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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第一章 ふしぎな冒険
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第一章 ふしぎな冒険(3)

 とにかく何が何だか分からないままに、ぼくはヒノの家を出ることになった。

「ぼく銃なんか練習したことないんだけど」

 ぼくはヒノにそう弁解したのだけれど、

『兎に角、適当に敵に向けて引き金さえ引けばなんとかなるよ。狙いは大雑把で大丈夫』

 と、ヒノに笑われただけだった。

「戻し方は?」

 とも聞いてみたものの、

『アーベルが帰ってきたら、わたしが戻すよ』

 それもあっけらかんと流されただけだった。兎に角、霊石と銃、それに何なのか聞きそびれてしまった透明なプレートを携え、ぼくは出掛けた。勿論、背中にはリュックとテントを背負っていて、自前のクロスボウもリュックに下げたままだ。家を出て、霊石を眺めながらぼくは考えた。

「それでこれをどうすればいいんだ?」

 悩むまでもなかった。指の先で摘まんでいた霊石が、勝手に宙に浮きあがって、光線を伸ばしたからだ。光の筋は遠くに伸びたまま消えず、扉との方向から察するに、どうやら真南を指しているようだった。

「光の方に進めってことか」

 こんなものは見たことがない。ぼくが知る限り、ぼくたちの国に魔法があるなんて話は聞いたことがないし、まれに聞いたとしても、種も仕掛けもあるトリックだと誰もが知っていた。それが常識だった。

 それでも、光は実際、南を指している。偶然の一致とは思えなかったし、ぼくはヒノを信じると決めたのだから、彼女が貸してくれたものも、信じようと歩き出した。

 光に沿って、歩く。ヒノの話では、ぼくは躓くらしい。おかしな話に思えるけれど。普段から、躓いて転びそうになったことなんて、ほとんどなかったからだ。

 けれど。

「うわっと」

 確かに、ぼくの足のつま先が、何もない地面に引っ掛かった。そして、その途端、霊石はくるりと向きを変え、光の筋を、ぼくから見て左側に向けた。

「嘘だろ」

 なんとか転ぶことだけは防いだぼくは、そのことに気付いて、思わず魂が抜けたような呟きを漏らした。

 魔法がないのと同じで、ぼくたちの暮らしの中に、予言なんてものはない。正確には、あるにはあるけれど、おとぎ話とか、作り話の世界に登場するものだ。つまり、空想にすぎない。けれど、ヒノはぼくが、彼女のアドバイス通りに歩けば、躓くと言い当てた。まるで予知したみたいに。

 勿論驚いたし、言いようのない寒気のようなものも感じた。でもそれ以上に強く、ぼくが感じたものは、そのあとすぐに湧いてきた、興奮だった。

「すごい。ヒノが言ったことは、本当なんだ」

 信じてはいたけれど、それが本当に起こったことが嬉しかった。ヒノのことは、本当に信じていいんだ。それが分かったことが、無性に嬉しかった。

 自然に、歩く速度もはやくなった。歩幅もこころなしか大きくなった気がする。それだけ、ぼくは浮かれていた。笑っていたかもしれない。誰も見えない霧の中だったのは幸いだった。周りから見たら、きっと、ぼくは完全に変な人だったと思う。

 くしゃみは出る。ぼくはそう信じて歩いた。向かう方向は光が指し示してくれる。迷う心配はなかった。

 そして。

「ハッ、ハックショッ」

 くしゃみは、やっぱり、出た。その瞬間、西暦の光も向きを変えた。もう分かっている。光のさす方向が、北だ。ぼくはすぐに進行方向を変え、光を頼りに、濃い霧の中を進んだ。北へ、北へ。あとは真っすぐ歩くだけだった。

 気付くと、目の前の視界は晴れていた。ぽとりと、光を失って霊石が地面に落ちる。振り返ればあれだけ濃かった霧はひとかたまりもなく、見渡す限りのなだらかな斜面が広がっていた。

 空はどんよりと曇っていて、嗅いだことがない匂いの風が吹いている。地面は草地だけれど、あちこちに白く石灰質の岩が点在して、一面のまだら模様を描いていた。まるでデザインされたタイルのようだ。こんな景色は、街の近くで、見たことがない。だいいち、遠くの山の形も違うし、広大な森の木々が、どこにも見当たらない。

