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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第一章 ふしぎな冒険
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第一章 ふしぎな冒険(7)

 入ってからしばらく歩くと、散在するつらら石や石筍、石柱などが邪魔で、時折屈んだり、半身になったりしないと、驍嚇には通れない場所が増え始めた。

 今のところ、分かれ道もない。天井も高くなったり低くなったりはあったけれど、大きな変化というほどじゃなかった。鍾乳洞の中の空気は冷たくて、湿っている。

 驍嚇とのコミュニケーションはもっぱら身振り手振りで行い、言葉は交わさない。今のところ生物の気配はないけれど、ぼくも敵がいる状況なんて初めてのことだから、自分の感覚がどこまであてになるのかも不確かだった。

 前方の構造は、空中に鎧が投影してくれているマップ表示で知ることができる。全体構造も同じだから、例え分岐があったとしても迷う心配はない。万が一山賊に遭遇したとしても、ぼくには驍嚇という頼りになりそうな味方もいる。とても心強い思いがした。

 どのくらい歩き続けたあとだろう。マップの先に、変化があらわれた。分岐だ。

 どうやら部屋のような大きな空間が連なっているエリアみたいで、中央の壁を回り込むように、左右に部屋の連なりが分かれていた。そして、見慣れない表示も、近距離マップ表示の端に、鎧は映し出した。赤い点二つに、緑の点ひとつだ。赤い点はランダムに動いていて、緑の点は動いていない。一体何だろう。ぼくにはすぐにその表示の意味が理解できなかった。けれど。

 ヒゥ……ン、と微かな音が手元で鳴った。

 小さな音を上げて、手に下げた銃が勝手に動き始めたのだ。手を離れて飛んで行ったりはしなかったけれど、ちょうど持ち手の下あたりで、円形のパーツが埋まっているように出っ張りができたかと思うと、急に回転し始めたのだ。

『READY』

 鎧が投影する表示にも、そんな文字が点滅する。撃てる、という意味だとは、なんとなく察した。

「……」

 でも、撃っていいのだろうか。いやそれ以前に、そういえば、そもそも、引き金のようなものが、ヒノが貸してくれた銃には見当たらない。ぼくがどうしていいのか分からず、首を傾げると、鎧の方がその行動の意味を理解したように、宙に銃を抱えた人体図のようなものを表示した。どうやら、銃をどうやって使うかの説明表示らしい、と解釈する。

 試しに、表示の通り、銃を抱えてみた。すると、次に、右に向けた矢印が表示される。そちらに向けろ、というのだろう。ぼくは銃を抱えたまま、その場で右を向いてみた。

 行き過ぎたらしい。矢印が左に変わる。矢印のガイドを頼りに、左を向いたり、右を向いたりと微調整をしていく。ぼくのそんな様子がおかしかったらしく、短く、驍嚇が吹き出し笑いを漏らしたのが聞こえた。

 慣れてないんだから仕方ないだろう。文句を言いたかったけれど、なんとか我慢する。とにかく、なんとかちょうど鎧も満足してくれる向きに調節できると、空中に投影している表示が、すべて赤色に変わった。その中に、一つだけ目立つ、緑色のままの図解が表示される。ぼくが抱えている銃の絵だ。下側に引っ張り出せるグリップがあるから、それを起こせ、という指示だった。勿論、ぼくはそれに従った。

 グリップには、引き金ではなく、スイッチ型のトリガーが付いていた。投影された表示にも、それに指を掛けてグリップを握り、そのまま押し込め、と指示された。間違いなく、銃を撃つ動作だ。

 いいのだろうか。もう一度、ぼくは躊躇したけれど、迷っている間にも、驍嚇の妹さんが危険な目に遭わされているかもしれないのだと思い出し、怖がっている場合じゃないんだと気付く。銃を持って、山賊の蔓延る鍾乳洞内に連れ去られたのだろう妹さんを助けに来たのだから、山賊を撃てないなんて甘えてはいられないのだ。

「よし」

 口の中で、呟きが漏れた。ほとんど声にはならなかったのは幸いと言って良かったのだろうか。ぼくは銃を抱えた腕でグリップを持ち、覚悟を決めて、トリガーを握り締めた。トリガーは抵抗もなく、人の命を奪う動作だということを考えれば、あまりにも軽かった。

 反動もなかった。銃を撃ったという感覚でもなかった。銃身の先から、何か小さな塊が飛び出して、不規則で複雑な軌道を描きながら、自ら障害物を避けて右側の部屋の方へと、飛んで行った。弾といっていいものなのだろうか。ぼくがピンとこないでいる間にも、飛行する物体は物陰に見えなくなり、銃のトリガーがひとりでに指の下で押し戻された。表示は、また、トリガーを押すようせがむように、その動作を表示し続けた。

