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荒廃世界の都市再生  作者: 狂乱ばなな
瓦礫に生きる少年
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瓦礫に生きる少年

処女作です。

乾いた風が、頬を撫でて通り過ぎていく。その風はいつも、瓦礫の山から立ち上る埃っぽい匂いと、遠くから運ばれてくる微かな腐臭を運んでくる。俺は、もう何度目になるかわからない目覚めを、自作のシェルターの中で迎えた。


シェルターと言っても、パズルのように瓦礫を組み合わさり、風雨をしのげるようにしただけの粗末な空間だ。元々高層ビルの壁だったコンクリートを利用し、拾い集めた鉄板や木材の破片でどうにか扉や窓を作った。隙間風は防げているものの、断熱材のないそのシェルターは夏は暑く、冬は冷え込む。それでも、剥き出しの土地で眠るよりは遥かにましだった。


物心ついたころから、この瓦礫だらけの世界が日常だった。両親がいた頃は、もう少しマシな場所に住んでいた。生き残った数家族で元々公園だったであろう場所に大きなシェルターを建て、そこに寄り添うように暮らしていた。でも、それももう三年も前の話だ。




ゆっくりと身体を起こすと、全身の関節が軋むような音を立てた。ろくな寝床じゃない証拠だ。シェルターの窓から、白茶けた空の色が見える。今日もまた、同じ一日が始まる。


まずは水汲みだ。この辺りで比較的安全な水が手に入る場所は限られている。シェルターから5分ほど歩いた、ゴーストタウンと化した住宅街の一部に、小さな井戸があり、僅かに水が湧いている。そこまで行くのに、瓦礫の山をいくつも越えなければならない。


拾い物の、ところどころひび割れたプラスチックの容器を手に、俺はシェルターの外に出た。見渡す限り、灰色と茶色の世界が広がっている。かつてここが「サイタマ」と呼ばれていた場所で、たくさんの人々がビルを建てて暮らしていたなんて、今の景色からは想像もつかない。高層ビルだったものの残骸が、歪んだ墓標のように空に向かって突き出ているだけだ。その多くは、いつまた崩れてもおかしくないほど風化している。


遠くの空は、いつも不気味な黄色みを帯びた灰色だ。父さんが「あっちには行っちゃいけない。空気が悪いし、一度行ったら戻ってこれなくなる」と何度も言っていた。汚染された土地なのだろう。風向きによっては、鼻をつくような異臭が漂ってくることもあった。


使える機械なんてものは、この世界にはほとんど残っていない。もしあったとしても、それを動かす電気が失われている。火をおこすのにも、乾燥した木屑と火打石代わりの硬い石を打ち合わせる昔ながらの方法しかない。その木屑すら、最近は手に入りにくくなってきた。




水汲みを終え、シェルターに戻る。今日の食料は、昨日仕掛けておいた簡単な罠にかかった、手のひらサイズのトカゲのような生き物だけだった。皮を剥ぎ、串に刺して焚き火で炙る。パチパチと音を立てて燃える火を見つめていると、不意に両親の記憶が蘇った。


『昔はね、もっと緑が多くて、空も綺麗だったのよ』

母さんは、瓦礫の中から見つけ出した、色褪せてボロボロになった絵本を俺に見せながら、よくそんな話をしてくれた。絵本には、青い空の下で笑う子供たちや、色とりどりの花が咲き乱れる野原が描かれていた。俺には、それが現実のものだとは到底思えなかったけれど、母さんの話を聞くのは好きだった。


『第3次世界大戦が起こる前は、夜でも街は星みたいに明るくて、飛行機が空を飛んでいたんだ』

父さんは、少し寂しそうな目で遠くを見ながら、そんなことを呟いていた。俺が「飛行機って何?」と聞くと、困ったように笑って説明してくれた。今では見ることのない巨大な機械が巨大な建物の中に存在し、生活に根付いていたなんて想像もできなかった。でも見たことのない四角いだけの建物を想像しながら、そこで静かに両親と暮らしたい、なんて贅沢な夢を思い描いていた。


その両親も、もういない。

三年前、食料を探しに、例の汚染された土地の境界線近くまで行ったきり、戻ってこなかった。俺は後を追おうとしたけれど、他の大人たちに止められた。二日後、大人たちが組んだ小さな捜索隊が見つけてきたのは、二人が持っていったはずの水筒だけだった。汚染された何かを吸い込んだか、あるいは不運にも危険な場所へ足を踏み入れてしまったのだろう、と。


