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荒廃世界の都市再生  作者: 狂乱ばなな
瓦礫に生きる少年
3/7

命の水

前回のあらすじ:畑を作った。

朝日が、新しく作った家の窓から差し込み、俺の顔を照らした。ゆっくりと身体を起こすと、まだ薄暗い部屋の中に、昨日までの土と汗の匂いが微かに残っているのを感じる。


窓の外には、昨日苦労して耕したばかりの、黒々とした土の畑が広がっていた。広さはまだ数メートル四方しかないが、そこには確かな可能性が秘められているはずだ。ここに作物が実れば、もう毎日トカゲや幼虫を探し回るような生活をしなくても済むかもしれない。そう思うだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。


しかし、その期待と同時に、大きな不安も頭をもたげていた。

水だ。

校舎裏の山からちょろちょろと流れてくる水は畑の脇まで迫っている。だが、その水量はあまりにも頼りなく、日照りが続けばすぐに枯渇してしまいそうだった。水源もかなり山奥にあり、毎回行くこともそこから水を手で運ぶことも時間と労力がかかる。本格的な農業を行うには、もっと安定して、大量の水を確保しなければならない。畑を潤し、俺自身の喉を潤し、そしていつか来るかもしれない「人の生活」を支えるための、文字通りの生命線。


「もっと、ちゃんとした水がなければ……」


呟きは、朝の静寂に吸い込まれた。

家はできた。畑も形にはなった。だが、水がなければ、それはただの絵に描いた餅だ。

俺は、意を決して立ち上がった。今日こそ、この渇きを根本から解決するための行動を起こす。




校舎裏にそびえる山は、遠くから見ると鬱蒼とした森に覆われているように見えるが、実際に足を踏み入れると、大戦の爪痕がここにも深く刻まれていることがわかる。焼け焦げた大木の残骸があちこちに転がり、地面は不自然な凹凸に満ちていた。それでも、瓦礫だらけの平地よりは緑が多く、小動物の気配も感じられる。


俺は、錆びついた鍬を杖代わりに、山道を登り始めた。目的は、昨日までの水路の水源よりもさらに上流、より水量が豊富で、年間を通して安定していそうな新たな水源の発見だ。数日分の干し肉(これまでコツコツと貯めてきたものだ)を服のポケットに入れている。


道なき道を進むのは骨が折れた。急な斜面を四つん這いになって登り、崩れやすい岩場を慎重に渡る。時折、見たこともない色のキノコや、人の背丈ほどもある巨大なシダ植物が群生している場所に出くわした。


「ハァ……ハァ……」


息が切れ、汗が噴き出す。それでも足を止めるわけにはいかない。

二時間ほど登っただろうか。不意に、水の流れる音が大きくなったのに気づいた。期待に胸を高鳴らせながら音のする方へ進むと、目の前が開け、少し開けた岩場に出た。そして、そこには――。


「……あった!」


思わず声が出た。岩と岩の間から、太い水流が勢いよく湧き出している。これまでの水源とは比べ物にならないほどの水量だ。周囲には瑞々しい苔がびっしりと生え、ひんやりとした清浄な空気が漂っている。ここなら、間違いなく安定した水が得られるだろう。


問題は、ここからあの畑まで、どうやってこの水を引くかだ。距離もかなりあるし、高低差も大きい。簡単な水路では、途中で水が失われたり、土砂で埋まったりする可能性が高い。


「もっと頑丈で、長持ちする水路……いや、いっそのこと、一度水を溜めておけるような場所も必要かもしれない」


頭の中で、新たなイメージが形を成し始めていた。それは、これまで作ったどんなものよりも大規模で、複雑なものになりそうだった。岩盤を削り、谷を渡る水道橋のような構造も必要になるかもしれない。

そして、そのイメージが具体性を帯びるほどに、俺の胸は高鳴っていた。




昨日は一度休憩のため家に戻り、今日から、俺は新たな水路の建設に取り掛かった。

まずは、新しい水源の周囲を整備し、取水口となる部分を設ける。単純に口を水源の中につけ、傾斜をつけることで自動で水が流れるようにする。流量の調整はできないが、仕方ない。水が流れぬようひとまず口を閉じた水路をイメージする。能力を発動し、近くにある巨大な岩の形を、崩壊した都市にある側溝のような形状へと変更する。


