第187話:水上ロケットの咆哮 ― 2日目、執念の浮上 ―
2031年9月21日。岡山県、備前競艇場。
『SG最速機兵決定戦』は予選二日目を迎えた。前日の初戦で「最下位(6着)」というどん底に叩きつけられた速水誠は、徹夜の極限整備を経て、再びその姿をピットに現した。
しかし、係留所から水面へ降りる際、誠の黄金の39号機が放つ「音」に、周囲のレーサーたちは作業の手を止め、戦慄した。
通常の「からくりエンジン」が発する高周波のキーンという音ではない。それは、腹の底に響くような、地響きにも似た重低音――ドォォォォンという、まるで巨大な心臓が脈動しているかのような異音だった。
「速水……おい、あの音は何だ……!? エンジンが今にも爆発しそうだ!」
隣のピットで調整を行っていた瓜生俊樹が、驚愕の表情で身を乗り出す。バイパスを直結し、過給圧を120%まで引き上げたその機体は、アイドリング状態でさえ、周囲の空気を物理的に震わせていた。
誠はヘルメットのシールドを下げ、静かに膝の上のシロの頭を撫でた。
「大丈夫、俊樹。爆発はさせない。これは機体が……『早く走らせろ』って泣いてる音だ」
誠の瞳は、グリスで汚れた顔の中で、かつてないほど冷徹に、そして熱く燃えていた。
「予選第5レース、大時計の針が回る……スタートォォ!!」
実況の絶叫と共に、4号艇の誠が放たれた。
昨夜の「バイパス直結」と「蒸気タービン過給圧アップ」の成果は、スタートラインを通過する前に証明された。シロの純金のマブイを強制吸気し、ガソリンとマブイが超高圧で混合・爆発した瞬間、39号機はボートとしての挙動を捨て、文字通りの「弾丸」と化した。
「スタートしました!! 4号艇・速水誠、今度はフライング寸前、神懸かり的なコンマ01!!」
スリットラインを通過した瞬間、誠の機体後方からは青白い炎が混じった衝撃波が噴出した。1マークに到達するまでの時間は、初戦の失速が嘘のような異次元の速さ。内側の1号艇から3号艇が加速を終える前に、誠はすでに彼らの鼻先を掠める位置にまで到達していた。
しかし、代償はあまりにも大きかった。
初速とパンチ力に全てを振り切ったセッティングは、中速域の安定性を完全に喪失させていた。旋回体制に入ろうとした瞬間、遠心力と過給圧の反動が機体を襲い、39号機が水面を叩いて大きく暴れ出す。
「くっ……抑え込む!! シロ、黄金の重み(質量)で機体を無理やり沈めるぞ!!」
誠はハンドルを握りしめ、機体から振り落とされそうになる身体を、腹筋と背筋だけで繋ぎ止めた。
あえて発生させたキャビテーション(泡)を、昨夜あかりと肉厚に研磨し直した特殊プロペラで「噛む」ように捉える。泡を逃がすのではなく、泡の弾ける圧力をグリップ力に変換する強引な旋回。
ガガガガッ! と、水と金属が衝突する凄まじい音が響き渡り、誠は一マークを「曲がる」のではなく「捻じ伏せる」ようにして立ち上がった。
バックストレッチに出た時点で、誠は3番手。
先頭を走るのは、地元・岡山の潮目を熟知したベテラン勢だ。彼らはインコースの利を活かし、誠の「直線での伸び」を殺すべく、巧みに引き波を置いていく。
しかし、誠の39号機には、バイパス直結という「禁じ手」による二次加速が残っていた。
「まだだ……あかりが削ったプロペラは、こんなもんじゃない!!」
誠はマブイをエンジンの燃焼室に直接流し込んだ。
ドォォォォン!! という爆音と共に、39号機が再び跳ねる。
直線の伸びは、もはやスプリント戦の常識を超えていた。誠は道中で二人を鮮やかに抜き去り、ゴール直前で先頭の地元ベテランに肉薄した。
「誠、届くか!? 直線、バイパス直結の伸びが凄まじい!! ……ああっと、1着にはわずかに届かなかったが、2着でゴールイン!!」
結果は2着。
しかし、初戦の6着(1点)という絶望から、2着(8点)を獲得したことで、誠の平均得点は劇的に回復した。予選突破という、消えかけていた希望の灯火が、再び力強く灯った瞬間だった。
誠の「死神の咆哮」を伴う走りは、再びネット上を爆発させた。
からくり競艇公式YouTube『カササギ』PV更新
> 【王者の帰還】速水誠、最下位から一転、執念の2着で奇跡の浮上! あの異常な爆音エンジンは、まさに「水上ロケット」。一歩間違えれば自爆という極限の整備に、18億5,000万人が固唾を飲んだ!! 掲示板では「4号艇の走った跡に虹が出てた」「誠の背後に黄金の鷲が見えた」と目撃談続出中!!
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【予選2日目・確定結果】
| 順位 | レーサー | 状態 | 備え |
| 1着 | 地元ベテラン(岡山) | 貫禄の逃げ切り。 | 誠の猛追に「心臓が止まるかと思った」と漏らす。 |
| 2着 | 速水 誠(山口) | 崖っぷちからの生還。 | エンジン調整の成果を確認。得点率を大幅回復。 |
| 3着 | 安貞 雄一 | 衝撃波に翻弄。 | 誠の放つ黄金のマブイ圧にコースを乱され失速。 |
| 4着 | 石田 健太郎 | 粘りの追走。 | 「あの音は、もはやボートの音じゃない……」 |
ピットに戻り、ボートを揚げた誠を、あかりが駆け寄って迎えた。その瞳には涙が溜まっていたが、口元には最高の笑顔が浮かんでいた。
「師匠……! エンジン、壊れなくて、本当に、本当に良かったっす……!」
あかりは震える手で、39号機の焼き付いたカウルに触れた。
「今の2着で、平均得点はボーダーラインに並んだっす。師匠、明日1着なら、確実に準優勝戦に行けるっすよ!!」
誠はグリスと汗で黒く汚れた手で、39号機の心臓部を愛おしそうに叩いた。
指先にはまだ、エンジンの過熱した熱気が残っている。
「……まだ、100%じゃない。あかり、さっきの旋回で分かった。このパワーを活かしきるには、プロペラの先端、今の形状からさらに0.1ミリだけ『鋭さ』が必要だ」
「えっ……0.1ミリ!? それ以上削ったら、強度が保てないっすよ!」
「大内に追いつき、追い越すには……それしかない。あかり、お前の技術をもう一度、俺に貸してくれ」
誠の瞳に宿る、五冠への飽くなき渇望。
あかりは力強く頷いた。「分かったっす。最高の刃に仕上げてやるっす!!」
離れた場所でその様子を見ていた大内胤賢は、ふんと鼻を鳴らした。
「2着、か。あがくね、速水くん。でも、その無理なセッティングがいつまで持つかな?」
大内の手元のデータ端末には、誠の39号機が旋回時に見せた「金属疲労の予兆」が克明に記録されていた。
しかし、大内の心にも、かつてない不安が芽生えていた。
計算上では自爆しているはずの速度で、誠は今、確かに生き残っている。
2031年9月22日。
予選最終日。一戦必勝、負ければ終わりのデス・ゲームが始まる。