そこからは一人での生活が始まった。シェルターにいた他の家族が毎日話しかけてくれたが、両親を失ったばかりの俺には空虚な音となって通り過ぎただけだった。


そんな自暴自棄のような生活を数ヶ月過ごしたある日、俺たちの小さな集落を、大規模な瓦礫崩落が襲った。

それは、大戦の傷跡が数百年経った今でも、この大地を蝕んでいる証拠だったのかもしれない。轟音と共に地面が揺れ、今まで安定しているように見えた巨大なビルの残骸が、ゆっくりと、しかし抗いようのない力で俺たちのシェルターに迫ってきた。逃げ惑う人々の悲鳴。母さんを呼ぶ子供の声。何もかもが土煙に包まれていく。俺も、崩れてくるコンクリートを前に呆然とし、身動きが取れなくなった。空虚だった心に死という絶望が舞い込む。こんなところで、ただ瓦礫に潰されて死ぬのか、何も成し遂げられず何も手に入れられず終わるのか、と。


『嫌だ……死にたくない……! もっと、ちゃんと壁があって、屋根があって、こんなものに潰されない、安全な場所があったなら……!』


心の中で、ほとんど無意識に叫びながら、かつて父さんと話しながら思い描いた四角い箱のような住居を思い浮かべていた。ただ、生き残りたい、守られたいという強烈な願いだけが、頭の中で渦巻いていた。


次の瞬間、目の前にあったはずの瓦礫が、まるで意思を持ったかのように動き出したのを、俺は確かに見た。いや、見間違いだったのかもしれない。土煙と混乱の中で、俺は何が起こったのか正確には理解できなかった。ただ、気づいた時には、俺の周りだけが、奇跡的に空間を保っていた。まるで、何かの硬い殻に守られるように。そして、俺を押し潰そうとしていたコンクリートの塊は、その殻の一部となっていたのだ


九死に一生を得た俺は、その殻の中から這い出し、呆然と周囲を見渡した。シェルターは壊滅していた。生き残ったのは、俺だけ。そして、あの時俺を守った殻は、冷静になってからよく見ると、あの時崩壊途中であった高層ビルの外壁が組み合わさってできた、いびつだが頑丈なドーム状の何かだった。


あれが、俺の最初の「創造」だった。




そんな過去を思い出していると、炙っていたトカゲが焼けた匂いがしてきた。慌てて火から上げる。量は少ないが、貴重なタンパク源だ。よく噛んで、ゆっくりと飲み込む。


今のシェルターは、あの最初の殻に瓦礫の中から見つけた鉄板や木の板を使って、少しずつ改良を加えたものだ。それでも、雨風をしのぐのがやっとで、夜には遠くの瓦礫の山の向こうから、獣の鳴き声が聞こえてくる。その声は、まるで世界が終わった後の静寂を切り裂くように響き渡り、俺の心を不安で満たす。食料だって、いつまで見つけられる保証はない。両親や他の家族と暮らしていた頃は曲がりなりにも野菜を栽培し、計画的に獣を狩ることもできていたが、今はたった一人だ。他に生存者がいるのかもわからない。


「やっぱり、ちゃんとした家が欲しい……」


ぽつりと、独り言が漏れた。獣のような生活ではなく、もっと安心して眠れて、暑さや寒さの心配もなく、できれば火を焚く場所も中にあるような、そんな家が。三年前までは当たり前だった、人の生活。それを取り戻したいという渇望が、日増しに強くなっていた。


父さんや母さんが生きていたら、きっともっと良い生活をできていただろう。でも、もう彼らはいない。俺は一人で生きていかなければならない。そして、生きるためには、この過酷な環境に適応するだけでなく、少しでもマシな環境を自分で作り出すしかないのだ。


幸い、俺にはあの「力」がある。

まだ完全には理解できていないけれど、頭の中で建物の形を間取りから柱の一本まで具体的に思い浮かべ、強く念じると、周囲の瓦礫や石が、ひとりでにその形に組み上がっていく。まるで、見えない巨大な手に操られているかのように。「力」を検証するため、同様のシェルターをいくつか建ててみたが、一人で住むだけなら一つで充分であり、あの崩壊から免れるために創造したシェルターに今も住み続けている。罠や剣も自動で作れるのでは?なんて心躍らせたが、できるのは建物だけ。建物を創造することに特化した「力」だ。




