についての感想をくださるので、つい好きなものを作って差し上げたくなるそうです。毒味も済ませてありますので、どうぞお召し上がりください」
「ありがとう! 毎日美味しい料理が食べられて本当に幸せよ」
笑顔でメイドと話をするミアーナを見たあと、ロコッドたちは自分たちの目の前に置かれたスープを見た。大皿に入ったコーンのスープでとても美味しそうだが、ミアーナの前に置かれている料理を見ると、やはり目劣りしてしまう。
「おい! どういうことだ! どうして料理に差があるんだよ!」
ロコッドが立ち上がって抗議すると、メイドたちは困り顔になった。そんな彼女たちに代わって、ミアーナが答える。
「ここ最近、食事を部屋に運んでも温め直せとおっしゃるのでしょう? ですから、温め直しやすいスープを提案したら、あなた方が了承したと聞いていますが?」
「そ……、それは……っ」
ミアーナの言う通りで、ロコッドたちは二人でいちゃつくことを優先し、食事を後回しにすることが多かった。そのため、冷えた料理は味が落ち、文句ばかり言うようになったので、困った料理人たちが提案していた。
そのことを思い出したロコッドは、口をモゴモゴさせながらも椅子に座り直した。ミアーナは、笑顔を作って二人に話しかける。
「で、余計なことというのは、どのようなことでしょうか?」
「……あ、えっと」
ルイティーは焦った顔で話し始める。
「私たちの関係はマーベリックが帰って来た時点で終わるわ。だから、その時にあなたも忘れてほしいの」
「……忘れるとは何をでしょう?」
「私とロコッドの関係はただの義弟と義姉。それだけの関係よ。浮気していたなんて事実はなかったということにしてほしいの」
「断ったらどうなるのです?」
「私たちはあなたに冷たくするし、嫁いびりにあうわよ」
多くの令嬢は、義母に嫌われることを望まない。こう言えば大人しくなると思ったルイティーだったが、ミアーナには逆効果だった。
「まあ! そんなことをされたら、すぐにお義父様に相談させていただきますわ! ですが、その前にどんなことをされるのか経験してみるのも良いかもしれませんね」
ミアーナは満足そうに微笑むと、幸せそうな表情のまま食事を始めた。
「……ロコッド、私たち、上手くごまかせるかしら」
ミアーナの態度に不安を覚えたルイティーがロコッドにしがみついた。ロコッドは彼女の背中を優しく撫でる。
「大丈夫だよ。使用人たちには口止めしているし、父上たちだって、僕たちとミアーナの話なら、僕たちの話を信じてくれる」
「そうよ。そうよね。使用人たちは私たちの味方だもの」
ロコッドたちはミアーナを懐柔することは諦め、ラゲクたちには彼女を嘘つきだと思わせることに決めた。
この時の彼らは、使用人たちが自分たちに味方することはなくても、ミアーナの味方をするとも思っていなかった。
まったく意味のなかった会席を終えたあとは、それぞれ自由に過ごし、マーベリックたちが帰ってくる日の朝を迎えた。




