第193話:聖夜の奇跡、黄金の波紋 ― 6コースからの挑戦状 ―
2031年12月24日。香川県、高松競艇場。
『SGグランプリ』最終日の水面は、ナイター照明の青白い輝きと、詰めかけた数万の群衆の放つ熱気によって、異様なまでの張り詰めた空気に包まれていた。
「いよいよ始まります。からくり競艇史、百年の歴史が塗り替えられるのか。速水誠、年間全冠制覇『六冠』へのラストダンス。運命のピット離れです!!」
実況の声が夜空を裂いた瞬間、六隻の機兵が水面へと放たれた。
だが、その待機行動の段階で、観客は、そして実況席さえもが、その光景に言葉を失った。
4号艇の速水誠が、進入で内側を窺うどころか、わざと激しく波を立てながら後退を始めたのだ。しかも、その動きは単なる後退ではない。あかりがダイヤモンドコーティングを施した39号機の心臓部が、低速域で「正回転」と「逆回転」をミクロ単位の周期で切り替え始めたのだ。
「なっ、何だあれは!? 4号艇の速水誠、進入で内を窺うどころか、わざと波を立てて後退していく……! 待機行動中だぞ!? 妨害行為か!?」
否、それは妨害ではなく、物理を超えた「陣」の形成だった。誠の指先から流れる黄金のマブイ振動が、ダイヤモンドエンジンの咆哮と共に水面へ伝播し、特殊な波紋を広げていく。
『待機奥義:黄金の波切り・静』。
この波紋に触れた瞬間、他艇のセンサーは「そこには越えられない障壁がある」と誤認し、磁石の同極同士が反発するように弾き飛ばされた。新武友哉も、大内胤賢も、あおいでさえも、誠が作り出した「黄金の聖域」に触れることができない。
誠は、誰にも邪魔されることなく、悠然と大外――6コースへと艇を引いた。
「あおいさん、新武さん……。俺はやっぱり、ここからが一番似合ってる。シロ、全冠の『6』だ!!」
誠がコクピットの中で呟くと、シロが呼応するように黄金の毛並みを激しく逆立てた。シロの瞳はもはや犬のそれではなく、太古の神獣のような威厳を放っている。
(フゴォォォォォォォ!!)
シロのマブイが最高潮に達し、39号機のダイヤモンドエンジンの吸気口が、冬の夜の冷気を「白銀の火花」へと変換しながら強制的に吸い込んでいく。チルトは極限の3度。フロントカウルは、もはや水面に触れることを拒否するかのように上を向いている。
6コースから誠が放つ殺気は、1号艇に構える「大村の龍」新武友哉にさえ、冷たい汗を流させた。
「……来るバイ。速水くん、君の『六冠』、この龍が呑み込んでやるけんね!」
新武もまた、己の魂を削り出し、大村の深淵から呼び寄せた古の龍のマブイを全開にする。彼の1号艇「ドラグーン・コア」の周囲には、実体化した水龍が渦を巻き、鉄壁の防御陣を敷いた。
「大時計の針が動く……レディー、ゴー!!」
漆黒の海面に、六本の光の矢が放たれた。
内側5艇が、コンマ05前後の驚異的な横一線のスリットを形成する。それは、競艇界の頂点に立つ者たちによる、究極の壁だった。
だが、大外6コース。
助走距離をたっぷり取り、ダイヤモンド・ブーストを全開にした誠の39号機は、もはや物理的な加速の段階を飛び越えていた。水面を走るのではなく、空気の層を蹴って「跳ねる」ような速度。
「スタートしました!! 誠、コンマ01! 黄金の波切りが、高松のうねりを真っ二つに切り裂いていく!!」
誠の39号機が通過した跡には、黄金の火花と白銀の蒸気が混ざり合った「光の道」が刻まれた。それは高松の厳しい冬の海を鎮め、誠のためだけに用意されたランウェイのように輝いている。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【王者の咆哮】速水誠、6コースから全冠制覇へ向けて発進! 30億人が見守る中、高松の海が黄金の聖道へと姿を変える! 累計PVは遂に35億を突破!! 物理学者が「あの加速は説明がつかない」と泣きながら論文を破棄!!
