1 お断りします
「「お待ちしておりました、ミアーナ様」」
ファトミマ伯爵家の長女――ミアーナが屋敷の中に足を一歩踏み入れると、言葉は同じだが二通りのパターンで歓迎された。
赤いカーペットが敷かれたエントランスホールの正面には、上階に続く大きな階段が見える。その手前には使用人たちが綺麗に分かれて、二つのグループを作っていた。
向かって右側はなぜか浮かない表情で、左側は満面の笑みを浮かべていて対称的だ。
「はじめまして、ファトミマ伯爵家から参りました、ミアーナと申します。本日からよろしくお願いいたします」
腰まであるダークブラウンのストレートの髪をさらりと揺らしながら、スレンダー体型のミアーナは深々と頭を下げた。
もうすぐ19歳になるミアーナは、本日をもってミュークド公爵家の次男であるロコッドの妻となった。婚約者だった期間は短く、今日初めて公爵家にやって来ていた。
なぜ、彼女がなんの接点もなかった公爵家の次男に嫁ぐことになったか。
それは、ロコッドが彼女との結婚を強く希望したからである。ロコッド自らが釣書きを持ってファトミマ伯爵家を訪れ「どうしてもミアーナ嬢と結婚したい」と毎日欠かさず花束を彼女に贈り続けた。
ファトミマ伯爵領は農業が盛んだが、その年の天候に左右されるため、収穫が少ない時は税収が少なくなり、厳しい資金繰りになる。お金のない家の娘をもらいたくないと、今まで婚約者がいなかったミアーナだったが、最初はこの縁談を断っていた。
公爵家の次男で将来は伯爵の爵位を継ぐことが決まっているにもかかわらず、ロコッドには婚約者がいなかった。ということは、自分と同じように何か問題があるのだろうと思ったのだ。大体、二人にはほとんど面識はなく、社交場で何度か顔を合わせたくらいで、会話らしい会話をしたことがなかった。
何度断られても、ロコッドは諦めずにミアーナの元に通い続け、とうとうミアーナが折れた形だった。
ロコッドから侍女はこちらで用意するからと言われ、一人も連れて来ることが出来なかった。信頼できる人が近くにいない状況で、少し緊張していたミアーナは、困惑した様子で薄い赤色の瞳を使用人たちに向けた。
再度確認してみたが、ミアーナを迎えに来ているのは使用人だけである。あんなに自分との結婚を熱望していたロコッドの姿が見えないのはおかしい。嫌な予感がして、目が合った使用人に話しかけた。
「あの、ロコッド様はどちらにいらっしゃいますか?」
「今、他の者がミアーナ様が到着されたことを、ロコッド様に伝えにいっております。ミアーナ様、まずはお部屋へご案内いたしますので、どうぞこちらへ!」
笑みを浮かべているほうの使用人たちはミアーナに近づいてくると、彼女が持ってきた荷物を運び始め、その内の一人がミアーナを先導して歩き出した。後ろを付いて歩きながら、ミアーナが後ろを振り返ると、浮かない表情をしていた使用人たちは、それぞれ、自分の持ち場に戻っていった。
(もしかして、一部の使用人には歓迎されていないのかしら?)
