第44話
「あの子はもう……」
スレンダーマンは数秒間沈黙した後、口を開いた。
「あの子は……今はここにはいらっしゃいません。それに……」
「おい! それにってなんだよ! まさか……」
「ああ、生きていますのでご安心を。ただ、あの子はもう、人と言えるのかどうか……」
人と言えない!? どういうことだ? アイリが聞いたら……くそー、どうすればいいんだよ! 俺、なんにもできないし!
「それ、どういう意味だよ! 場合によってはただじゃおかないからな!」
うわ、俺、心にもないこと言っちゃったよ。でも、言うしかないじゃん。
「あの子、いやあの方は、バグデーモンの守護者となられた、とでも言えばいいのでしょうか」
なんだそりゃ? バグデーモンって、デバッグする対象じゃないの? 守ってどうしようってんだ? 怪異だぞ! 俺、殺されかけたし。ってまあ、転生すればいいんだけどね。
「確かにあの方をここに連れ去ったのは私です。ところがあの方は、ここのバグデーモンたちとすぐに仲良くなってしまった。私も驚きました。私はあの方を鑑賞用にと思ったのですが、そうもいかなくなりましてね」
「どういうことだよ!」
やっぱ俺も鑑賞用なの!?
「あの方は、バグデーモンたちから魔力を得て、魔女になられたのです。そして、この『きさらぎ駅』の亜空間をどんどん広げました」
ええ!? どういうことだよ!?
でも、ここは冷静にならなきゃな、俺。
「なんでそんなことを?」
「バグデーモンの楽園を作ってあげたいとおっしゃっておられました」
「楽園!?」
「はい。そうすれば、バグデーモンがデバッグされることもなくなるのではないかとおっしゃいました」
「なんだそりゃ。だいたいお前、こないだも俺を拉致しようとしたり、アイリたちを攻撃したり、俺たちの世界でさんざん悪いことしてるじゃないかよ! 他のバグデーモンたちだってそうだ。デバッグされて当然だろ?」
「ああ、すいません。私共の倫理観はあなた方とはだいぶ違うもので。それでもあの方は現実世界に出掛けて、バグデーモンたちを救済しようと頑張っておられているのです」
「頑張ってる?」
まさか、バグデーモンを強くして魔法少女たちと闘わせてるのって……。
「バグデーモンを問答無用でデバッグしてしまう魔法少女をまずは駆逐したいというのがあのお方の考えです」
ええ!? それじゃあやっぱり、アイリたちの敵になっちゃったってこと!? どうするんだよ、これ。
「先日はヒサルキにエネルギーを送り込んで、あと一歩で魔法少女の一団を葬れそうだったのに、ある魔法少女のせいで失敗したとおっしゃってました。それで今、現実世界に出掛けて魔法少女たちをせん滅する作戦を進めようとしております」
「え……」
「ああ、お気づきですね。邪魔者のあなたをうまくここにお連れできて、作戦は、半分は成功ということです。こんなにうまくいくとは思いませんでしたから、私も驚いておりますが」
あーあ。俺、結局肝心なとこで役に立たないじゃん。ああ、やっぱ俺なんかいない方がよかったんじゃないか。俺みたいなコミュ障陰キャを魔法少女にするからこんなことになったんだぞ、アプリ。
でもアイリ、探してた友達と闘うことになっちゃうなんて……なんとかしてあげたいけど……くそー。魔法少女に変身したい! アプリ! なんとかできないのかよー。
プシュー、ガタン!
大きな音がしてドアが閉まり、電車はゆっくりと走り出した。
あれ? 池谷君がいない?
え!? 運転席にいるの、まさか池谷君? 怪異の電車を動かしちゃってるの!?
◆
「とりあえず、線路沿いのどこかで電車は消えてるはずだよね」
エミリが冷静に話し始めた。
「私たちはいったん、線路沿いの道に出なきゃね。それからオオカミに追跡してもらおうよ」
アイリたち5人は駅を出て線路沿いの道を進んだ。線路の上を、ネズミぐらいの大きなになったオオカミが走っている。
300メートルほど走ったところでオオカミが足を止めた。
「ここでにおいが消えてますね」
「それなら、一世一代の魔法っての、やってくれないかな?」
アイリがあせった顔でそう言った。
「がってん承知のすけでござい!」
「ーーーーーーーーーーーーー!」
オオカミが元の大きさに戻り、遠吠えの姿勢を取って口を開いたが、何の音もしない。
「ああ、あれは人間が普通は聞こえない周波数で魔法の咆哮をしてるみたい。なぜか私には聞こえるんだけど。モスキート音とか犬笛みたいなものかな」
赤ずきんのユイナが説明した。
再び小さくなったオオカミが5人のところに駆けてきた。
「ユートさん、おそらく五次元の方向に進みやした」
「五次元!?」
エミリが驚きの声を上げた。
「はい。四次元の先の五次元っす。時空の先っすね。まあ、あの世じゃなかっただけマシってことっす」
「アプリ。そこに行ける?」
「ああ、アイリ、ごめん。ボクはわからない」
「そうなの……」
アイリが肩を落とした。
「もう、アイリらしくないなあ! ユート君、助けるんでしょ?」
ミウはそう言って、アイリに向けてガッツポーズをした。
「ほら、最強魔法少女! 元気出して!」
「あ、うん……」
その時だった。
周囲が一瞬にして暗転した。




