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荒廃世界の都市再生  作者: 狂乱ばなな
瓦礫に生きる少年
2/7

食糧問題

前回のあらすじ:拠点を変え、家を建てました。

新しい家の石壁に囲まれて迎える朝は、想像していた以上に穏やかなものだった。昨夜は、久しぶりに熟睡できた気がする。夜行性の獣の気配に息を殺すこともなかった。簡素な木の扉一枚隔てた向こう側が、あの荒廃した世界だということを忘れられるほどではないが、確かにここは「安全な場所」だと感じられた。


木でできた窓の隙間から差し込む朝日が、部屋の床に淡い光の筋を落としている。俺はゆっくりと身体を起こし、伸びをした。昨日までの疲労はまだ残っているものの、気分は悪くない。自分の手で、自分の意志で作り上げたこの家が、ささやかな自信を与えてくれているのかもしれない。


それでも、朝の静寂は容赦なく孤独を際立たせる。この3年、毎日胸をよぎる寂寥感。

かつて両親や他の家族と暮らしていたシェルターでは、朝はいつも誰かの話し声や、子供たちのはしゃぐ音で満ちていた。それが当たり前だった。家が大きくなったことでさらに空白が目立つからかもしれない。


「……家はできた。だが、これだけでは人の生活とは言えないな」


ぽつりと呟いた言葉は、誰に聞かれることもなく壁に吸い込まれて消えた。

昨日、この掘っ立て小屋が完成した時の達成感は本物だった。獣のような生活からは、確かに一歩抜け出せたはずだ。しかし、この胸にぽっかりと空いた穴は、この力だけでも埋められないらしい。




腹の虫が、ぐう、と鳴った。

昨日の夕食は、裏山にいた小さな幼虫と、グラウンドまで流れてくる水をたどって見つけた水源で飲んだだけ。新しい家を作った興奮と疲労で、あまり空腹を感じなかったが、一夜明ければ現実が押し寄せてくる。生きるためには、食べなければならない。


今の食料調達は、あまりにも場当たり的だ。仕掛けた罠に何かがかかるのを待つか、食べられそうなものを探して瓦礫の山や裏山をさまようか。運が良ければトカゲやネズミのような小さな獲物にありつけるかもしれないが、何日も何も口にできないことだってある。これでは、いつ飢え死にしてもおかしくない。今まで生きてこれたのも偶然の積み重ねに過ぎない。


「安定した食料……それこそが、人間らしい生活の基本だ」


父さんが、よくそう言っていた。シェルターでは、小さな畑を作り、乏しいながらも野菜を育て、計画的に狩りも行っていた。もちろん、それでも食料が十分だったわけではない。だが、少なくとも今日食べるものが全くない、という恐怖は、今よりずっと少なかったはずだ。


俺は、学校のグラウンドを見渡した。広大な、しかし今はただ瓦礫と雑草に覆われただけの土地。ここを畑に変えられないだろうか。幸い、校舎の裏山からは水も流れてきている。日当たりも悪くない。もし、ここで作物を育てることができれば……。


考えただけで、少しだけ胸が躍った。自分の手で食料を生み出す。それは、この荒廃した世界で生きる上で、何よりも確かな力になるはずだ。


決意は固まった。始めよう、人の生活を。




農業の知識は、かつてのシェルターで両親と他家族がしていたものを見たことがある程度しかない。それでも、何もしないよりはましだろう。

まずは畑作りだ。頭の中で、理想の畑のイメージを思い描く。広さは、とりあえず俺一人が食べる分を賄える程度。水はけを考えて、少しだけ傾斜をつけ、畝の形や日当たりも考慮する。


「……よし、こんな感じか」


イメージが固まると、俺はグラウンドの一角に立った。そこは比較的瓦礫が少なく、土が露出している場所だ。


『――成せ』


念じると、周囲の瓦礫がゴトゴトと音を立てて動き出す。だが、いつまで待ってもイメージ通り完成しない。昨夜建てた家よりは時間がかからないはずだ。

期待に反して、地面の瓦礫が少し持ち上がっては落ちる、というような中途半端な動きを繰り返すばかりで、畑らしい形にはなっていく気配がない。


「まさか……」


この能力は建物に限るのではないか、そんな疑問が頭に浮かぶ。昨日の今日でいきなり力がなくなったことも考えられるが、周囲の瓦礫がゴトゴトと動き出す様子はあったのだ。力自体は生きているのだろう。だったら考えられることは建物以外には適用されない。かなりピーキーな力なのかもしれない。畑は、「建物」とは認識されないのだろうか。


一度やめよう、と力を使うことを諦めた途端、ズキン、とこめかみに鋭い痛みが走った。同時に、足元がふらつくような感覚。


「うっ……」


思わず膝をつきそうになるのを、なんとか堪える。


「少し、動きすぎたか……?」


力を使うたびに感じるこの奇妙な疲労感。新しい家を作った昨日もそうだったが、今日は特に強く感じる気がする。まるで、身体の奥から何かがごっそりと抜け落ちていくような、嫌な感覚。

俺は、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。気のせいだ、と思いたかった。ただの疲労だと。




力が使えないなら自力で作るしかないだろう。

手だけで畑を作ることは大変だ。俺はまだ崩壊しきっていない校舎の中に道具が残っていないか探索した。かつて学校では畑を作っていたらしい。畑を耕すための道具の一つや二つぐらい残っていてもおかしくない。


校舎の残骸は、いつまた崩れてもおかしくないほど脆くなっている。慎重に足場を選びながら、埃とカビの匂いが充満する内部へと進む。割れた窓ガラスの破片が床に散らばり、風が吹き込むたびに不気味な音を立てていた。

