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宝石の精霊が怪しいおまじないを燃やす話


 やってみる?

 願いが叶う、おまじない。

 簡単だよ。ほら、こういうのを書くだけで――



「化け物屋敷?」


 主である『神和(かんなぎ)』の青年からの説明に、宝石の精霊――ストーンアテナ――のガーネットは首を傾げた。彼女の隣りにいるトパーズも、顎に手を当てて思案している。


「そう。屋敷じゃなくて、ごく普通の空き家なんだけどね」


 何でもその空き家では、夜な夜な怪奇現象が起こっているらしい。

 敷地内を人のような人でないような影がうろうろしていたり、壁や塀に見たこともない記号がひとりでに書かれたり、煤のような足跡が宙を駆け回ったりするとのこと。

 そんな場所だが、興味本位で空き家に足を踏み入れようとする人はいる。しかしその人の爪先が敷地の境界を超えかけた瞬間、もの凄い力で引きずり込まれそうになったそうだ。幸い、一緒にいた仲間たちが慌てて彼を敷地外に引っ張り、何とか事なきを得た。

 そうして周囲に住宅もない上に誰も近寄らなくなり、すっかり化け物屋敷扱いという訳である。


「それで、その空き家を取り壊すことになったんだけど……」

「えっ、危ないよ!」

「うん。だから先にお祓いとかを色々、やってみたんだって」


 工事業者を心配するガーネットに、神和は落ち着いて応える。

 すると今度はトパーズが、小さく眉をひそめて呟いた。


「通常のお祓いじゃ、もう無理なレベルか」

「そうらしい。で、ウチに調査及び現象解決の要請が来たんだよ」


 ストーンアテナの本来の役目は、地球侵略を目論む宇宙人の討伐である。宝石の精霊の戦闘態勢として人の姿を取っている彼女たちはしかし、時々舞い込むこうした別件の対応もこなしていた。

 神和とは日本産の宝石からストーンアテナを召喚し、彼女たちの主となって、政府からの要請にストーンアテナを出動させる役職なのである。


「そうなんだね、分かった!」

「了解。じゃあ、行ってこようか」

「慎重にね、二人とも。何かあったらすぐ連絡してね」


 かくしてガーネットとトパーズは、件の化け物屋敷へと向かった。



 着いた先に佇んでいたのは、古い木造の戸建て住宅だ。

 荒れ放題の庭に、曇った窓ガラス。今は昼間だというのに、陰鬱な空気が漂っている。


「わー、だいぶ荒んでるねー」


 空き家を見上げるガーネットの素直な感想に、トパーズが肩をすくめた。


「これはもはや怨念だよ。最初は違ったんだろうけど」


 陽が昇っている間、怪奇現象は鳴りを潜めているらしい。危ないので敷地内に入る者はいなかったが、記号や影などが見当たらない為、夜よりはマシなのだろうという予測だ。

 とはいえ分かりやすい現象が落ち着いているだけで、アテナたちの目には、空き家を覆う濁ったエネルギーがしっかり映し出されている。


「今日はいい天気だし、入れるよね」

「負のモノが光に弱いのは通説さ。でも一応、火の玉出しといてくれる?」

「了解!」


 火属性で火を操れるガーネットは、拳を握って頷いた。


 まるで自分たちが幽霊かのように周囲に火の玉を浮かべながら、二人は空き家の門をくぐる。敷地の境界を跨いだ瞬間ぶわっとおぞましい風が集まったが、彼女たちに触れることはできなかった。


「流石、ガーネットだねえ」

「んふふ。私は生命力を司る赤い宝石、ガーネットだからね!」


 悪意などものともしない、情熱の炎がきらめく。

 土を操る土属性のトパーズも、ガーネットともども、日本産ストーンアテナにおける四大宝石と言われている。慎重ではあるものの、余裕の表情をしていた。


 二人は家の中に入り、居間と思しき部屋へ足を踏み入れる。


「うーん……私の部屋のほうが綺麗かなあ」

「当然だよ。ガーネットは掃除が苦手なだけで、落書きなんてしないでしょ」


 そんな会話をする彼女たちの目の前に広がるのは、床や壁にびっしりと書き込まれた意味不明な記号たち。しかしそれらは、どうもマジックやスプレーなどで書かれているようだ。つまり、この光景については怪奇現象の類ではない。