俺は立ち上がった。決意は固まった。今日こそ、ちゃんとした家を作る。


まず、場所の選定だ。今のシェルターは、高層ビルが崩壊した後に残された大きな瓦礫の陰にあって目立たないのは良いが、少し瓦礫が不安定な気がする。いつまた崩れてもおかしくはない。それに、水場からも遠い。もう少し水場に近くて、比較的平らで、そして何よりも、大きな瓦礫が崩れてくる心配のない場所。


3日かけて、俺は新しい家の建設場所を見つけた。そこは、今のシェルターから2時間ほど離れた、かつて学校だったと思われる開けた場所だった。校舎は風化し、崩れている。近くに高層ビルや巨大な建築物はなく、グラウンドは広いため、建物に加え、農業としても使えるスペースも確保できそうだ。ここなら、前の場所よりは安全だろう。校舎の裏には山があり、そこから水が崩壊した校舎の瓦礫の隙間を縫うように、グラウンドまで流れてきている。


学校跡地を新たな住処として選定した翌日、シェルターで朝のルーティンを終えた俺は再び訪れていた。まずは家を建てなければならない。衣食住が人には必要だ。獣の生活を脱却するためにはまず住を充実させる。この3日間で理想の家の構想はできあがっている。

それをイメージする。目を閉じ、意識を集中する。最初は漠然としたイメージだったが、徐々に細部が明確になっていく。壁の厚さは熱を感じにくいよう厚めに、屋根は太陽の方向に、入り口の位置は校舎と向かい合う位置に、小さな窓も欲しい。中には、火を焚ける炉のようなスペースも。大きさは、俺一人が暮らすには十分すぎるくらいだが、将来もし誰かと一緒に暮らすことになったとしても(そんなことがあるとは思えないが)、困らない程度の広さがいい。


『昔、母さんが見せてくれた古い絵本にあった家は、こんな感じだったろうか……』


そんなことを考えながら、イメージを完成させていく。それは、本当に原始的な、石と木を組み合わせただけの小屋に近いものだったが、今の俺にとっては、夢のような豪邸に思えた。


イメージが頭の中で完全に定着する。


いよいよだ。

俺はもう一度強く意識し、元々校舎であった瓦礫の山に手をかざすようにして、念じた。


『――—成せ』


この能力は、全く何もないところから物を生み出すわけではないらしい。あくまで、周囲にあるものを「組み替える」力。だから、家を作るには、それなりの量の石や瓦礫、そして木材が必要だ。そういった点でも学校跡地は好都合だった。


『コンクリートの塊も、中の鉄筋が錆びてボロボロになっているものが多いな。この「力」は瓦礫の性質を改変したり、別の素材に改造することなんてできないところが不便だ。ただただ組み替えるだけなんだよな。』


それでも、ここはもともと学校だった場所だ。膨大な瓦礫の中には、比較的状態の良いコンクリートの破片、風化の少ない石、そして裏山には木がある。


ゴゴゴゴ……と、低い地響きのような音がして、瓦礫の山がゆっくりと動き出す。石が、鉄が、木材が、まるで生きているかのように持ち上がり、イメージ通りの位置へと寸分の狂いもなく組み合わさっていく。俺はただ、その光景を見守るだけだ。何度経験しても、この光景には慣れない。自分の力でありながら、どこか自分のものではないような、畏怖にも似た感覚を覚える。


作業は数時間続いた。完全に日が沈み、周囲が暗闇に包まれた頃、ついに俺の理想の家が完成した。

それは、イメージ通り、石と瓦礫を積み上げた壁に、太い木材で組んだ屋根を乗せた、質素だが頑丈そうな建物だった。こういう形の家をかつては掘っ立て小屋といったらしい。本来は全て木材のことが多いと母さんは言っていたが、贅沢は言ってられない。裏山の木もそこまで多くはないのだ。小さな窓が一つと、木の板で作った簡素な扉もついている。


俺は、恐る恐るその扉を開けて、中に入った。

ひんやりとした石の壁に囲まれた空間は、シェルターとは比べ物にならないほど安心感があった。広さも十分だ。真ん中には、ちゃんと炉を作るスペースも確保されている。


「……家だ」


思わず、声が漏れた。自分の家だ。たった一人だけれど、ここが今日から俺の家なのだ。


シェルターで、獣のように眠る生活はもう終わりだ。そう思うと、胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。それは、達成感と、ほんの少しの安堵感、そして、微かな希望だったのかもしれない。

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