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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第一章 ふしぎな冒険
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第一章 ふしぎな冒険(6)

 音声ガイドの誘導に従い、ぼくと驍嚇は北西に向かって歩いた。景色は変わらないものの、その方角の先に、人が潜めるような場所を、驍嚇は知っているようだった。

「確か、この先に鍾乳洞があるな」

 つまり、洞窟だ。しかも鍾乳洞といえば、規模によっては中が複雑で、入り込んでしまえばそう簡単に偶然見つけられるということもなくなると見込めた。

「隠れるにはうってつけって訳か」

 ぼくも驍嚇の推測には同意見だった。とはいえ、その推測に固執せず、音声ガイドが形跡を見つけるようなら、そちらに従う方を、ぼくたちは頼りにするつもりだった。

「鍾乳洞まではどのくらい?」

 一応、距離感は知っておきたい。何も知らずに、ぼくが無警戒に近づいたらだいなしになりかねないことくらいは、ぼくにも、分かる。

「近い。すぐそこさ」

 案の定、そんなに距離はないらしかった。それだと、普通に会話しながら歩くのは危ない。ぼくは声量を絞って話すことに決めた。

「相手が、一人だと良いけど」

 それも心配だ。驍嚇の話を聞いた限りでは、襲ってきたのは大勢ではないだろうと思えたものの、鍾乳洞の中までそうだとは限らないと、疑っておく必要もあるような気がした。

『洞窟の入口を前方に発見。付近に動体を検出しました。生物です。数は五』

 音声ガイドが、ぼくの疑問に答えるように告げる。やっぱりだ。相手は、一人ではなかった。

「まずいな」

 と、驍嚇が足を止める。彼は困り果てた舌打ちを鳴らした。

「人間だ。下手に手が出せねえ」

 ということらしい。その意味が、ぼくにはよく分からなかった。

「大凡山賊かなんかだろうが、人間は人間だ。逃走した奴が近くの村にでも駆け込んだら仕舞いさ。鬼が出たなんて言いふらされてみろ。早々に悪者扱いさ。悪いことに、付近にゃ鬼の城もあってな。話に信憑性を添えちまう」

 そういうものだそうだ。鬼っていうだけで、印象が悪いのは拭えないのだ。鬼は恐怖の対象で、それが、山賊とはいえ人を襲ったとなれば、平和的な対応は望めないと言いたいのだろう。なんとなく分かる気がした。

「どこかから忍び込めないか、他の入口を探すしかないってことか」

 確かにそれは大変そうだ。ぼくも、驍嚇が言う、まずい、の意味が理解できた。人間に見つからないように。諦めるという選択肢は、彼にはないのだから。

「何かない?」

 答えてくれるか分からないけれど、ぼくは、物は試しと音声ガイドに聞いてみた。

『入口を迂回し、更に先に行くと崖。そこを降りることができれば、崖の途中にも入口が見つかりました』

 答えてくれた。思ったより、賢い。話しかけて答えてくれる音声ガイドがあるなんて、はじめて知った。

「すげえな」

 驍嚇も、改めて驚きの声を上げた。

「こんなもん持ってる奴って、何者だ? 俺も気になって来たぜ」

 驍嚇の感嘆に、なぜかぼくまで誇らしい気分になる。やっぱりヒノは凄いんだと、何となく嬉しかった。

 兎も角、それよりも驍嚇の妹さんのことだ。ぼくは、ヒノの話は続けないでおいた。

「それで、どうしよう。崖に行ってみる?」

「そうだな。それ以外によさそうな入り方もねえだろうが」

 驍嚇は半分頷きながらも、

「しかし、崖か。降りる方法がないなら時間を無駄することになるぜ」

 それを心配した。分かる。ぼくもそれは当然の心配だと思う。

「落差はどのくらいか分かる?」

 ぼくは音声ガイドに聞いてみた。それ次第といったところだ。

『一〇メートル程です』

 という答え。備えなしに下りるには、危険な高さだ。でも、備えがあるなら、それ程といった高さでもない。

「ありがとう。それなら何とかなる」

 そのくらいの落差であれば、降りることもあるだろうというのは探検をするなら当然の思考だ。その程度の備えもなしに、探検にでるのは、それこそ探検ごっこを楽しんでいる子供だけだ。

