宝石の精霊が神隠しされた仲間を救出する話
【ストーンアテナ(Stone Athena)】
宝石に宿る精霊が、地球を守る為に人の姿となった状態。
世界は、地球侵略を目論む宇宙人一族の脅威にさらされていた。
人間たちが応戦し戦況は有利ではあるものの、いたちごっこが続いており、敵を掃討しきれずにいる。
そこで人々は、地球が作り上げた神秘の存在である宝石に力を借りることにした。
各国それぞれにストーンアテナを召喚していたが、ここ日本では、国産宝石の代表ロッククリスタル(無色透明の水晶)の精霊と交渉をし、様々な国産宝石たちが援護してくれる運びとなった。
日本国産のストーンアテナは、瞳の光彩に桜の模様があるのが特徴である。
◇
僕の役職は神和。
ストーンアテナの主として政府より拠点の屋敷を与えられ、要請に応じてアテナたちを戦場等に派遣するのが仕事だ。
僕が召喚した日本産宝石のストーンアテナは十種。
ガーネット、サファイア、トルマリン、トパーズ、ロードナイト、オブシディアン、アメジスト、メノウ、スピネル、ネフライト。
人の姿となっても、皆とても美しくて惚れ惚れする。
そして最初の四人――ガーネット、サファイア、トルマリン、トパーズ――は、日本産アテナにおける四大宝石とされており、初っ端から凄まじく強かった。他の六人も優秀なアテナで、戦闘慣れした今は全員、更に強くなっている。自慢の宝石たちだ。
しかし。
そのせいだろうか、今日はいつもと様子の違う要請が入ってきたのである。
話によると、うちの屋敷から程近い場所に拠点を持つ別の神和のストーンアテナが二人、神隠しのように忽然と消えてしまったらしい。
調べたところ、彼女たちが宇宙人討伐に出動した付近で『時空の歪み』を発見。恐らく、入り込んでしまったのだろうと推測された。歪みは今も、口を開けている状態とのこと。
とはいえ、何が起こるか分からない歪みに足を踏み入れるのは非常に危険な為、人間では対処不能だ。つまり、ストーンアテナの出番である。
――で。件の神和の拠点からご近所かつ、実は召喚がレアでもある四大宝石アテナを有する僕のところへ、捜索及び救出の要請が来たのだった。
「うーん……」
そりゃあ、うちのアテナたちは強い。特に四大宝石は贔屓目なしでめっちゃ強い。
だからと言って、時空の歪みなどという今まで聞いたこともない事象に向かわせるのは気が引ける。
だが、件の神和の心中も察するところだ。僕だって大事な宝石たちが消えてしまったらと思うと、背筋が寒くなる。
「主さん、大丈夫だよ! 私たち強いもん」
「まあそれなりに、自負はしてるってところかな」
「ガーネット、トパーズ!」
いつの間にか執務室に来ていたガーネットとトパーズが、出動要請の一報を覗き込んでいた。
「内容的には戦力の余裕を持ちたい所ですが、ここは少数かつ二手に分かれたほうが良さそうですね」
「引っ張ってくれる力があると、戻りやすいですしね」
「トルマリン、サファイア!」
トルマリンとサファイアも、知らぬ間に来てくれている。
四人のストーンアテナを前に、僕は彼女たちに尋ねた。
「つまり、二人が時空の歪みに入っていって、もう二人は入口で待機するってこと?」
「正解。モノのエネルギーってのは、そもそも縁のあるモノと絡み合ってるものなんだよ」
そう説明するのはトパーズ。続いてガーネットが元気な笑顔を見せる。
「私たちは主さんと、ちゃんと繋がってるからね!」
「そしてそれは、宝石同士も同様です」
スクエア型の眼鏡をくいっと上げてトルマリンが言えば、サファイアも口を開いた。
「私たちの縁……エネルギーをより強固に絡めて、手繰り寄せられるようにしておくんです」
「迷子にならないようにね」
トパーズの補足まで聞き終えた僕は、感心して何度も頷く。
「なるほど……!」
流石、宝石の精霊ストーンアテナ。かっこいい。あと可愛い。
「あれ? でもそれなら、行方不明の子たちも戻って来れそうな気が……」
不意にそんな疑問が浮かぶと、ガーネットも首を傾げる。
「うーん、まだ召喚されたばかりなのかも?」
「エネルギーの扱いに慣れていないのかもしれません」
トルマリンがそう付け足せば、トパーズとサファイアも解説してくれる。
「宝石の状態でなら、自然なエネルギーの流れに身を任せてるほうが多いしね」
「通常はそれでもちゃんと、自分の望むところへ行けますから」
「何というか、ストーンアテナの状態ってほんとに臨戦態勢なんだね……」
それはともかく、僕も腹を括ろう。
そうして僕は今回の出動に、四大宝石を向かわせることにした。サファイアとトルマリンが内部へ突入、ガーネットとトパーズを入口待機とする。
他の六人のストーンアテナはもしもの時の為に、外出はせず屋敷で待機していてもらおう。
「承知致しました。お任せください、主」
「はい。行きます」