いくつかの教室を覗いたが、ぼろぼろになった机や椅子が散乱しているだけで、めぼしいものは見つからない。昔はここで、俺と同じくらいの年の子供たちが勉強していたのだろうか。そんなことを考えると、胸が詰まるような思いがした。


三十分ほど探索すると、倉庫だったらしい部屋で、鍬を一つと小さなスコップを三つ発見した。どちらも柄は木製で、金属部分は赤黒く錆び付いてはいるが、まだ使えそうだ。グラウンドを耕すのに支障はないはずだ。これだけでも大きな収穫だった。


道具を手にした俺は家に戻ってきた。


ようやく畑づくりを始められる。




スコップを手に、まずはグラウンドの表面を覆う硬い土や雑草を取り除く作業から始めた。鍬を振り下ろすが、乾燥しきった地面は石のように硬く、刃がなかなか食い込んでいかない。


「くっ……硬すぎる……!」


渾身の力を込めて鍬を打ち込むたびに、手に鈍い衝撃が走り、額からは汗が噴き出す。かつてのシェルターの周りは、比較的土が柔らかかったのだろうか。それとも、あの頃はまだ体力があったのか。学校のグラウンドが、これほどまでに硬いとは予想外だった。

一時間ほど格闘したが、耕せたのはほんのわずかな面積だけ。このペースでは、小さな畑一つ作るのに何日、いや何週間かかるかわからない。


おれはグラウンドの前で立ちすくしていた。


考える。どうすればいいか。地面を柔らかくするには。


そこでふと思い出した。前のシェルターで一人暮らしをしていた時、力の検証のためいくつか同様のシェルターを建てたことがある。その際、住んでいるシェルターはいらないからと、崩れるイメージを描いて力を使ってみたのだ。すると、コンクリートは粉のようになって崩壊し、鉄筋だけが取り除かれた。この力は建てるだけでなく壊すことにも特化していると感動したものだ。当時は鉄筋が取り出せたことで動物を殺す際に楽になると喜び、粉となったコンクリートのことは頭から抜けていた。


それを試してみたらどうだろうか。グラウンドの土で家を作り上げ、それを崩壊させる。そうすれば硬いグラウンドの土が粉となって柔らかくなるのではないか。

俺の力は「建物」に特化している。ならば、土を「建物」として一度認識させ、それを「崩壊」させれば、土そのものを加工できるかもしれない。


どうせこのままでは一生かかっても畑なんてできない。やってみよう。


まずは土でできた箱のような建物をイメージする。どうせ壊すんだから窓も扉もいらない。なんなら中の空洞もいらない。四角いブロックでいいだろう。そのイメージだけなら簡単だ。五分もかからずイメージが完成した。


『――成せ』


グラウンドの土がジャリジャリと音を立てて動き始める。硬かったはずの地面の表層が、まるで意思を持ったように盛り上がり、みるみるうちに巨大な土の塊へと姿を変えていく。簡単なイメージだったからだろうか、それほど時間はかからず、俺の目線と同じくらいの高さ、手を目一杯広げたほどの横幅の巨大な土のブロックが、目の前に完成した。


次は壊すイメージだ。目の前の土のブロックが粉となり崩れるイメージを思い浮かべる。土の山ができあがるようなイメージだ。今回も大した時間はかからず、イメージが完成した。


『――成せ』


壊すのに「成せ」という言葉はふさわしくない気もするが、なんとなくこのワードが力を使うときにしっくりくる。

土のブロックが、今度は内側から崩壊するように、パラパラと粒子状になっていく。そして、ものの数分で、あれだけ硬そうだった土の塊は、完全に崩れてさらさらとした細かい土の山へと変わった。


「……やった!」


思わず声が出た。あれだけ硬かったグラウンドの上に、ふかふかとした柔らかそうな土が大量に積もっている。これなら畑になるかもしれない。

しかし、喜びも束の間、強いめまいと、身体の芯から力が抜けていくような感覚に襲われた。


「ぐっ……やっぱり、これ、ただの疲れじゃない……」


壁に手をつき、荒い息を繰り返す。能力を使うたびに、確実に何かが削られている。まだそれが何かは分からないが、良くないことだという確信だけがあった。

それでも、今は目の前の土の山が希望だった。


少し休んでから、俺は発見した鍬とスコップを手に取った。

先ほどまでの硬さが嘘のように、鍬は面白いように土に食い込み、スコップは簡単に土を掘り起こせた。柔らかくなった土を平らにならし、畝の形に盛り上げていく。額からは汗が流れ落ち、腕はパンパンに張っているが、不思議と苦ではなかった。自分の手で、少しずつ畑が形になっていくのが嬉しかった。


日が傾き始め、空が茜色に染まる頃には、小さな畑が一応の形を成していた。広さはまだほんの数メートル四方だが、そこには確かに、俺がこれから生きるための「土壌」ができていた。

不格好な畝、石ころの混じった土。それでも、それは俺自身の力と、そしてあの不思議な「力」の合作だった。


俺は、泥だらけの手の甲で汗を拭い、完成したばかりの畑を眺めた。

達成感が胸を満たす。しかし、その達成感は、すぐに静かな寂しさに取って代わられた。

この喜びを分かち合う人は、ここにはいない。

「母さん、父さん……見てるか? 俺、畑を作ったぞ」

呟いた言葉は、風に流されて消えていった。


これから、ここに何を植えようか。種はどこにあるのだろう。水路も作らなければ。

考えることは山積みだ。そして、それら全てを、俺は一人でやっていかなければならない。


それでも、俺は鍬を置かなかった。

日が完全に沈むまで、少しでも畑を広げようと、黙々と土を耕し続けた。

獣ではない、人間として生きるために。

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