第188話:黄金の修羅、備前に散るか昇るか ― 予選3日目、運命の再戦 ―
2031年9月22日。岡山県、備前競艇場は運命の予選最終日を迎えていた。
初戦の「最下位(6着)」という絶望的なスタート。そこから、命を削るような深夜整備を経て掴み取った「執念の2着」。速水誠の得点率は、まさに崖っぷちのボーダーライン上にあった。
「第11レース……速水誠、準優勝戦進出への条件は『1着のみ』。一ミリの妥協も許されない、文字通りのデス・ゲームです」
実況の声が、殺気立ったピットの空気を代弁する。そして、その誠の前に、これ以上ない「壁」が立ちはだかった。
1号艇、大内胤賢。
初戦で誠をキャビテーションの奈落に突き落とし、冷徹に「野球上がり」と嘲笑った男。彼が絶好のインコースに構え、誠は3号艇からその首を狙う構図となった。
ピット。出走直前の静寂の中で、大内が蒼いヘルメットを小脇に抱え、誠の横を通り過ぎる。
「速水くん、まだ諦めてなかったんだね。でも、計算してみなよ。この静水面で僕が1コース。君が捲り差しを決める確率は、統計的に0.8%以下だ。1着条件という重圧で自滅するのがオチだよ」
大内の瞳は、冷たい計算機のように誠を走査する。しかし、誠は視線を外さなかった。その手には、野田あかりが指の皮を剥きながら0.1ミリ単位で削り込んだ「白銀のプロペラ」が装着されている。
「大内くん。俺は計算でレースしてないっす。……あかりが魂を込めて削ったこの羽根に、俺とシロの全部を乗せてるだけっす!」
誠は隣に座るシロの背中を力強く一撫でした。シロは、黄金のマブイを体毛の先まで逆立て、大内に向かって「フゴォォッ!」と鋭い咆哮を上げた。それは、理論を超越した野生の宣戦布告だった。
「大時計の針が回る。予選最終盤、第11レース……スタートォォ!!」
備前の空を切り裂く爆音が轟く。
バイパスを直結し、過給圧120%という狂気のセッティングを施した誠の39号機は、もはやボートの音ではなかった。それは、重力から解き放たれようとするロケットの咆哮だ。
「なっ……またしても全艇ゼロ台! 1号艇・大内と3号艇・誠、火花が散るスリットコンマ01!!」
昨日の「2着」で得たデータ、そしてあかりの「0.1ミリの研磨」。すべてがこの瞬間に結実した。誠はスタートラインを通過した瞬間、マブイをエンジンの燃焼室へ直接爆ぜさせた。
ドォォォォォン!!
大内がインから「完璧な最短距離」で逃げ、他艇をシャットアウトしようとしたその刹那。誠はハンドルを内側へ、通常の感覚なら転覆・激突を免れないほどの「死の角度」で切り込んだ。
「昨日の『2着』は、負け惜しみじゃない。この角度、このスピードで水面を噛むための……究極の練習だった!!」
初戦、誠を裏切ったのは「泡」だった。超高速回転するプロペラが真空の気泡を作り出し、推進力を奪い去った。
だが、今の誠と39号機は違う。
誠がマブイを集中させると、プロペラ表面に発生した無数の真空の泡が、あかりが「肉厚」に研磨したプロペラの基部へと吸い込まれていく。
「泡を逃がさない……っ! 泡を『圧縮』して、爆発的な反発力に変える!!」
『奥義:黄金・バブルバースト(金剛気泡爆砕)』!!
「なっ……何だ、あの立ち上がりは!? 誠、キャビっていない!! 泡を喰らって、逆に二次加速の爆風へ変換している!!」
1マークの出口、大内が「逃げ切った」と確信し、勝利の計算を完了させたその刹那。誠の39号機が大内の懐を、文字通り「爆発的」な速度で突き抜けた。泡が弾けるエネルギーを推進力に変える超空洞航法の進化系。大内の蒼い航跡が、誠の黄金の衝撃波によって粉々に砕け散った。
バックストレッチ。
逃げる誠と、屈辱に顔を歪めて猛追する大内。二艇の距離はわずか数センチ。
「大内くん! これが、俺とあかりとシロの……最速だ!!」
「……くっ、バカな! マブイ出力の数値なら僕の方が上のはずなのに、なぜ引き離せない!?」
大内は必死にコアマブイを全開放し、誠に並びかけようとする。だが、誠の39号機はバイパス直結による「捨て身の伸び」で、大内の追随を許さない。
勝負は運命の2マークへ。
誠はあえて大内の進路を塞ぐような、ダンプ気味の豪快な旋回を仕掛けた。
「そこは……俺の道だ!!」
誠の黄金のマブイが大内の視界を遮り、ターンマークへの進入角を強制的に狂わせる。大内がわずかに失速したその一瞬の隙を、誠は見逃さなかった。プロペラが白銀の飛沫を上げ、39号機の鼻先が鮮やかに前に出た。
「速水誠、ゴールイン!! 1着! 絶望の最下位から、因縁の大内を撃破しての逆転準優勝戦進出確定だぁぁ!!」
備前競艇場に、地鳴りのような歓声が沸き起こる。
四冠王の意地、そして泥臭い執念が、冷徹な天才の計算を打ち砕いた瞬間だった。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【下克上完了】速水誠、大逆転の1着! 大内を撃破し準優勝戦へ! 初戦最下位からの生還に、19億人がスタンディングオベーション!! 「数学は黄金の輝きに勝てない」「誠の39号機から青い火が出てた」と目撃談でネットが崩壊!!
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【予選第11R:確定結果】
| 順位 | レーサー | 状態 | 備考 |
| 1着 | 速水 誠 | 覚醒・黄金の王 | 1着条件をクリア。準優勝戦へ。 |
| 2着 | 大内 胤賢 | 茫然自失 | 屈辱の逆転負け。「……次は、容赦しない」 |
| 3着 | 安貞 雄一 | 追走及ばず | 二人の激闘に圧倒され、一歩後退。 |
ピットに戻り、ボートを揚げた誠。
エンジンを切った瞬間、誠の身体を凄まじい疲労が襲った。ハンドルを握り続けた両腕は、エンジンの異常振動により「バイブレーション・シンドローム(白蝋病)」一歩手前の、激しい震えが止まらない。
だが、駆け寄ってきたあかりの、涙でぐしゃぐしゃの笑顔を見て、誠は最高の笑みを返した。
「あかり……このプロペラ、最高だった。お前の0.1ミリが、俺を勝たせてくれた」
「師匠……! 信じてたっす、信じてたっすよぉぉ!!」
あかりが誠の腕に飛びつく。誠は震える手で、彼女の肩を優しく叩いた。
ふと横を見ると、大内胤賢が一人、悔しさに震えながら自分の機体を見つめていた。その背中に、誠はもう卑屈な感情を抱いてはいなかった。
「……あかり、シロ。五冠目、見えてきたっすよ。次は……準優勝戦っす」
誠の視線は、すでに明日の戦場、そしてその先にある「最速の王冠」へと向けられていた。
どん底から這い上がった黄金の王。その伝説は、備前の夜を越えて、さらに熱く加速していく。