「誰が書いたんだろ?」

「……最初は子供たちかな。後から便乗した大人も居たかもね」


 部屋を見回したトパーズが拾い上げたのは、学校で使うような一冊のノート。ページをめくれば、部屋と同じ記号がギチギチに書き込まれている。筆跡は、一つではなかった。


「『願いが叶う☆おまじないノート』かあ」


 表紙をめくった後ろ側に書かれた文字を、ガーネットが読み上げる。そのタイトルの下には、おまじないのやり方が説明されていた。要するに、願い事を念じながら例の記号を書けば、その願いが叶うらしい。


「恐らく、このノートに強い想いが凝縮されてしまった所に……」


 トパーズが不意に言葉を切ると、ガーネットもスッと視線を上げる。

 その時、室内へ何かがすうっと入り込んできた。人に見えなくもないが、人ならざるモノだと直感できる不穏な影。


「……良くない奴らが、引き寄せられちゃった訳だ」

「お化けちゃん、まだ昼間だよ?」


 スルスルと増えてくる明らかな害意の影に、ガーネットは呆れた口調で言いながら手をかざした。そして――


「イグニス・リーオ!!」


 叫んだガーネットの放つ激しい炎が、影たちを包み込んで消滅させる。


「よーし、スッキリ!」


 影が消え失せ、清々しい表情のガーネット。

 その隣りで、トパーズはチラリと入り口を見やった。


「まだ来るみたいだねえ。それじゃ、今度は私がいこうかな」


 そう言ってトパーズが入り口を眺めていると、天井から沢山の足跡が降ってきた。


「わっ!」

「テール・トータス!」


 意表を突かれたガーネットが首をすくめるが、トパーズの創り出すゴーレムたちが一斉に散って足跡に襲いかかる。足跡は二人に触れることなく、ゴーレムに取り込まれて無に還った。


「キリがなさそうだから、さっさと呼び水になってるノートを処分しちゃおう」

「はーい、任せて!」


 ノートを渡されたガーネットは、手にしたそれに意識を集中させる。


「私の火に耐えられるのは、サファちゃんの水だけだよ。イグニス・リーオ!!」


 そうしてノートはガーネットの炎により、灰も残さず一瞬で焼き尽くされた。

 因みにサファちゃんとは、水属性を持つストーンアテナ・サファイアのことである。


「さて、後は……」


 ひしめいていた悪意が随分と薄くなった周囲を確認し、トパーズは腰に手を当てた。



「落書きを清めたのはトパーズか」


 そうトパーズに尋ねるのは、日本産宝石代表のストーンアテナ・ロッククリスタル。


「うん、私も浄化自体はできるからね。でも今回は、私だけじゃ心許ないからさ」


 ロッククリスタルとは無色透明の水晶のことで、浄化作用が非常に高いと言われている。ストーンアテナのロッククリスタルも例に漏れず、浄化能力を最も得意としていた。

 その為トパーズは最後の仕上げとして、彼女を件の空き家へ連れてきたのである。


「把握した。ではこの区画の浄化を行う」


 ロッククリスタルがすっと手をかざすと、空き家と敷地が七色の光に包まれた。温かい空気が流れ、やがて光は収まっていく。

 そして浄化は終わり、空き家は静かな佇まいに戻る。そこはもう化け物屋敷ではなく、ただ人気がないだけの場所になった。


「クリちゃん、来てくれてありがとう!」

「助かったよ、クリスタル。今日はウチの屋敷でご飯食べていったら?」

「遠慮しておく。また何かあれば呼んでくれ」


 ガーネットとトパーズに小さく笑みを返し、ロッククリスタルは山に戻った。



 後日。

 屋敷内の執務室で、神和の青年が腕を組んで一人唸っている。


 実は先日ガーネットとトパーズに出動してもらった化け物屋敷の件で、妙なことを耳にしたのである。例のおまじないを最初に持ちかけた子供が、どこにもいないというのだ。行方不明になっている訳ではなく、誰に聞いても、自分が最初ではないと答えるのだという。

 初めは叱られるのを恐れて名乗り上げないだけだと思われたが、状況的に見ても、おまじないをした子たちは全員、発案者ではないらしい。悪乗りした大人も見つかったものの、やはり単なる便乗者であった。


 おまじないを始めたのは誰か。

 その願いは何だったのか。


「……まあ、いいか」


 しかし踏ん切りがついたようで、青年は大きく溜息を吐いた。



 そしてどこかでまた、誰かが無邪気な声で尋ねている。


 やってみる?

 願いが叶う、おまじない。

 簡単だよ。ほら、こういうのを書くだけで――



 ―おわり―



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