交 祈璃(まじり きり)
交 祈璃と出会ったのは大学2年の夏だった。高校の頃からの同級生に紹介してもらったはずだ。俺と同じ大学に通う、俺と同い年の男。確か情報学を専攻していたはず。あいつについて語れるのは、今も昔もこれくらいだろうか。長くつるんでいてもわからないことは多々ある。まぁ、自分以外の人間を完璧に知ることなんて、理解しようなんて土台無理なのはわかってはいるが、それでも、あいつに関して言えばわからないことが多い。家族構成や好きな食べ物、趣味などは知っているが、そういう類のものではなく、心の根っこの部分が未だわからずにいた。
祈璃とは話して、遊んで、こいつと一緒にいるのは楽しいと思った頃から、よく連絡を取り、頻繁に合っていた記憶がある。
大学3年になった頃、俺達は以前にも増して良く会うようになった。週に2回以上は必ず会う。必ず会うといっても、そんな特別なことはしない。一人暮らしの俺の部屋で集まり、ゲームしたり、酒を飲んだり、くだらない事をしたり、特に細かく記憶に残る事はやってなかったが、それでも楽しかったのだけは覚えている。
その関係は今、大学4年生の夏まで続いている。
「祈璃、煙草なくなっちまった。1本くれ」
「うん」
「サンキュ」
俺と祈璃は煙草の銘柄が一緒だ。こういう時は本当に便利だと感じる。もちろん、あいつのたばこがなくなったら、俺も煙草をあいつにやる。一方的に奪うだけの関係ではない。そんなジャイアニズムを俺は持ち合わせてない。
持ちつ持たれつ。
困った時はお互い様。
これが俺の生き方であり、性格なのだ。遺伝子に刻まれていたと言っても過言ではないだろう。
「最近暑くなったね」
俺が煙草に火を付けるためにライターを探していると、祈璃は唐突にそう呟いた。
「そうだな。もう7月だからな」
こんなクーラーがガンガンに効いている部屋で言うのも変な話だが、確かに外に出れば暑いと感じる時期だ。地球温暖化というやつを肌で感じられる。
今日は7月15日。大学生の俺達は卒論に向けて励まなければいけない時期だが、いつも通り俺の部屋でだらけている。俺は自分のベットで携帯をいじり、祈璃は俺の部屋の漫画をひたすら読んでいる。俺の部屋を漫画喫茶と勘違いしている節がこいつにはあるが、小規模な漫画喫茶みたいになるまで漫画を部屋にかき集めた俺が言うのもなんなので、祈璃がひたすらに漫画を読んでいることに俺は文句が言えないでいた。
俺は特にやることもなかったので、黙々と漫画を読み漁る祈璃をじっと見る。ホモだとかそういうのではなく、暇だから構ってくれという合図だ。一向に気付く気配がないが。
「これの最新刊っていつ出るんだっけ?」
祈璃は漫画から視線を外さずに俺に聞いてくる。俺の構ってくれオーラは未だに届いていないらしい。それにしても、まだ読んでいる最中なのに次の巻の発売日を聞いてくるとは、なかなかせっかちな奴だ。
「確か・・・来年の2月くらい?」
「まだまだ先だね」
祈璃は困ったように笑う。
とても困ったように笑う。
こいつはたまにこんな風に困ったように笑う。
大したことのないようなことで、本当に困ったように笑うのだ。もちろん、いつもではない。普通に楽しそうに笑う時だってある。
「半年ぐらいあっという間だぜ。その証拠に、俺達の楽しい楽しい学生時代は、あと僅か半年。それが終われば社会の歯車へと一直線だ。あぁ、やだやだ」
もうすでに社会人になっている友人もいる。そいつらに話を聞く限り、今よりも確実に楽しくはない生活が待ち受けているみたいだ。永遠に学生でいたいと心から思うが、人生で生きていくために必要なことなのだから仕方がないのだろう。人生の歯車を潤滑に動かすために、社会の歯車に組み込まれにいかなければならない。皮肉な話だ。
「わからないよ。人間いつ死ぬか分からないんだから」
「怖いこというなよっと」
俺はベットから立ち上がり、祈璃の方をまじまじと見る。今度のは構って欲しいという理由ではない。
その視線に気づき、祈璃が漫画から視線を外して、俺の方に視線を向ける。
「そんなに見てもまだ返さないよ。途中だから」
「そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ何でこっち見てたの?」
俺が見ていたのは漫画ではなく祈璃だ。こいつの顔は年相応だが、雰囲気は年寄り臭いというかなんというか・・・達観しているというか・・・いや、そうと思えば幼いと感じる一面もある。よくわからない、特殊で不思議な雰囲気なのだ。
人は一人一人違うと言うが、こいつのはそういう部類ではない。ぱっと見は華奢な好青年だが、何か他の奴とは違うように見える。いい意味ではなく悪い意味でだ。一言で言えば危なっかしい。生きるのに向いていないほど優しく、何でもかんでも一人で背負い込む。
「で?」
「ん?あ、えっと。お前、今日バイト?」
お前の纏っている雰囲気について考えてました。なんて言えるはずもなく、俺はどうでもいい話題を振って誤魔化すことにした。
「今日は休みだけど・・・この後は少し用事がある」
「女か?」
「そんなのいないよ」
「できたら絶対言えよ。そして俺に女を紹介してくれ!」
「多分ね」
祈璃はそんな空返事と共に、またも漫画に視線を戻す。
のめり込むように。
沈み込むように。
俺は祈璃に構ってもらうことを諦め、またもベットに横たわり、携帯をいじりだした。そのしばらく後、祈璃は漫画をそっと閉じ、携帯電話で時間を確認する。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「おう、じゃあまた」
祈璃は丁寧に本棚に漫画を戻し、律儀に‘お邪魔しました’と言ってから俺の部屋を出て行った。