「入口で待ってるから、安心していいよ」
「何かあったらすぐ引っ張るからね!」
「みんな気をつけてね……!」
僕が見送りの言葉をかけると、四人は微笑んで頷いてくれた。
◇
――時空の歪みの前に立つ、サファイアとトルマリン。
「思ったより禍々しいですね……」
「偶発的なものであるのは確かのようですから、大丈夫ですよ」
サファイアの呟きにトルマリンが応え、彼女たちは歪みに足を踏み入れる。
すると目の前に、古びた日本家屋が現れた。
「玄関が開いてますね。暗くて中の様子は分かりませんが……」
「入ってみましょう、サファイアさん」
二人が淀んだ屋敷の中に歩を進めると、廊下の奥に扉が二つ見える。
近づいてみれば、扉には張り紙があった。
「ふむ、達筆ですね」
「右が『蝶』で、左が『蛍』……? マリンさん、どちらにしましょう」
陰気な空間で暖かい日向を舞う蝶々を想像した二人は、ひとまず右の扉を行くことにする。
しかし扉の先は、またしても廊下が続いていた。
「暗い上に長くて先が見通せませんね。電気を起こしましょうか」
「あ、でも、できるだけ能力は使わず、エネルギーを温存しておいたほうが……」
トルマリンの提案にサファイアが躊躇いを見せたその時、
――失・せ・ろ。
と、どこからともなく重苦しい声が響いてくる。
「ひえ……」
「宇宙人、ではないですね。それとは違う不気味なエネルギーが漂っていますから」
「……マリンさん。何となくですが、さっきの『蛍』の扉を行ったほうが良いような気がします」
「では、先程の扉まで戻りますか?」
怖がりなタイプの直感は、割と当たるものだ。
二人は引き返し、『蛍』の扉を進むことにする。
そして開けた扉の先には部屋があり、中央に輝きの弱くなった宝石が縮こまっていた。
「ひいっ!」
その宝石が突然の来訪者に驚き、悲鳴を上げる。
「落ち着いてください。私たちは近隣に拠点を構える神和のストーンアテナです。私はトルマリンと申します」
「サファイアです。貴方がフローライトさんですね」
「あ、アテナ!? ホントだ、ストーンアテナだ! 助けに来てくれたの!?」
「はい。貴方の主が心配しておられましたよ」
「えっ? そ、そっかあ……私はフローライト。来てくれてありがとう!」
フローライトは明るい声色になったものの、元気がないように見受けられた。それに気づいたサファイアが、彼女に声をかける。
「……エネルギーが漏れていますね。大丈夫ですか?」
「うん、何とか。こうやって宝石の姿でいれば、ちょっとは楽だし」
「これは……どこからか吸われている……?」
眉をひそめるトルマリンの言葉が、静かに宙を舞った。
「フローライトさん、治癒と防御をかけますね。もしまたエネルギーが消耗するようであれば、すぐに言ってください」
「うん。ありがとう」
サファイアの治癒で回復したフローライトは美しい輝きを取り戻し、ストーンアテナの姿へと変わった。
「サファイアさん、奥に扉があります。今度は一つだけで、張り紙もないようですね」
「全部そうだと、迷わなくて良いんですけど……」
そんな会話をしながら扉を開けると、今度は何と宇宙人が現れる。
「……何だか弱っていますね、あの宇宙人たち」
「恐らくは意図せず、この歪みに落ちてしまったのでしょう。しかし地球の敵を見逃しはしません」
「勿論です。アクア・クレイン!」
サファイアの放つ凄まじい水流が宇宙人に衝突し、
「シエラ・イーグル!!」
トルマリンの放つ鋭い風の刃が宇宙人を切り裂くと、宇宙人たちは塵となって消えた。
「……二人とも、強すぎない?」
その攻撃力の高さに、フローライトは思わず呟いたという。
そして宇宙人がいた場所の奥には、またしても二つの扉と張り紙が待っている。
「今度は右が『地』、左が『月』と。相変わらず達筆ですね」
「……『月』ですよね、これ」
淡々と述べるトルマリンにサファイアが確認すると、トルマリンは深く頷いた。
左の扉を進むサファイアとトルマリンの後ろを、フローライトが続く。
「気をつけてください、階段があります」
「まだエネルギーは有り余っていますから、流石に電気を点けましょうか」
トルマリンがそう言うと、
――カ・エ・レ。
と、再びどこからともなく、おぞましい声が圧し掛かってくる。
「ひえ……」
「ね、ねえ。こっちで大丈夫? さっきの『地』ってほうに行かない?」
身をすくめるサファイアにつられたのか、フローライトが不安そうに尋ねた。
「いえ、こちらで合っています。貴方は蛍で、お連れの方は月でしょう?」
「え? あっ……」
電気を点けたトルマリンが微笑むと、フローライトは自分が蛍石であることを思い出す。そして一緒に宇宙人討伐に出動したストーンアテナは、ムーンストーン。月長石と呼ばれる宝石だった。
「だ、誰!?」
突き当たった広間の端から、怯えながらも気丈な声が聞こえてくる。