『――成せ』


念じるたびに、ガッガッガッガッ、という重い衝撃音と共に、イメージ通りの形に水路が形成されていく。水路は畑と違い、建物と認識されたらしい。もし力が適用されなければ、この遠征が無駄になるところだった。少し気が急いているのかもしれない。この力が適用される範囲を検証する時間も今後必要になってくる。


作業を開始して数時間も経たないうちに、激しいめまいに襲われた。視界がぐらりと歪み、立っているのもやっとの状態になる。慌てて作業を中断し、岩陰で休むが、以前のような軽い疲労感とは明らかに違う、身体の芯から力が奪われていくような感覚だった。


「くそっ……なんだってんだ、これは……」


こめかみを押さえ、荒い息を繰り返す。

それでも、作業を止めるわけにはいかない。この水路が完成しなければ、畑はただの乾いた土くれのままだ。

俺は、水を飲み、干し肉を少量かじって無理やり体力を回復させようと試みた。そして、再び能力を使い始める。


水路は、山肌を縫うようにして、ゆっくりと、しかし確実に畑の方へと伸びていった。今日、水源を目指しながら道を確認してきた。その通りにイメージを描いたことが功を奏している。時には硬い岩盤が、時には崩れやすい斜面が、水路へと変換されていく。小さな沢を渡るために石積みの橋のような構造物も作る。そのどれもが、これまでのシェルターや家作りとは比較にならないほどの規模と精度を要求される作業だった。


能力を使うたびに、俺の身体は悲鳴を上げた。

めまいは頻繁に起こり、時には立っていられずにその場にうずくまることもあった。視界が一瞬真っ白になったり、自分が何をしているのか、一瞬だけ記憶が飛ぶような感覚に陥ったりもした。

一日では完成しない。日が暮れると家に帰り、食事もそこそこに泥のように眠り込む。そして朝、鉛のように重い身体を引きずって、再び山へと向かう。


「この力は……何かと、引き換えなのかもしれない……」


作業の合間に、そんな疑念が頭をよぎる。便利な力だと思っていた。だが、これほどの消耗を強いるのなら、それはただ便利なだけでは済まされない、何か重大な意味があるのではないか。

それでも、俺は手を止めるわけにはいかなかった。目の前で少しずつ形になっていく水路が、そしてその先に待つであろう豊かな実りが、俺を突き動かしていた。




五日間の死闘だった。

その間、俺はほとんどの時間を作業に費やし、夜は死んだように眠る、という生活を繰り返した。何度も倒れそうになり、何度も諦めそうになった。それでも、歯を食いしばって能力を使い続けた。


そして、ついにその日が来た。

最後の区画の石組みが終わった。再び新たな水源まできた俺は閉じていた水路の口が開いた状態をイメージし作り直す。新たな水源から湧き出た水が、完成したばかりの壮大な水路を流れ始めた。

俺は、流れる水を横目に見ながら、水路の最終地点、畑の脇に設けた少し大きめの貯水槽まで歩いた。

最初はちょろちょろとしか流れなかった水が、やがて勢いを増し、ザーーという頼もしい音を立てて貯水槽へと注ぎ込まれていく。透明で、冷たく、清らかな水が、あっという間に貯水槽を満たしていく。


「……やった……やったぞ……!」


俺は、膝から崩れ落ちるようにその場に座り込み、水面に映る自分の顔を見た。頬はこけ、目の下には深い隈が刻まれ、まるで何年も歳を取ったかのようにやつれていた。だが、その瞳の奥には、間違いなく歓喜の光が宿っていた。

これだけの水があれば、あの畑全体を潤し、さらに生活用水としても十分に使えるだろう。もう、毎日の水汲みに怯える必要もない。


この達成感は、新しい家を作った時の比ではなかった。自分の限界を超え、何かとてつもないものを成し遂げたという、強烈な充足感が全身を貫いていた。


俺は、貯水槽から溢れんばかりの水を両手ですくい上げ、勢いよく顔を洗った。冷たい水が、火照った肌を心地よく引き締める。そのまま、両手で受けた水をゴクゴクと飲んだ。それは、今まで飲んだどんな水よりも美味しく、身体の隅々まで染み渡っていくようだった。


肉体的な渇きだけではない。この数日間の苦労と不安が、この一杯の水で洗い流されていくような、そんな清々しい感覚だった。

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