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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第一章 ふしぎな冒険
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第一章 ふしぎな冒険(5)

 驍嚇と並んで歩く。

 周囲はなだらかな草原と、大量に点在する白い石ばかりで、動くものの姿は見えない。

「凄い景色だな」

 ぼくが遠くを眺めながら言うと、

「カルスト地形を見たのも初めてか? そうると、この辺の出身じゃねえってことか」

 今度は驍嚇の方がふしぎそうな顔をした。

「そういや、あんた、どっから来た。アーベルだっけ? この辺じゃ聞かねえ名前だな」

「うん。ぼくにもよく分かっていないんだけど、とにかく霧を抜けたらここに着いたんだ」

 としか、ぼくには答えようがなかった。本当に、訳が分からない状況だってことだけが、ぼくには分かっていた。

「なるほど」

 対照的に、驍嚇は納得の声を上げる。彼には、思い当たることがあるらしい。ぼくの方が、少し驚かされた。

「何か分かるの?」

「詳しくは分からねえ。ただ、神隠しの一種で、そんな話を聞いたことがあるってだけだ」

 彼は曖昧に首を傾げ、分かる、とも、分からない、ともとれる言い方をした。

「なんでも霧って奴は、境界とか、繋ぎ目とかになるらしい。この世とあの世とか、まったく異なる土地の間とかを、知らず知らずのうちに渡っちまうことも、あるんだってよ」

 そんな風に、彼が知っている話は、あまり具体的ではなかった。分かることは、やっぱりどこか非現実的だってことだ。

「霧の中の家は?」

 もう非現実的なことにはぼくも慣れ始めていた。驚くようなことじゃない。だいいち、実際、ぼくは霧の中で自分の土地から知らない家に辿り着き、そこから霧を抜けたときには、まったく見知らぬ場所にいたのだ。体験したことを、嘘だと疑っても、仕方がない。

 それに、そういうことを驍嚇が知っているのなら、ヒノの家のことも何か知っているのかもしれない。その方が、ぼくには興味が湧いた。けれど、彼の答えは、

「なんだそりゃ」

 だった。まったく聞いたこともないという反応だった。勿論、彼が知っているという保証は最初からなかった。知らなくても、仕方がない。

「ぼくは、今日中には、そこへ帰りたいんだ。待ってくれているひとがいるから」

 驍嚇に視線を向けて、ぼくの事情も話しておいた。それは切実な問題だ。今のところ、どうやって帰ればいいのか、まったく分かっていない。

「待ってる奴がいるんじゃ、そりゃ帰らねえって訳にはいかねえよな。そいつは大事だ」

 と、驍嚇も理解してくれた。彼は少し周囲を見渡して、それから空を見上げた。

 思わずぼくも空を見上げる。相変わらず、どんよりと曇った空だった。

「霧が出そうな天気ではあるな」

 とはいえ、今は、視界は霞んですらいない。もっとも、今すぐに霧がでてしまったら、飛び込むか、驍嚇に着いていくかの選択を迫られることになるから、ぼくも困る。

「できれば、驍嚇の手伝いが終わってから、霧が出てほしいところだけど」

 僕は笑い、

「俺はできれば今すぐ出てほしいがな」

 驍嚇は難しい顔をした。どうにも、ぼくを本気で巻き込みたくないらしい。なかなかどうして、子供に対しての思いやりが深い性格のようだった。頑固だ。

「鬼ってもっと怖いイメージだと思っていた」

 少なくとも、ぼくがうろ覚えで知っている話では、そうだった気がするから。漢気があふれるというか、とにかくいい大人、のイメージは、鬼に対しては、あまりなかった。

「鬼にもいろいろいる。人間と同じだ」

 驍嚇は、彼が言う通り、乱暴で粗暴な、いわゆる悪い鬼、ではないのだろう。

「傷はもう平気?」

 驍嚇の足取りは既にしっかりしていて、支えも必要なさそうだった。それまではまだ不安があったから彼の脇腹に添えてはいたけれど、ぼくは手を離すことにした。

「ああ。助かったぜ」

 驍嚇は、歩くのに助けがいらなくなっても、ぼくを追っ払ったりはしなかった。本心ではそうしたいところだったんだろうけれど、ぼくが手伝うと決めているうちは、理由もなく無碍にするつもりもないという態度だった。

 草を踏みしめて、並んで歩く。

 血痕はまだ点々と遠くまで続いていて、良く見える範囲に争った形跡みたいな場所も見えてこない。驍嚇と、彼の妹分というひとが襲われた場所までは、まだ距離があるようだった。

