第189話:愛と黄金の決闘(デュエル) ― 準優勝戦、運命の1対6 ―
2031年9月23日。岡山県、備前競艇場。
『SG最速機兵決定戦』は、ついにクライマックスへの入り口である準優勝戦の日を迎えた。
午後4時。西日に照らされた電光掲示板に、第12レースの番組表が映し出された瞬間、1万人の観衆が詰めかけたスタンドからは、地鳴りのような、そして悲鳴に近い歓声が巻き起こった。
【準優勝戦 第12レース 出走表】
* 1号艇:守屋 あおい(山口/岡山出身) ―― 静水の女王。地元・備前を知り尽くした「氷の旋回」。
* 6号艇:速水 誠(山口) ―― 黄金の死神。最下位から這い上がった「四冠王」。
恋人であり、師弟にも近い絆で結ばれた二人が、優勝戦への切符を懸けて直接対決する。
しかも、誠は昨日の予選突破を決めた際の興奮冷めやらぬまま、再び競艇界のタブーを破る「自戦退避」を宣言。1番人気を背負うあおいがインコースに鎮座する中、誠は迷うことなく大外、6コースへと艇を引いた。
「速水誠、またしても6コース! そして機体には……狂気とも言える『チルト3度』がセットされている! 恋人相手に一切の容赦なし、彼は本気で『あおいを叩き潰す』つもりか!?」
実況の絶叫が、ピット裏にまで響き渡る。
マブイの感応が、二人の間に火花を散らせていた。
ピット離れの直前。装着場に並んだ二艇の間で、一瞬だけ視線が交差した。
あおいはヘルメットのシールドを上げ、凛とした、しかしどこか寂しげな、それでいて挑戦的な瞳で誠を射抜いた。
「誠。4冠獲ったからって、私まで譲ると思ったら大間違いよ。……私に勝てない男に、5冠目は似合わない。ここで私が、君の傲慢を氷漬けにしてあげる!」
「……わかってるよ、あおい。俺も、今の自分にできる『最高』をぶつけるだけだ。それが、レーサーとしてあおいに捧げる最高の敬意だと思ってる」
誠の言葉に嘘はなかった。あかりが指の皮を削りながら仕上げた「白銀のプロペラ」が、装着された39号機の中で唸りを上げている。
あおいの足元では、愛犬のポメラニアン「ヘラ」がキャンと鋭く吠え、誠のコクピットでは、黄金の瞳を輝かせたシロが低く、地響きのような唸り声を返した。
二人の絆を、勝負という名の業火が今、引き裂こうとしていた。
「準優勝戦スタート!! 1号艇・あおい、コンマ03の電撃スタート! 逃げる、逃げる!!」
号砲と共に、あおいの「ブリザード・クイーン」が内側から完璧な弧を描いた。
彼女は「氷の特訓」で培った、備前の静水面を刃物で切り裂くような精密旋回を披露。内側の2号艇から5号艇を物理的なマブイの障壁で完全に封じ込め、一点の隙もない逃げ体勢を構築した。
しかし、大外6コース。
誠の「水上ロケット」が、昨日を上回る異常な伸びを見せた。バイパス直結の過給圧120%、そしてチルト3度。39号機は水面から浮き上がり、もはやボートではなく、水面を這う巡航ミサイルと化していた。
「速水誠、伸び返したぁ!! 1マーク、あおいのイン懐に飛び込むか!? ……いや、あおいの引き波が壁になっている!!」
あおいが作った旋回の跡――そこには「氷のマブイ」が残留し、後続を拒絶する巨大な「水の壁」が形成されていた。
並のレーサーなら、その壁に接触した瞬間に転覆するだろう。だが、誠は笑った。
「あおいの引き波は、綺麗すぎる! 淀みがないから……そのエネルギーの『層』の隙間が、俺には見える!!」
誠は昨日完成させた**『奥義:黄金・バブルバースト』**を、実戦で初めて最大出力で解放した。
あおいが作った引き波の泡を、39号機のプロペラが「喰らう」。真空の泡を圧縮し、瞬時に爆発的な推進力へと変換。誠は壁を壊すのではなく、壁を「加速装置」として利用し、1マークの出口で一気にあおいと並びかけた!
