喫茶店にて
「遅い!」
「ごめん」
待ち合わせ時間10分前に彼は来たが、私は彼に文句を垂れる。私のセリフに彼は困った顔を見せる。彼はいつも約束の時間の10分前には確実に来るのだが、そんな彼に意地悪をしたくて、私は最近15分前には待ち合わせ場所に集まるようにしている。
彼の困った顔が好きなのだ。
別に異性として好きというわけではないが、彼の子供っぽい雰囲気が、表情が好きなのだ。いじめたくなる。自分でも厄介な性格だとは思うが、直す気はさらさらない。私はそういうキャラクター性で生きているのだから。
「ん・・奢るよ」
彼は柔らかい笑みを浮かべながら、いつもの場所へ向けて歩き始める。
「ありがと」
この寒い雪空の中外で待っていたのだ、コーヒーくらいは奢ってもらわねば。そそくさと先へ行く彼の背中を追いかけるべく、私も歩き始めた。
カランコロンという音と共に、私と彼は店内に入る。店内は静で、マスターが新聞をめくる音しか聞こえない。ここは私と彼のお気に入りの喫茶店だ。いつ潰れてもおかしくない程の客の少なさなので、開店している内に足しげく通っているのだ。
「きーくんは今日何していたの?」
「と、特に・・・何もしていないよ」
「何もしていないなんて事はないでしょう」
「ほ、本当に何もなかったよ」
彼は何故か言い淀む。確実に今日何かがあったとは思うが、深入りはしない。それが彼と私の関係だ。女と男の友情を長く続けさせる私なりの秘訣かもしれない。いや、彼と付き合う秘訣かもしれない。
近づきすぎると離れてしまう。
この関係が壊れてしまう。
「今日元気ないね。嫌な事でもあったの?」
「・・うん」
「ふぅん」
「うん」
彼は本当にきつくなった時にしか、自分に何があったかを話さない。話すとしても事後報告だ。事後、やった後、やらかした後、苦しんだ後、傷付いた後。
一度彼に聞いたことがある。何で弱音を吐かないのか。相談をしないのかと。その問に彼はこう答えた。
「人の負担になりたくない」
「別に負担にならないよ」
「あと・・・」
「あと?」
「怖い」
「怖い?」
「うん、怖い」
「何が?」
「何がだろうね?僕にもわからないや」
私が思うに、彼は恥ずかしがりやなのかもしれない。ん?違うかも。表面上はいたって社交的だが、内面はシャイ。いや、いっそ秘密主義と言ったほうが・・・これも違う。あぁ、そうだ。弱虫。怖がりと言ったほうがしっくりくるかも。
彼は自分を他人に見せることに怯えている。彼は世界を、人を、優しい考えで見すぎている。優しい世界に自分という人間を見せることに怯えているように見える。
自分をしっかりと見せたところで、真剣にそれを見てくれる人なんてそうはいない。そこまで人は優しくない。そこまで世界は優しくない。かくいう私も、彼が自分を晒した時、きちんと見ることはしないかもしれない。
見るどころか気づくことすらできないかもしれない。
見えていても無視するかもしれない。
よっぽど親しい人間ならともかく、人は基本的に人にそこまで興味はもたないものだ。これは私の偏った意見なので、世間一般からしたらおかしな話かもしれないが、そんなのどうでもいい。これは、これが、私の意見なのだから。
「・・・そ、それより、今日何かいい事あったの?」
彼は話しを逸らした。逃げた。卑怯者め。
まぁ、そんなのはいつものことなので、私もいつもの通り彼の‘弱さ’を無視して、いつも通り彼の話しを文面通りに受け止める。
「わかった?」
「う、うん・・いつもよりき、機嫌がいいからね」
「私の好きな漫画がまたアニメ化するの」
「・・・はいはい」
彼は呆れた表情で私の話を軽くあしらう。
ほら、人が人の話を真剣に聞くなんて難しいんだよ。早く彼にもそのことについて気づいて欲しい。そうじゃないと、吐き出す場所を見つけないと、彼が潰れてしまいそうで怖い。
別に吐き口の先が私じゃなくてもいい。吐き口を見つけてくれる場所を見つけてくれればそれでいい。もしかして、私の知らないところでそういう場所を見つけているかもしれない。それならそれでいいが、彼がそういう人間ではない事を私は知っている。
私の知る彼は弱虫で、恥ずかしがりやで、欠陥だらけの男だ。そんな彼を見ているのが面白くて、私は彼と長いこと友人をしているのだから。
あ、勿論、心配もしている。それはもう心から。友人として。