そう考えてすぐに、それもそうかと納得する。美男子のロコッドの横に立つには、ミアーナには華やかさが足りなかった。しかも、ロコッドの父親である公爵と、兄のマーベリックは、隣国との戦闘が激しくなっている南の辺境伯の地に、国王の命令で出征しており、ミアーナは二人と顔を合わせることなく今日に至ってしまった。
そんな事情もあり、ミアーナがロコッドの妻として、正式に認められていないと思っているのかもしれないと理解はできた。だが、あからさまな使用人の態度には納得できない。あとでロコッドに相談しようと思っていると、本人がやって来た。
「ミアーナ! やあ、よく来てくれたね」
「はじめまして、あなたがミアーナね。会えて嬉しいわ」
部屋に向かう途中で、少し癖のある金色の髪に緑色の瞳を持つ美男子のロコッドと義義理の姉のルイティーが話しかけてきた。ロコッドと同い年で二つ年上のルイティーは、ミアーナにとって義姉に当たるだけでなく、元王女ということで慌ててカーテシーをする。
「ルイティー様にお会いできて光栄ですわ。これからよろしくお願いいたします」
「そうね。ぜひとも、よろしくお願いしたいものだわ」
ストレートの金色の髪をハーフアップにしたルイティーは、美の女神と称されるほどに美しく儚げで多くの男性を虜にするほどの美貌を持っている。髪と同じ色の瞳でミアーナを見つめたあと、ルイティー意味ありげな視線をロコッドに送った。それに気がついたロコッドは笑顔で頷くと、ミアーナを誘った。
「長旅で疲れているところ申し訳ないのだけど、話しておきたいことがあるんだ。部屋に行く前に談話室に行こう」
「……承知いたしました」
胸騒ぎがしたミアーナだったが、断るわけにもいかず、先を歩くロコッドたちについて歩く。
連れてこられた談話室の部屋の奥にはレンガ造りの暖炉があった。暖を取りながら話せるように、その近くには二人掛けの赤いソファが向かい合って並んでいる。ロコッドに促されたソファに座ると、ロコッドとルイティーは、ミアーナの向かい側のソファに並んで座った。
(当たり前のように隣に座ったわね)
嫌な予感が確実になったと思ったミアーナは警戒して眉をひそめた。そんな彼女を見つめながら、ロコッドが苦笑して口を開く。
「せっかく来てくれたのに、迎えに行けなくてごめんね。どうしても外せない用事があったんだ」
「気になさらないでくださいませ。あの、急かすようで申し訳ないのですが、お話とはどのようなものでしょうか」
「ああ、うん。なんというか、驚かないでほしいんだけど」
「ロコッド、言葉には気をつけないと駄目よ?」
「わかっているよ」
見つめ合うロコッドとルイティーの様子に、ミアーナの頭の中で面倒なことが起きると警告する鐘が鳴った気がした。
(嫌な予感は当たっていたみたい。ただ、思っているよりも深刻かもしれないわ。頼むから馬鹿なことは言わないでほしい)
ミアーナの願いも虚しく、ロコッドはとんでもないことを口にする。
「驚かないで聞いてほしい。僕は義理の姉を愛している」
「……はあ」
驚くなと言われたので呆れていると、ロコッドはルイティーの手を取って続ける。
「この気持ちが許されないものではないことはわかっている。ただ、兄が帰ってくるまで気持ちを貫かせてほしい」
「ごめんなさいね、ミアーナさん」
ルイティーは手を合わせ、目に涙を浮かべて謝った。
「ルイティーは悪くない。君を愛してしまった僕が悪いんだ」
「何を言っているの。それなら、あなたを虜にしてしまった私にも責任があるわ」
(私は一体、何を見せられているのかしら)
いちいち話に割って入ることも面倒に感じ、二人の気が済むまで、足下のカーペットのループパイルでも数えようかと思った。すると、ミアーナの白けた様子に気がついたロコッドがミアーナに話しかけた。
「ねえ、ミアーナ。君は優しいから僕たちの関係を許してくれるよね。そのために君を妻にしたんだから」
(そんな条件、結婚前に言ってほしいんですけど! いや、こんな条件を聞いたら、誰も結婚したがらないわよね)
爽やかな笑顔でふざけたことを言い出したロコッドに、ミアーナは苛立ちを覚えた。しかし、笑顔を作って冷静に答える。
「お断りいたします」
「「えっ⁉」」
「どうして私が悪事の片棒を担がなければならないのでしょうか」
驚く二人にミアーナは笑みを絶やさぬまま尋ねた。
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