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「1マーク、新武友哉がインから鉄壁の旋回! 水龍が牙を剥き、内側を完全に封鎖したぁぁ!!」
新武の放った龍のマブイが、1マーク付近に巨大な渦を作り出す。後続のボートはその渦に飲み込まれ、コントロールを失う。あおいも、大内も、その強大な「地力」の前に一歩後退せざるを得ない。
だが、誠の瞳には、その渦こそが「踏み台」に見えていた。
「あかり、あおいさん……これが俺たちの、最後の航跡っす!!」
誠はハンドルを切らなかった。それどころか、最も波が高く、最も渦が激しい、1マークの「龍の顎」の中心目掛けて全速で突っ込んだ。
「馬鹿な! 砕け散るバイ!!」新武が叫ぶ。
しかし、誠の39号機は、渦に触れた瞬間に砕けるどころか、その回転エネルギーをダイヤモンドのプロペラで強引に「吸着」した。
黄金と蒼、二つの巨大なエネルギーが衝突し、臨界点を突破する。
誠は、1マークで渦巻く「龍の引き波」をあえて足場にし、チルト3度の揚力を爆発させて空中へと飛び出した!
漆黒の讃岐の空を、黄金の光が舞う。
それは、重力からも、競艇のルールからも、そして自分自身の限界からも解き放たれた、速水誠という一人の人間の魂の形だった。
「跳んだ……速水誠、大村の龍を飛び越えたぁぁ!! 空中で六色のマブイが爆発している!!」
『最終真・奥義:黄金・六冠無双』。
空中であらゆるエネルギーを収束させた誠は、1マークの出口へダイレクトに「着弾」した。着水の衝撃でダイヤモンドのシリンダーからは激しい火花が散り、あかりが作ったエンジンは文字通り、一瞬だけ「太陽」のように輝いた。
新武の龍が、その輝きに目を焼かれて一瞬だけ遅れる。
誠の39号機は、着水の勢いをそのまま推進力へと変換し、誰よりも早く、誰よりも力強く、バックストレッチへと突き抜けた。
「独走! 速水誠、独走!! 2マーク、あおいから受け継いだ『静水の旋回』で完璧に回り切る! 黄金の航跡が、讃岐の夜に永遠を刻む!!」
2周、3周。
シロは最後の一滴まで自分の命をマブイに変え、エンジンを回し続けた。
あかりはピットで、自分の手が血まみれであることも忘れ、祈るように拳を握りしめていた。
あおいは、誠の背中を追いながら、美しく散っていく黄金の火花を見て、幸福な涙を流していた。
そして。
「チェッカーフラッグが振られたぁぁ!! 1着、速水誠!! 年間全冠制覇、からくり競艇史上初の『六冠』達成!! 速水誠、ついに神話になりました!!」
ゴールした瞬間、39号機のエンジンは「やり遂げた」と言わぬばかりに静かに砕け散り、誠はシロを抱きしめたまま、黄金に染まった水面で大きく拳を突き上げた。
ピットに戻った誠を待っていたのは、割れんばかりの拍手と、仲間たちの涙だった。
新武友哉が歩み寄り、誠の肩に手を置く。
「……負けたバイ。速水くん、君が……本物の龍だったっすね」
あおいが、あかりが、そして敗れたライバルたちが、一斉に誠の元へ駆け寄る。
35億のPV、30億の歓声、そのすべてが速水誠という伝説を祝福していた。
誠は、砕け散った39号機のカウルを優しく撫で、空を見上げた。
そこには、冬の夜空に輝く「六つ」の星が、彼の栄光を象徴するように美しく並んでいた。
「……まだまだ、ここからがスタートっすよ、シロ」
黄金の王の伝説は、この日、完成した。
しかし、速水誠の「最速」への渇望は、まだ終わらない。




