第40話
「ユート君の好きな卵焼き、また作っちゃったんだよね」
家を出たアイリは学校への道を急いでいた。
「アイリ! 緊急事態だ!」
アイリのアプリが突然、緊迫した声を出した。
「え? 久々にバグデーモン!?」
「そうじゃないんだ。もっと大変なんだよ。ユート……ユートが連絡つかなくなっちゃったんだ」
アプリは泣きそうな声になった。
「え!? どういうこと?」
「ボクは直前で気付いて止めようとしたんだけど……」
「止める?」
「そうなんだ。ユート、多分きさらぎ駅行きの電車に乗っちゃったんだよ」
「きさらぎ駅?」
「ネット怪異の一種だよ。バグデーモンが作り出す。そこに行くと帰れなくなっちゃう……」
「それって……ユート君がさらわれちゃったってこと?」
「そういうことになる」
「スマホで連絡できないの?」
「通信がつながらないんだ。電車自体が異界なんだと思う。だから……」
「だから?」
「アイリごめん。ユートがどこにいるのか、もうボクにもわからないんだ」
「それって……」
「うん。君の友だちのエミと一緒だ。バグデーモンに拉致されたんだと思う。ボクがつながらないとユート、魔法少女に変身できないし」
「そんな……」
「それに連れ去ったのがあいつ、トールマンだとしたら……なかなか表に出て来ないし……」
「ずっと囚われたままになっちゃうってこと?」
「その可能性が高いよ」
「そんなの! 絶対私が許さない!」
「そうは言っても……」
「トールマンをおびき出す手はないの?」
「……ボクらもこないだまでヤツの存在に気づかなかったわけだし……」
「とにかく! 諦めるわけにはいかないから! 何か手を考えようよ。そうだ。他のみんなも招集できない?」
「あ、ああ、でもバグデーモンが現れたわけじゃないから……みんなだって学校とかあるし」
「魔法少女に変身して招集すればいいじゃない」
「バグデーモンをデバッグする時にしか変身はできないのは知ってるよね」
「だって……ユート君を誘拐したのはバグデーモンでしょ」
アイリの声が震えていた。
「それはそうだけど……現実世界に干渉してないし……」
「ユート君を誘拐したんだよ? 干渉してるでしょ!?」
「ごめん。君の友だちのエミもそうだけど、誘拐されちゃったらもうお手上げなんだ。どこにいるのか、手掛かりさえないんだ」
「あ、そうだ! だとしたら、エミもそこにいる可能性があるっんじゃない?」
「……可能性はあるね」
「だとしたら一石二鳥じゃない。ユート君も、エミも、それに他にも誘拐された人がいるなら、全員助けられるってことでしょ?」
「ああ、アイリは前向きだなあ。でもね、異界なんだ。ボクも怪異ではあるけど、やつらが巧妙に隠した異界を探すのは無理なんだ」
「もう! じゃあいいよ。私が自分で探すから」
「そんなこと言っても……だいたいアイリ、魔法少女に変身できないんだよ、今の状況だと」
「そんなこと関係ない。どこかにその異界に通じる場所があるってことでしょ?」
「ああ、まあ理屈としてはそうだけど……ボクが見つけられないのに……」
「ユートは絶対私が見つけて助け出す! それしかあり得ないから!」
「うーん……そうは言っても」
◆
同じ頃、俺はきさらぎ駅でスレンダーマンの出迎えを受けていた。
まあ、背が高すぎて電車の中からだと胸から下しか見えないけどね。
「あ、あ、あれって何? い、異常に背が高い人がいるけど……」
池谷君、怖がるのは無理もないか。
まあでも、これも俺のせいかもしれないし。
フェイスを呼び込んじゃったのが始まりだもんな。
俺は死んでもいいけど、池谷君だけはなんとか助けられないかな。
……「かっこいいねユート」とか言ってくれないか、アプリ。
つながってないんだもんなあ。
俺、素で闘うのっていくらなんでも無理ゲーか。痛そうだしなあ。
「さて、きょうは魔法少女になっていませんね。まあ仕方ないですかね。あのアプリとやらとの通信が遮断されてしまってますから。でも君、それでもかわいいことには違いありませんね」
スレンダーマンはしゃがみ込み、電車の中をのぞいてそう言った。
いやもう、そんなこと言われてもぜんぜんうれしくないけど。
「うわあああああ!」
池谷君は叫び声を上げてのけぞり、しりもちをついた。
ああ、当たり前だよね。スレンダーマン、顔がないんだから。
「あのさ、俺の同級生を怖がらせないでくれる? それに、俺が目的なんじゃないの? なんで池谷君まで連れてきたのさ?」
俺は精一杯、虚勢を張ってスレンダーマンに突っかかった。
「ああ、その方は、くねくねが見えたんですよね。まあ、魅入られてしまったと言った方が正しいのですが。くねくねの女王が、貢物として連れてきてほしいと望んだのでね」
くねくねの女王? たしか、くねくねはよく出てくるバグデーモンだとは言ってたけど。女王がいたの? 蜂かなんかなの?
「まあ、とにかくここに来たからには逃げられません。ただの人間ではね」
「うるさい! 俺は魔法少女だぞ! お前らなんかに負けるか!」
うう……ヘタレの俺、頑張ってるよな。
「ほう。その勇気、たいしたものです。まあ、そういうところも私が気に入った理由なんですがね」
のっぺらぼうのスレンダーマンの口もとが緩んだような気がした。
勇気? そんなもんあるか!
俺は死んでもいいけど、池谷君は将来があるんだ。
助けなきゃならないんだよ!
「さあ、電車を降りてきてください」
スレンダーマンの声が不気味に響いた。




