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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第一章 ふしぎな冒険
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第一章 ふしぎな冒険(2)

 ヒノの家は、東向きに玄関がある。

 北側に部屋がふたつ。南側に部屋がひとつ。

一番奥の、西側が暖炉の部屋だ。北側の部屋は、限界に近い方が倉庫で、暖炉の部屋に近い方がキッチンだ。そして、廊下を挟んで、南側が書斎兼寝室という間取りになっていた。トイレや風呂はない。ヒノの話では、別棟の小屋があり、そっちにあるのだそうだ。

 彼女には、

『倉庫に食べ物の備蓄が常にあるから、自由に調理して食べていいよ』

 と言われたけれど、ぼくはその日、倉庫のものには手を付けず、手持ちの食糧を食べた。ぼくの荷物は、深い緑のテントと、くすんだ黄褐色の、大きなリュック、それにクロスボウだ。大人の中には、銃を持ち歩く人もいるけれど、子供のぼくには銃も銃弾も高く、手が出ない代物だった。

 その夜、ベッドは有難く使わせてもらうことにして、南側の部屋で夜を明かした。しばらくぶりのふかふかのベッドで、日頃のテント生活でかなり疲れが溜まっていたのだということを、自覚させられた一夜だった。

 翌日、朝食は暖炉の部屋でとった。食材は、やっぱり自分のリュックの中から出してきた保存用の乾燥肉と、日持ちするように処理した木の実と豆、それと食べられる野草だ。

『すごくお美味しくなさそう。大丈夫なの?』

 ヒノには心配されたけれど、

「これでバランスはいいんだよ。本当は芋類も携帯できれば良いんだけど、嵩張るから」

 ぼくは笑って答えるだけだった。その辺は、一応、可能な限り、気を付けている。野外の活動は体力勝負で、体を壊していては元も子もない。

「味の方は、うん。気にしないようにしているのは事実だ。こればっかりはね」

『だと思った』

 それでも、ヒノは家の倉庫のものの方を食べろとは、もう、言わなかった。その話を蒸し返しても、ぼくが断るだけだと理解したのだろう。

『今日は大丈夫そうだよ。出掛ける?』

 その代わりに、ヒノは外の様子を教えてくれた。大丈夫、というのは、霧のことを言っているようだ。

「うん。大丈夫ならそのつもり。頼まれている仕事はないけれど、探検はしたいな」

 ぼくが頷く。皿にはまだほんの少し木の実が残っている。それを指でつまんで一つ食べた。

『何を探しているの?』

 ヒノは素朴な疑問を投げかけてきた。そう聞かれると、答えるのが難しかった。

「何でも。例えば、変わったこととか。この家を見つけたみたいに。何か起きるとかでも」

 なんとか答えたものの、ぼくの説明は、そんな言葉にしかならなかった。

『なら、アドバイスできると思う。いる?』

 けれど、そんなふわふわとした話に、ヒノは真面目に付き合ってくれた。早速のアドバイスがあるという。折角だ。ぼくも聞いてみたいと思った。

「お願い」

『うん。ええとね、良く聞いて。家を出たら、南に向かうの。それで、つまずいて転びそうになったら、くしゃみが出るまで東に向かって。そのあとはずっと北に歩けば霧を出られるよ。その先に、きっと、ちょっとした冒険が、あなたを待っていると思うから。もし信じてくれるなら、そうしてみて』

 ヒノのアドバイスは、なんというか。

「……え?」

 耳を疑うような内容だった。場を和ませる為の冗談とか、からかっているとか、そういうことはないのだと分かる声色で。

 言っている本人は真面目にアドバイスしているのだろうと、ぼくにも分かる。だからむしろ、聞きかえさずにはいられなかった。

『覚えられなかった? ちょっと長かったかな?』

 という、困ったような反応からも、ヒノが至極真剣に言っているのだと分かる。言葉は通じているのに、常識が共有できていないように、ぼくとヒノの間には、お互いに困惑しか湧かなかった。