「随分遠くから逃げてきたんだね」

「無我夢中だった。安全な場所で傷の回復を待たねえと、妹も取り戻せねえからな。すぐに助けに行きてえのはやまやまだったが、犬死にしたんじゃ意味がねえからな。妹の目の前で、俺が死ぬとこを見せる訳にもいかねえ」

 思ったよりも、驍嚇はずっと冷静な判断をしたようだった。一旦退避して、傷の回復を待って反撃に出ようと、逃走を選んだのだ。我武者羅に助けに行かないのは薄情だというひともいるかもしれなけれど、ぼくは驍嚇の判断は正しかったと思う。

「そうだね」

 と答え、ぼくはそれ以上何も聞かなかった。

 驍嚇も、自分からは何も言わない。多分、何を言っても弁解になると思っているのだ。ぼくはそれを責めるつもりはなかったけれど、彼自身は、自分自身の不甲斐なさと、現状を許せないようだった。

 ぼくたちは、黙って歩いた。

 斜面をおり、血痕が別の方向へ斜面の上の方へ伸びているのを辿る。斜面の天辺あたりまでのぼると、少し先に、地面に血の染みと、争いの最中に足で地面を掻いた跡が見えた。

 誰もいない。

 おそらく襲撃があった場所だというのは分かった。そこにはもう、動くものの姿はなかった。

「やっぱり、連れ去られたか」

 舌打ちして、驍嚇が小走りにその場所へと急ぐ。ぼくもすぐに彼を追って争いのあった場所に辿り着いた。

「ん?」

 腕にセットしたプレートがまた点滅している。ぼくはそれを外し、眺めまわした。

『霊石を乗せてください』

 ぼくの耳元で、突然聞いたことがない声が聞こえた。

 音声ガイド。ぼくが住んでいた街でも、最近使われ始めた技術だ。ぼくが知っている限り、最先端の発明で、それにはもっと大掛かりな仕組みが必要だった筈なのは気になったけれど、気にしている場合じゃないんだろうと、その指示に従った。

 プレートの上に霊石を置き、何が起きるのかと待った。驍嚇も、驚いたように眉を寄せて、ぼくの行動を見守っていた。

 霊石が、浮いた。霧の中でそうだったみたいには、光線は発しなかった。

『トレースモード、足跡探査。北西に向かって、何者かが移動していった形跡を発見。人数、二。一人は自分の足で、一人は運ばれて去った模様』

 また、耳元で声。そこまで詳細に追跡できる理由は分からなかった。ともかく、北西に驍嚇の妹さんが連れ去られたと考えていいということだ。流石は、ヒノが貸してくれた道具だ。

「どうする?」

 一応、ぼくは驍嚇に意見を聞いてみた。

「他に手掛かりがねえ。ここにいても仕方がなさそうだ、従ってみるぜ」

 驍嚇は、頷いた。

 彼の言う通りだ。ぼくたち自身で形跡を探して、追跡できるとは思えなかった。ヒノはどこまで状況を見通していたのだろうか。ふしぎを通り越して、用意の良さに驚嘆するばかりだった。

『霊石を仕舞ってください。取り外して問題ありません』

 音声ガイドに指示されたことで、霊石を落とさないように気を付けて歩く必要もなくなった。

『メインプレートを腕プロテクターにセットし直してください』

 さらには、プレートを腕に戻すようにも言われた。おかげで、万が一の時にも、銃の取り回しに窮することもなさそうだった。

「すげえもん持ってるな」

 と、驍嚇も驚きを隠さなかった。

「借りものだよ。ぼくのじゃないんだ」

 ぼくには正直に白状するしかなかった。

「何ができるのか、実は、ぼくは何も知らないんだ」

 まったく分からない。もっとヒノに質問すればよかったのだろうか。でも、彼女が自分から説明しなかったのは、たぶん、ぼくが聞いても、ヒノには答えられなかったんだろう、と思えた。

 勿論、あの家に封じられた影響のことだ。いつかそんなものに影響されずに、ヒノが自由に自分のことを喋れるようになればいいのに。そう思わずにはいられなかった。

「そうか。待ってる奴がいるって言ってたな。そいつか」

 驍嚇は、ぼくの話をそんな風に聡く結びつけたようだった。正解だった。

「うん、そう」

 僕が認めると、

「そりゃあ、ちゃんと帰ってやらなきゃな」

 より深く納得したように驍嚇が言い。

 そして、ぼくたちは、北西に向かった。

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