「ぼくが一五メートルのロープを持っている」

 実際、探検用のものとしては、ごく普通程度の品質だった。ブランドものには品質は劣るけれど、何より手軽な値段だということは大きな長所だった。

「一人ずつ下りれば、大丈夫ってことか。そいつは助かるな。やるじゃねえか」

 と、驍嚇に褒められたけれど、

「探検家としては、普通の備えだよ。それよりも、急ごう」

 ぼくにしてみれば、本当にたいしたことではなくて、素直には喜べなかった。崖や縦穴を登り降りすることは探検では日常茶飯事だ。ロープも持たずに出かける方がどうかしている。

 それに、そんな当たり前の備えの話で時間を無駄にしていいとも思えなかった。驍嚇の妹さんの為にも、今は、話し込んでいる時じゃないと思えた。

「そうだな」

 その意見には、驍嚇も異論がないようだった。彼はぼくをいきなり担ぎ上げると、のっしのっしと歩き始めた。前方の入口に近づきすぎないように、迂回して崖に近づくルートを、ちゃんと彼は辿った。

「ありがとう」

 確かに、驍嚇の歩幅は大きくて、ぼくが走るよりも彼が歩いた方が速かった。ぼくは礼を短く言っただけで、大人しく彼の肩に乗らせてもらうことにし、自分で歩くとは伝えなかった。

 それ以降、崖まではぼくたちは無言だった。当然、近くにいるだろう、山賊たちに見つからないように移動する為だ。驍嚇は体格も大きくて、体重も重そうだったけれど、足音を響かせないように歩く器用さも持ち合わせているようだった。おかげで山賊に見つかることなく、ぼくたちは音声ガイドが教えてくれた崖まですんなり辿り着くことができ、崖沿いに歩きながら、一〇メートル下にあるという、鍾乳洞のもう一つの入口を見つけることができた。

「うまい具合に足場があるな」

 驍嚇が言う通り、入り口の前にはでっぱりのような足場があった。音声ガイドが告げたことは正確で、確かに、崖の上からは一〇メートル程降りた場所だ。途中にも幾つか小さな足場があり、伝って降りれば安全に下りられそうな具合だった。縄やはしごが掛けられたあとはない。山賊たちがこちら側の口を秘密の出入り口に使っている気配はなさそうだった。

「これなら、俺が伝って飛び降りた方が速いな」

 言うなり、驍嚇は、一番高い足場に向かって飛び降りた。そして着地するとすぐに次の足場へ。彼は巨体に似合わない、おどろくような身軽さで、ひょいひょいと一〇メートル下の足場まで足場を飛び移っていった。勿論、ぼくを放り出しそうになるような無様もなかった。

「すごいな」

 思わず称賛したくなる身体能力だった。鬼というのは、人間よりもずっと頑強で、力強いとはおとぎ話に聞いていたけれど、ここまで並外れた身体能力を持っているものだとは、ぼくも思っていなかった。

「それこそ、鬼なら普通だぜ?」

 と、驍嚇は笑う。本当にそうなのだろう。彼が無理した様子は、まったく見られなかった。

「ま、急いで入るか。ここで気付かれたんじゃ意味がねえ」

 彼の言う通りだった。幸い、入り口から覗ける範囲に人の気配はなさそうだ。それに、鍾乳洞の床は乾いていて、水が流れていることもなかった。これなら、足音で気付かれやすくなるということも、ない筈だ。

『ガイドモードを、音声からメッセージ表示モードに切り替えます』

 視界の隅に、そんな文章が浮かんだ。鎧が空中に投影しているらしい。潜入時の為のモードといったところだろうか。ヒノから借りたそれは、本当にふしぎな防具だった。

 ぼくが先に、驍嚇がその背後をカバーするように鍾乳洞に入る。驍嚇に、前を歩け、と手振りでジェスチャーされたからだった。

 理由はぼくにも分かった。背後からの不意打ちに備える為だ。どう考えてもぼくより驍嚇の方が打たれ強い筈だ。そう考えれば、後ろは驍嚇に任せた方が安全だということに間違いはなかった。

 鍾乳洞の中は暗い。けれど、視界は通った。勿論、鎧のお陰だ。びっくりしたことに、常に周囲の地形をどうやっているのかサーチしているらしく、鍾乳洞の構造を、二次元マップのように、空中の、視界の邪魔にならない位置に、表示もしてくれた。上側に付近を拡大したマップ、その下に、サーチが完了した範囲を広域マップのように、表示してくれる。本当に、探索が快適なようにサポートしてくれる優れものなのだろう。

 鍾乳洞の中は意外に広く、驍嚇が通れないような場所もなかった。

 そして、静かだった。

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