 そういうことか。僕も気付いた。赤い点はふたつあった。敵がもう一人いるってことだ。ぼくはあわててもう一度トリガーを押し込み、また、銃弾か何か定かでないものが、先程と同じように、銃口から飛んで行った。

 トリガーを押せという表示が消える。それと同時に、鍾乳洞の暗がりの奥から、

「ぎゃああ!」

 男の悲鳴が聞こえてきた。マップ上の赤い点がひとつ、消えた。

「何、誰だ?」

 という声も聞こえたけれど、その声もすぐに悲鳴に変わった。

「ぐわっ! がああっ!」

 という声が響き、同時に、もうひとつの赤い点も、消滅した。鍾乳洞には静寂が戻り、ぼくは自分がとんでもないものを持たされたんじゃないかとやっと気づいた。

「これ……相手に向けてちゃんと狙わなくても、適切な方向に撃てば、当たるみたいだ」

 しかも弾の方が曲がって勝手に障害物を避けてくれる。そんな銃は、もちろん聞いたことがない。

「たぶん、山賊だと思うけど。二人倒したんだと思う」

 半分狼狽えるぼくとは裏腹に、

「みてえだな」

 驍嚇は至って冷静だった。もう何が起きても驚かないといった諦めの境地なのかもしれなかった。

「倒した二人の近くに何かあるって鎧のガイドが。行ってみよう」

 ぐずぐずしていると、他の山賊たちが集まってくるだろう。ぼくは驍嚇を急かして、倒した山賊たちが倒れている筈の場所へと向かった。分岐を迷うことなく右に進み、小走りに近い早足でその場所に向かう。マップにまだ緑の点が表示されているから、通り過ぎてしまう心配はなかった。

 途中の部屋には石筍や石柱がそこここにあり、驍嚇にはこれまでの道程よりも却って歩きにくそうだった。奥に向かって足元は僅かな段々になって下っていて、先の方からは、水が流れる音も聞こえてきていた。

「あれだ」

 それでも、距離が近いのがまだ幸いした。床に倒れた男二人と、その傍にある、人ひとり、立ってやっと入れる狭さの鉄格子の檻が見えた。誰か中に入れられている。長いスカートを穿いている当たり、女の人のようだった。こちらに背を向けていて、金色の、長く、豊かな髪が、軽くウェーブを描いている。

「あれが攫われたっていう?」

 ぼくは振り返らずに驍嚇に尋ねながら、檻に歩み寄った。近くで倒れている男達に外傷は見えない。彼等が倒れている周囲に、血が飛び散ったような跡もなかった。

「そうだ」

 ぼくを追い越しそうなスピードで、驍嚇も檻へと近づく。その声を聞いて、女の人がすぐに檻の中で振り返った。特に縛られたりはしていないようだった。

「アニさん?」

 嬉しそうな声。外見はぼくより背が高い女の人だったけれど、声は思ったよりずっと若い女の子の声に聞こえた。

「ああ、俺だ。今だしてやるぞ、マリ」

 そう言って、驍嚇はぼくに場所を譲ってほしそうに近づいてくる。確かに彼なら力ずくで檻を壊せそうだ。ぼくはすぐに部屋の隅に移動して、驍嚇が檻の前に行けるよう、道を譲った。

「良かったデス。アニさん、無事だったんデスね」

 おそらく驍嚇が斬られたところも見ていたといったところなのだろう。マリと呼ばれた女の子は、とても心配していたことが分かる安堵の声をあげた。

「細かい話はあとだ。まずは脱出が先だ」

 驍嚇も嬉しい筈なのに、彼は対照的に冷静だった。マリは細腕で、戦闘が得意そうにはぼくにも見えなかった。他の山賊たちに見つからないうちに脱出を図った方が良さそうだという意見には、賛成できる。

「よっ……と」

 驍嚇が檻の鉄格子に手を掛け、少し力を咥えただけで、鉄格子は簡単にひしゃげた。あっという間に格子はねじ曲がり、檻の一面が、もぎ取られた。

「ありがとうございマス、アニさん」

 マリも元気そうだ。すぐに檻から出てきて、驍嚇に、無邪気に飛びついた。服が乱れているということもない。ひとまず、無事だったと判断して良さそうだった。それは、それとして、

「行こう」

 驍嚇が言う通り、立ち話はあとだ。ぼくは驍嚇に声を掛ける。

 驍嚇も片手でマリを抱えたまま、頷いた。

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