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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第一章 ふしぎな冒険
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第一章 ふしぎな冒険(8)

 ぼくたちは、すぐに引き返し、崖の方の出口に戻り始めた。マリを連れて山賊の群れの中を突っ切るのは避けるべきだ。ぼくと驍嚇の意見は、一致していた。

 このまま何もなければ。

 そう願う時ほど、良くないことは起こるものだという。そんなことを考えながら、ぼくは歩いた。良くない予感が、確かにちりちりと背筋を焼いていた。

 出口はそう遠くない。分岐点まで戻って、そこからは一本道だ。迷うこともあり得ない。それなのに、なぜか出口がひどく遠いもののように思えた。

 分岐点まで戻ってきた。一本道の先を見る。前方に敵の気配はなかった。鎧が投影するマップにも、赤い点はなかった。

 それでも、一本道のむこうから、それは飛んできた。ぼくはそれを矢だと思った。けれど、それには鏃はなくて、ただ、抜けた鳥の羽根のようなものだけが、まるで針のように、羽柄うへいの先端を先にして飛んできた。

 乱れ撃ちにされた弾丸のように、無数に鳥の羽根はやたらと飛来した。それでも、ぼくの鎧は鳥の羽根が刺さるようなものではないらしく、すべて弾き返してくれたから、無視して先を急いだ。何が飛ばしてきているのかは分からないけれど、鎧がその存在を認識しない以上、銃で反撃するのも、難しそうに思えたからだ。兎に角、相手を捕捉しないことには、打つ手がなかった。

 驍嚇の表皮を貫く程の威力もないらしく、彼もマリをさっと背後に降ろし、庇いながら平然と鳥の羽根の弾丸の中を歩いた。驍嚇には遠距離戦ができるような装備もなく、ぼく以上に相手に近づかなければ話にならないからというのも、たぶん、あったのだろう。

「俺の陰から出るんじゃねえぞ、マリ」

「ハイ、アニさん」

 二人の間には、確固とした信頼関係が存在しているようだった。驍嚇の言葉にマリは素直に従っていて、驍嚇の背後にぴったりくっつくように、マリも彼が進むのに歩調を合わせている。

 ぼくは、早足で近づき、走りはしなかった。罠が待ち構えている可能性が捨てきれなかったからだ。気は急いたけれど、それに負けたら、きっとピンチに陥るのはぼくだけじゃ済まない予感があった。

 それでも、少しずつ相手の姿は見えてくる。床に四足をつけた、獣のようだ。黒い靄のようなものを湧き立たせた姿をしているせいで、なかなかよく見えなかったけれど、その背に生えた鳥の羽根から、無尽蔵に羽根を飛ばしてきているのだということも分かった。

 次に分かったのは、こちらを睨みつける猿面の頭部だった。そして、全容が見えると、相手が狼か犬の体を持ち、猿面の、鳥の羽根を生やした獣だということが分かった。あんな生物を、ぼくは知らない。

「なんだ、あれ」

 ぼくの口から、困惑の呟きがこぼれ出る。奇怪極まりない相手に、ちょっとだけ怯んだ。

「分からん。が、想像はつくぜ。頭は猿、体は犬、翼は雉だ。まあ、所謂、物の怪だな」

 正体までははっきり分からないみたいだけれど、驍嚇には、何となくながら、思い当たることがあるらしかった。

「胸糞悪いなおい。こんな醜悪なバケモンじゃなかったろ。最後に見た時はそうだったぜ」

 そう言いながら、驍嚇は足を止めなかった。いつの間にか足が止まってしまっていたぼくとは対照的に。マップ上に、やっぱり赤い点はない。獣はすぐそこにいるというのに。鎧は、敵としてそれを認識していないばかりか、存在するら感知していなかった。

「まるで現実には存在していないみたいだ」

 ぼくが状況の感想を漏らすと、

「間違ってねえぜ。非現実の概念ってやつさ。誰かの妄想ってやつだ。物の怪らしい話さ」

 驍嚇はそう笑った。まだ彼には余裕があるようだった。ぼくの常識からすれば、それを言ったら、鬼もそうなんじゃないかと思えそうなものだけれど、そうでもないらしい。

「物の怪はぶん殴れねえ。実在してねえからな。殴れるもんは実在してるもんだ」

 というのが明らかな違いなんだそうだ。でも、飛んできている羽根は、確かにぼくたちに当たっていると思うんだけど。どういうことなのか、ますます分からない。

「じゃあ、羽根はなんでぼくたちに当たるんだ?」

 勿論、聞いてみた。物の怪の獣が動く気配はなく、相変わらずぼくたちには効いていない羽根を飛ばし続けるだけだ。そのことで逆に、相手は得体のしれないも獣なのだだと、ぼくには感じられた。