「近隣に拠点を構える神和のストーンアテナ、トルマリンと申します」
「同じく、サファイアです」
「ムーン、無事だったんだね! 良かった!!」
「フローライト!? 貴方も無事だったんですね……!」
フローライトが駆け寄ると、ムーンストーンは安堵したように声色を和らげた。
「トルマリンさん、サファイアさん、ストーンアテナだと気づかなくてごめんなさい。私はムーンストーン。フローライトと任務を終えて帰る途中、時空の歪みに吸い込まれてしまってここに……。出ようとしても出られなくて、どこからか少しずつ力が奪われていたんです。なのでいったん宝石の姿に戻り、極力消耗を抑えていました」
サファイアが彼女にも治癒と防御を施す中、ムーンストーンはそう説明をする。それを聞いたサファイアは、ぽつりと呟いた。
「……私たちが何ともないのは、何故でしょうか」
「今は分かりません。戻ってから、主たちと相談しましょう」
その頃、時空の歪みの入口にて。
待機していたトパーズとガーネットは、サファイアたちの合図を受けて表情を緩める。
「終わったか。お疲れ様」
「よーし、それじゃあ引っ張ろう!」
――こうして行方不明だった二種の宝石は救出され、サファイアとトルマリンも無事に時空の歪みから帰還した。
◇
「はあー……皆が無事で良かった」
事後処理も終わり、お茶を飲みながら僕はホッと一息を吐く。
アテナたちが帰ってきた時、泣きそうだったことは秘密だ。
行方不明の宝石たちも見つかって、本当に良かったと思う。
フローライトとムーンストーンは、彼女たちの主である神和のところへ戻った。
ガーネットが言っていたように、やはり彼女たちは召喚されて日が浅かったらしい。神和も新米寄りだったので双方の縁がまだ細く、お互いに引き寄せ合う力が弱くて探せなかったという訳だ。でもそれは、きっとこれから太くなっていくことだろう。初めからしめ縄並みに太い場合もあれば、徐々に成長していく縁もある。
時空の歪みについてはアテナたちの活躍のお陰で、あまり知られていないことを政府から教えて貰うことができた。
曰く、時空の歪みは元々どうしようもない自然現象みたいなもので、まあまあの頻度で発生している。完全に偶発的なそれは、宇宙人の仕業とかでは決してない。だからといって、安全ではないのはお察しの通りだ。
今回の件で言うと、宝石がエネルギーを吸われていたことや、自力で移動できなかったことなどが問題。これらの正体は推測ではあるけれども、歪みがほうぼうから吸い上げた諸々の残滓ではないかと考えられている。
最初はまともな形をしていたかもしれないし、最初から破片だったかもしれない。とにかく、歪みに落ちたモノが次第に朽ちて欠片とも言えないほど小さくなり、意思もなくあの空間を漂っているということ。そして元々の力が巨大ならば、残滓となっても力が強い。だから、それよりも力が弱かった宝石たちが捕まってしまった。
うちのアテナたちが無事だったのは、彼女たちが今回の残滓どもより強かったから。つまり、彼女たちより強い残滓が歪みの中にいたら、当然捕らえられてしまうことになる。
どの歪みの中にどの程度のパワーを持つ残滓がいるかなんて、外から分かる訳がない。そう考えると、やはり時空の歪みに突入するのは、本当に危険なことなのだと身が震えた。
「あっ、主さん! 良いザクロ買えた?」
「完璧だよ、ガーネット。希少な国産を注文したから楽しみにしててね」
「やったー! ありがとう!」
「主くん、私が頼んだ売り切れ必至の極上おやきはいつ頃?」
「トパーズ、待たせたね。明日来るよ。僕もちょっと貰っていい?」
「勿論、いいとも。一緒に食べよう」
「主、私の蜜柑も覚えていらっしゃいますか」
「トルマリン、ちゃんと覚えてるよ。っていうか、蜜柑は有名どころが多くてめちゃくちゃ悩んだから、期待して欲しいな」
「ふふ、それは楽しみですね。ありがとうございます」
「……あ、あの、主様」
「あっ、サファイア! 例のお店の上生菓子、全種類予約したからね。たんと召し上がれ」
「わあ……! ありがとうございます」
ところで僕は今回の件で、政府から沢山報酬を貰った。危険極まりない時空の歪みに突入し、見事に行方不明宝石を救出したアテナたちの主だからね。
そんな訳で今は任務を終えたアテナたちに、欲しいものを何でも買ってあげている最中なのである。
と言っても彼女たちの望みは、庶民的なものばかりなんだけど。
「ロードナイト、オブシディアン、アメジスト、メノウ、スピネル、ネフライト。皆にも特上寿司を用意してるから、沢山食べてね」
僕が集まってきた皆にそう伝えると、彼女たちは嬉しそうにお礼を言ってくれた。
「主さん」
「主様」
「主」
「主くん」
僕の大切な宝石たち。
さて今日も元気に、宇宙人と戦いますか!
―おわり―