「そうじゃなくって。そういう感じなの?」

 何とも言えない気持ちで、思わずぼくが尋ねる。ヒノはさらに戸惑った声を出した。

『ひょっとして、具体的なアドバイスはいらなかった?』

 具体的。いや、確かに具体的って言えば具体的なんだけど、それ以上に何かの認識のずれがある気がする。

「そういう時って、何歩とか、距離とかじゃないの?」

『え? そんなの全然確かな言い方じゃないよね。起きることを話せば確実だけど、正確な距離測りながら歩くとか絶対無理だし、歩数とか数えながら歩いたら、危ないでしょ』

 ヒノの感覚だとそうらしい。何故か、ヒノの反応が、正論にも思えてきた。

「う、うん。そうなのかな。そうかも」

 ぼくには、ヒノの言葉を明確に否定する反論の言葉が思いつかなかった。いや違うよね、という気持ちはあったのだけれど、言えなかった。

『ちゃんと覚えた? 大丈夫? あ、信じられなければ覚えなくてもいいよ。それは自由』

 ヒノは満足そうで、それでも絶対そうしなければいけないとは言わなかった。彼女にとって、それはただのアドバイスで、それに従わなければぼくが大変な目に遭うとかいう類の話という認識でもないようだった。

「でも」

 残った木の実を食べ終えてから、ぼくは皿を手に取って立ち上がる。のんびり座っているのは食の間だけでいい。出掛ける準備を速く始めたかった。

「霧の中だとコンパスがうまく北を差してくれないんだ」

 まずそれが問題だった。南、東、北と言われても、正確に方角を認識できる気がしなかった。

『それは大丈夫』

 ぼくがテーブルを離れ、キッチンルームへと移動しても、ヒノの声はついてきた。家の中の何処にいてもヒノとは会話できることは、昨日ベッドに移動したときにすでに経験していた。だから、ぼくも驚かなかった。流石に別棟の小屋にまでは届いてこなかったけれど、それはそれで、トイレ中なんかの、プライベートな時間が守られているようで嬉しかった。

『隣の倉庫に、霊石を置いておいたから持って行って。家から出るのに、あった方が便利だよ』

 既に、今日ぼくが出掛ける時のために、ヒノが貸してくれる品物は用意されているようだった。彼女は、

『倉庫に入って右側の棚、上から二段目に、持って行ってほしいもの、出してある。その段のものは、忘れずに全部取ってね』

「ありがとう」

 そう言われると気になる。ぼくは手早く皿を綺麗にすると、キッチンの食器乾燥用の網の上に乗せ、倉庫へと向かった。

 倉庫はキッチンのすぐ隣だ。廊下を進み、扉を開けると、蝶番の脂が足りないのか、僅かに擦れる音が鳴った。

「ええと」

 それはそれとして置いておいて、今は気にしないことにした。帰ったら油を差しておこう、とは覚えておくことにはした。

 棚を見る。上から二番目。確かに、微かに光るふしぎな石が置いてあった。隣には、鏡のように平らなプレートがある。掌に収まるくらいの大きさだ。プレートは透明だった。

 そして。

「これは?」

 何より目を引かれたのは、黒色の、正四角柱に近い形をした、長い筒のような箱だった。すべての角に、欠けたような凹みがある。よく見ると、鞄のように持ち手があって、ぶら下げて歩けるようになっていた。肩に掛ける為の、バンドもある。

『たぶんクロスボウより身を守るのには便利だと思う。持っていって』

 箱が? ヒノの言うことはいちいちふしぎだった。一体それが何なのか、ぼくにはまったく見当もつかなかった。

『見せた方が早いかも。持ってみて』

 と、ヒノに促されるままに、

「うん」

 ぼくは持ち手を握り、箱を棚から出した。持ってみると、みっちりと中身が詰まった、ずっしりとした重量感が伝わってきた。けっこう、重い。

『もうすこし、部屋の真ん中に。慣れないうちは、隅だと危ない。慣れれば平気だと思う』

 ヒノはそんな風に、移動も促してきた。訳が分からなかったのは確かだけれど、ぼくは言う通りに、倉庫の真ん中に移動してみて。

『しっかり持ってて。反動があるかも』

 そう言われて、ぼくは両腕で抱えなおす。ヒノは困ったように、

『そうじゃない。それじゃ危ないよ』

 と、持ち方が違うと訂正してきた。

『両手で持ち手を持ってて。そう、それでいい。うん、ばっちり』

 説明されるままに、ぼくがその通りに持つと、ヒノは一呼吸おいたように間を開けてから、次の言葉を発した。それは明らかに、ぼくに向かって言った言葉じゃ、なかった。

『アクティベート』

 その言葉で目覚めるように。ぼくが両手でぶら下げた箱は、不意にあちこちを光らせて、形を変え始めた。目まぐるしく、もの凄い速さで。そして、それが終わると、箱は、四角く長い銃身をもった、長身銃になっていた。

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