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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第三章 燃え上がる野心
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第三章 燃え上がる野心(7)

 その日の午後、ぼくたちは白岡村が遠くに見える林の縁から、村の様子を窺った。

 近くには鬼の姿も人の姿もなく、鎧も動く者の反応を捉えていない。村で騒動が起きている様子も見られなかった。

「今のところ、問題はないみたいだね」

「そうだな」

 ぼくと驍嚇は安堵の会話を交わしながら、遠くに見える村の門を眺めた。門は木製で、鬼に殴られれば一撃で破壊されそうな程に頼りなく見えた。

「蛮鬼衆が押し寄せたら、受け止められそうにないね」

「そりゃそうだ」

 驍嚇も頷く。彼にとっては最初から分かっていたことなのだ。だから、草原で蛮鬼衆と戦うことを選んだ訳だ。

「長々と覗いてると村の連中に気付かれる。周囲を見て回りながら、檜谷へ戻るか」

 と、驍嚇に言われ、

「あ、そうだね」

 ぼくも随分長いこと、村の様子を観察していたことに気付く。そろそろ退散した方がいい。けれど、そんな話をしているぼくたちを、マリの声が引き留めた。

「アニさん、あれ。あれ見てクダサイ。助けてあげられないデスか?」

 マリが指差したのは、村の反対方向だった。まだ幼い男の子がひとり、男達に追われている。男達は獣の毛皮を毟ったような衣服を着て、ボサボサの髪を野獣のように振り乱して、子供を追っていた。まだ遠く、ぼくの鎧の近距離マップからは範囲外だった。

「だめだ、ここからじゃ射程圏外だ」

 銃も反応していない。射程に捉えるためには、林から出て姿を晒す必要があった。でも、マリが言うことも分かる。見捨てるのはしのびなかった。

「どうしよう」

 驍嚇に判断を仰ぐ。その時には、既に驍嚇は林から駆け出していた。

「山賊どもめ」

 驍嚇の悪態に、ぼくも山賊の存在をすっかり忘れていた事に気が付いた。物の怪に攫われたマリは、山賊が見張りのようについていた。山賊たちも、玄辰の手下に違いない。

「選択肢はないか」

 ぼくも林を抜け出し、銃を抱えて走った。鎧のお陰で、ダッシュしても銃口の向きが大きくぶれることがない。ぼくは射程に山賊たちが入るところまで走ると、脚を止めて銃弾を立て続けに浴びせた。

 山賊たちは五人。撃った銃弾は、慌てていたこともあって、六発だった。そのせいで、山賊は全員倒れたけれど、一人は二度跳ね上げられることになった。余計な銃弾が、追われていた男の子を狙うことはなかったのは幸いだった。

「坊主、村まで走れ」

 驍嚇が男に告げたけれど、男の子はその指示には従わず、ぼく達の方へ真っ直ぐ走って来た。驍嚇におびえた様子も見せず、それどころではないと言いたげな真剣な表情で叫んだ。

「お願い、あいつらを追い払って!」

 開口一番、男の子が放ったのは、懇願の言葉だった。

「西の方で林を燃やそうとしてるんだ! 村も焼けちゃう! お願いだよ、一緒に来て!」

 成程。それは明らかに捨て置けない情報だ。驍嚇とぼくは頷きあい、男の子に案内してもらうことに、即座に決めた。鬼である驍嚇と、この国の人間ではないぼくとマリの姿を見られることになったけれど、今はそれを問題にしている場合じゃなかった。

「マリ」

 と、驍嚇が呼ぶ。

「ハイ、アニさん」

 と、マリが呼応して驍嚇に飛びつく。驍嚇は彼女を左手で軽々と受け止めると、そのまま肩に乗せて走り出した。右手に金棒をぶら下げ、肩にマリを乗せて走る姿は、あまりにも屈強だった。

「流石の筋肉だ」

 ぼくは銃を抱えていた片手をあけ、驍嚇に手を差し出す。彼もすぐにその意味を理解して、金棒を手渡してきた。金棒を受け取ると、鎧のサポートがあっても、ずっしりと重量感が圧し掛かって来た。