「どこだ、ここ」

 見たこともない景色。見たこともない場所。既に冒険は始まっているようだった。確かに、ヒノが言った通りだった。帰り道になるだろう霧もなく、ヒノの家に帰る方法も分からない。さあ、どうする。こんな心細くなっても仕方がない状況だというのに、ぼくは湧き上がる期待で一杯だった。

 そして、それとは裏腹に、何故だか頭の中は妙に冷静な思考もはたらいていた。何か見えないか。ぼくはここで何かを見つける筈だと、周囲を見渡して目を引かれるものを探した。

 あった。

 何かある。いや、何かある、じゃない、誰かいる、だ。人のようなものが、うつぶせになっているのが、斜面の下の方に、見えた。

「たいへんだ!」

 倒れているのだ。ぼくは気が付いて、走り出した。薬草。ある。リュックの中だ。膏薬にして収めておいたものも、まだ十分残っていた筈だ。とにかく、助けなければ。その一心で、ぼくは斜面を駆け下りた。

 倒れているのは一人だ。周囲に同行者らしき人の姿も見えない。行き倒れだろうか。まだ息があることを、祈らずにはいられなかった。

「どうか死体じゃありませんように」

 そういう冒険は、流石にぼくもいやだ。今際の際の書きなぐりみたいなものをみつけて託されたようなかたちになる、そんなことにはなってほしくなかった。

 駆け寄る。やはり人と同じような五体もった誰かだ。でも、人間じゃなかった。

「角?」

 倒れているひとは、人間よりもずっと大きくて、褐色の肌をしていた。頭には短い角が生えている。角が生えている人間なんていない。そして、人間じゃない人型の生物なんて、ぼくが知る限り、いない。どういうことなのか、さっぱり分からなかった。それでも、分かったことはある。倒れている人型の誰かが、ひどい怪我を負って、気を失って倒れているのだということだ。相手が何でも構わない。今すぐ、応急処置が必要だ。

「大丈夫?」

 声を掛けながら、怪我の具合を見る。脇腹が大きく切れ、血が出ていた。血は赤い。傷口は広いけれど、深くはないようだった。

「消毒、消毒」

 リュックをおろし、消毒作用のある草の汁を染み込ませた貼布の包みを出す。人間とは違う生物のようだから、ぼくと同じように効果が期待できるのかは分からなかったけれど、何もしない訳にもいかず、効いてくれると信じるしかなかった。このまま傷口を放置しておいたら、破傷風で死んでしまうかもしれない。

「染みるけど、我慢してね」

 本当は消毒してから傷口を縫い合わせた方がいいレベルの怪我だ。でもぼくは医者じゃない。縫合なんてできる訳もなかった。

「ガーゼじゃ駄目だ。傷に貼りついてしまう」

 傷口にガーゼを押し当て、消毒と止血を同時に行う。血は止まりかけていた。これなら、今すぐ命に関わることはない筈だ。

 それよりも気になるのは、傷のかたちだ。これは、ナイフなんかの刃物で切られた傷で、不注意とか事故とかで切れたとかいう類のものじゃない。だれかにやられたと考えるのが自然だった。

「襲われた?」

 誰に? 周囲に人はいない。逃げてきたか、やった人はもう去ったか。周囲を見回すと、点々と血の雫が垂れたあとが続いている。おそらく、誰かにやられたけれど、何とか逃げてきたのだろうと思えた。

 それならそれでまずい。

 この人は、今すぐに動かせる状態じゃないけれど、襲った人が血の跡を追ってやってきてしまうかもしれない。どうするべきか、ぼくは正解のない選択肢に迷っていると、

「う……」

 倒れていた人が、目を覚ましたようだった。こっちを見る。

 何かを言っている。でも、何を言われているのか、ぼくにはまったく分からなかった。言葉が、通じないのだ。

 これには困り果てた。相手もそのようだった。それでも、ガーゼで止血している手の甲をぽんぽんと上から軽く叩かれたことで、もういい、という意志表示をされているのだと分かった。

 おそるおそる、ガーゼを傷口から外す。驚いたことに、血はもう完全に止まっていて、そればかりが、あれだけ大きかった傷が、塞がりかけていた。

 角が生えた人が、起き上がる。何か言ったけれど、やっぱり、意味のある言葉のようには聞こえなかった。

「困ったな」

 と呟いて。ふと視線を落とすと、ヒノが貸してくれた透明なプレートが、緑色に淡く発光していることに気付いた。

 もしかして、これが使えるのか。

 ぼくは一縷の望みをかけて、ガーゼを置いて、かわりにプレートを手に取った。

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