「羽根に見えてるだけだ。実際に当たってるのは障りさ。穢れとか、呪いみたいなもんだ」

 と、驍嚇は教えてくれた。鬼という粗暴そうな存在なのに、彼は予想外に博識だった。

「俺にはそんなもんは効かん。その鎧に何かの守護を感じる。だからお前にも効いてねえ」

 それで。ぼくはヒノに守られていたって訳だ。嬉しかった。心強さが増した気がして、もう一度踏み出す気力が出る。ちょうど、驍嚇と横一列に並んで進む状態になった。

「あいつ、あれしかできないのかな」

「かもしれん。分からん」

 そんな会話をしたものの、突破しなければ脱出できないことだけは間違いなかった。銃は相変わらず獣を狙えず、トリガーを押しても、弾が出る気がしない。もうすぐ獣は目の前だ。

「どうすればいいんだろう」

 倒せるものなのか、まったく分からなくて、ぼくには驍嚇に聞いてみるしかなかった。驍嚇にも確かなことは言えないのだとは分かっていたけれど、ここで足止めという訳にはいかないことだけは分かっていた。

 まだ背後から近づいてくる赤い点もない。山賊たちには気付かれていないようだ。それとも、気付いているけれど関わり合いになるのを避けているのだろうか。確かなことは分からないけれど、今のうちに退散すべきだということだけは確かだと思えた。

「鎧はなんて言ってる? なんかこう、良い提案とかしてくれてねえのか?」

 驍嚇もお手上げのようだった。相手は目の前だというのに、このままじゃ前に進めなくなるだけだ。ぼくたちだけなら兎も角、マリが危ない。

「それが、鎧は何かがいるって、感知してくれていないんだ」

 正直、そう言う他なくて、ぼくも困り果てるばかりだ。けれど、羽根は確かに当たっている。そのあたりから、攻撃されていると、鎧が判断してくれないかと、思いついた。

「何か分からない相手から、謎の攻撃をうけている。なんとかならない?」

 ヒノなら、こういう事態も見通しているのではないか、という期待があったのも事実だ。勿論ヒノにだって、想定外ということはあるかもしれないけれど、ぼくにはこれ程盛大に非現実的な相手のことを、見通し損ねるとは思えなかった。

『攻撃の種別を判別できません。対処不能』

 鎧が返答として表示したメッセージは無慈悲だった。何の解決にもならなかった。

「対処不能って、それじゃ困るよ」

 流石に、ぼやきも出た。最後の望みが断たれたような、絶望的な気分だ。いよいよ、ぼくは進退窮まったと呻いた。けれど、驍嚇が、ぼくの言葉に別のことに気付いた。

「待て。対処不能ってことは、攻撃されてるってことは認識してねえか?」

 というのだ。確かに。鎧は攻撃種別が分からないと言っている。ということは、攻撃されているってことは、理解しているのだ。

「どうしたらいい?」

 少し冷静さを取り戻せた。対処不能な状況だから脱する提案なら、あるかもしれないと、ぼくも思い直した。

『応戦せず、帰還することを提案。転送プロセスを開始しますか?』

 と、鎧は言う。逃げろ、と。どうやら、鎧が連れ帰ってくれるらしい。ヒノが待っている、あの家に戻れるということだと、ぼくは解釈した。

「ちょっと待って。驍嚇とマリも連れて戻りたい」

 ぼくが鎧に尋ねる。鎧は再び無慈悲な渓谷を返した。

『女性は人間である為、随伴が許可されています。男性は幻想生物である為、連れ帰ることが、許可されていません』

 連れて行くのなら、マリだけにしておけ、と。驍嚇は、連れて戻れないらしい。ぼくは息を飲んだ。

「どうした?」

 何かを察したらしい、低めの声色で、驍嚇に聞かれた。正直に答えるしかない。ぼくはそれ以外の答え方が、思いつかなかった。

「離脱できるらしいんだけど。マリは連れて行ける。でも、驍嚇は、駄目だって」

 ぼくの答えに、

「そうか」

 驍嚇は、そんなことか、と感じているかのように頷いた。

「マリを頼む。行け」

 驍嚇は、それだけ言った。自分だけなら、残されてもどうにでもなる、と言いたいようだった。

「でも」

「アニさんがそういうなら、アニさんは、だいじょうぶデス。行きまショウ」

 反論としたぼくの言葉を、他でもないマリが遮った。本当に驍嚇のことを信頼しているのだと分かる。ぼくは、反論できなくなった。

 それに、他に、選択肢も、なかった。

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