 右手が空いた驍嚇は、男の子もひょいと抱え上げ、マリとは反対に右肩に乗せた。これが一番速く移動できる。ぼくと驍嚇は、そう判断したのだった。

「わ、すごい」

 男の子は一瞬びっくりした顔で我を忘れていたけれど、すぐに平静をとりもどして、進路を指差し始めた。

「あっち!」

 ぼくと驍嚇は、男の子のナビゲーションに従い、走った。

「坊主、俺達のことは村の連中には内緒な」

「分かってるって」

 驍嚇と男の子の間で、そんな話もされていた。見たところ、知り合いではないようだけれど、男の子の方は驍嚇を知っているのかもしれなかった。

「見えた」

 林の縁に、薪や枯葉を積みあげている山賊たちがいる。火をつけるのに使うつもりなのだろう。積み上げられた薪は、数か所で山を作っていた。

「ごめん」

 と、驍嚇に謝ってから、ぼくは金棒を地面に転がした。既に山賊たちは射程に入っている。ぼくは両手で銃を構え直し、兎に角我武者羅に撃った。

 ぼくたちの姿は丸見えだ。実を隠せるような遮蔽物もなかった。当然山賊たちはぼくたちの姿にすぐに気付き、数人が訳の分からない叫び声を上げながら、こっちに向かって突撃してきた。斧やら粗末な槍やらを振り上げた姿は、まさに野蛮そのものだった。

 驍嚇はぼくの傍に男の子とマリを降ろし、

「ここで待ってろ」

 と、金棒を拾い上げて走っていった。金棒を振りかぶると、腕の太さが何倍にも膨れ上がったようだった。味方だということを差し引いても、後ろから見ていてもものすごい威圧感を感じる。ぼくだったら、絶対に正面で相手をしたくなかった。

「うおぉぉぉぅっ!」

 驍嚇が地を響かせるような唸り声を上げる。

 山賊たちは、吸い込まれるように驍嚇に襲い掛かった。こっちに回り込んでくる連中はいなかった。血走った目で、驍嚇に群がった。

「マリは男の子を頼む」

 ぼくは男の子をマリに任せて、膝をついて銃身を安定させた。驍嚇やそれに群がる山賊たちとの距離が短いせいか、有効な銃口の向きの角度が狭い。高精度の射撃が必要だと判断したからだった。

 兎に角、ぼくは銃を連射しまくった。弾切れというものを知らないように、銃口は弾丸を吐き出し続ける。普通の銃であればこんなに連射すれば銃身が焼けて駄目になるくらいに撃ち続けても、ヒノの銃が熱を帯びた様子は、まったく感じられなかった。

 弾丸は、外れることなく山賊を撃ち抜いていく。弾が到達するごとに、ばたばたと山賊は倒れていった。

 驍嚇も、自分に向かってくる山賊を、金棒で次々に叩きのめしていく。粗暴な鬼というイメージの戦い方でなく、洗練された歴戦の闘士といった風格の戦い方だった。どっしりと足を地につけ、筋肉の砦で敵の攻撃を受け止めながら戦う姿は、頼もしくはあったけれど、恐ろしくもあった。

 瞬く間に、驍嚇に群がった山賊たちは地に臥した。遠くから見ていた山賊たちは、襲ってこない。半ば腰が引けていて、中には本当に逃げ出していく連中もいた。

 ぼくは前進しながら、そんな山賊たちを撃ち抜いていった。動く者をこの場に残してはならない。逃がしてしまったものは仕方がないとして、この場に生き残りがいたら白岡村が大惨事になることは分かり切っているから、殲滅しない訳にはいかなかった。

 山賊は、徐々に数を減らしていく。もうすこしで制圧できるだろう。なんとか最悪の事態は防ぐことができた筈だ。

 そう思い、ぼくが安堵したのも束の間。

 撃ちだした銃弾のうち、一発が、何者かに防がれた。もう少しで、一番近い薪の山に辿り着くという時だった。

「え」

 今までになかったことだ。思わず、ぼくの口から驚きの声が漏れた。

「なるほど、厄介な代物だ」

 少し離れた場所に、男が立っていた。髪の長い、細面の男だった。年齢の判別がしづらい。若いようにも、中年くらいにも見えた。薄紫の、胴衣のような衣服を纏い、小さな木の札のようなものを手にしていた。

「だが、こんな場所で時間を潰していて良いのかな」

 男が涼しげに言う。どう考えても、味方、という雰囲気ではなかった。

「お前達のことは、報告で既に聞いている。なんでも、人智を超えた協力者がいるとか。それも聞いたな。私はそういった、自分は裏方に回り、他人に手を貸すような輩が一番嫌いだったのだが、そちらは既に私が気にするまでもないことだ。そこの少年、すぐに戻った方が良いことだけは警告しておこう。もっとも、手遅れかもしれんがな」

 男はうっすらと笑い、驍嚇やマリはいないもののように、真っ直ぐに、ぼくだけを見た。

 背中に嫌なものが流れる。

 ぼくは急に不安に襲われ、走り出した。

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