バックストレッチ。黄金と白銀、二つの残像が並走状態で2マークへ突入する。
あおいは、誠の異常な伸びを肌で感じ、覚悟を決めた。
「逃がさないっすよ、誠くん!! 私の地元で、好き勝手はさせない!!」
あおいはヘラのマブイを最大増幅させ、2マークの旋回軸に「氷の鏡」のような巨大な氷結障壁を作り出した。それは物理的な壁であると同時に、相手の視界を奪うマブイの罠。
誠が進路を失い、減速せざるを得ない状況。
だが、誠の瞳には、あおいの「氷の鏡」が、勝利への架け橋に見えていた。
「飛ぶぞ……シロ!! 俺たちを、空へ連れてってくれ!!」
誠はハンドルを切らなかった。
チルト3度によって得られた異常な揚力、そして『バブルバースト』の余剰次元加速。誠はあおいの作り出した「氷の鏡」をジャンプ台として利用し、39号機の船体を強引に持ち上げた。
「なっ……何ということだぁぁ!! 速水誠、飛んだ!! 1号艇・あおいの頭上を、39号機が飛び越えたぁぁ!!」
空中で黄金の光を放ちながら、螺旋を描く39号機。
眼下には、驚愕に目を見開いたあおいの顔があった。
それは、勝利への執念が生んだ、最も美しく、そして最も残酷な「愛の越え方」だった。
空中で進路を180度転換し、2マークの出口へダイレクトに着水。衝撃で白銀のプロペラが火花を散らしたが、誠はそのままアクセルを全開にした。
誠の非情かつ華麗な空中旋回は、もはや競艇の枠を超えた「神話」として世界に配信された。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
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【準優勝戦 第12R:最終結果】
| 順位 | レーサー | 状態 | 総評 |
| 1着 | 速水 誠 | 黄金の死神 | 非情の空中戦で1位。ついに五冠目への王手。 |
| 2着 | 守屋 あおい | 氷の女王 | わずかに届かず。「誠くん……後の祭りで、お説教確定よ」 |
| 3着 | 平野 一貴 | 伝説の目撃者 | 弟子の瓜生と誠の背中を見守り、手堅く3着。 |
第六章:拳に込めた想い ―― 決戦の夜へ ――
ピットに戻り、カウルを脱いだ誠。
バイパス直結の代償で、エンジンの異常振動が腕に残り、指先は小刻みに震えている。
そこへ、ボートを下ろしたばかりのあおいが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
誠は、彼女にどんな顔をすればいいのか分からなかった。勝利の喜びよりも、愛する人を「踏み台」にした罪悪感が胸を突く。
しかし、あおいは無言のまま誠の前に立ち、その小さな拳を誠の胸にドン、と当てた。
「……強くなったね、誠くん。あかりちゃんが削ったあのプロペラ、私の心まで綺麗に切り裂いたよ。……完敗」
あおいの声は、震えていたが、そこには確かな誇りがあった。
「あおい……俺……」
「謝ったら承知しないよ。私、世界で一番強い男の奥さんになるのが夢だったんだから。……でも、今の空中旋回のお返しは、披露宴のケーキ入刀の時にでも、たっぷり倍返しさせてもらうからね」
誠は震える手で、あおいの拳を包み込んだ。
「あおいが、最強の壁になってくれたから……俺、また自分の中の『最速』を超えられた。……ありがと」
「さあ、あかりちゃんが待ってるよ。あのプロペラ、もうボロボロだよ。明日の優勝戦、大内くんが本気で君を殺しに来る。……負けたら承知しない、五冠王候補!」
備前の夜空に、黄金と白銀のマブイが静かに溶け合っていく。
史上最高の、そして最速の優勝戦。
速水誠の前に立ちはだかる最後の敵は、再び牙を研ぎ直した「大内胤賢」か、あるいは……。




