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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第三章 燃え上がる野心
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第三章 燃え上がる野心(2)

 それから、驍嚇はしばらく考え込んでから、不意にまた話し始めた。

「おし、俺もこの傷だ。どうせ満足に出掛けられねえのは間違いねえ。マリにも話して聞かせたこたあなかったしな。いい機会だ。二人ともちょっと俺の話を聞け」

 そんな前置きで、驍嚇の話は始まった。驍嚇が普通の鬼じゃないことは分かっていたけれど、それ以上に、ぼくが予想していたよりも、ずっと世界のことについて詳しかった。

「人間は現実世界に住んでる。そいつはお前達にとっても当たり前な話で、今更教えることなんざ何もない筈だ。そこは、いいな?」

 驍嚇に確認され、ぼくは頷いた。それを見ると驍嚇はマリにも視線を向け、彼女が頷いたのを見て、満足げに、

「よしよし、そこが分からねえって言われちまうと、俺も困っちまうからな」

 と、笑った。

「さて、お前達は紙の上に描かれた絵やら、作られた映像やらで、現実には存在しない世界を覗くことがある筈だ。それが、空想上の世界、仮に幻想世界とでも呼べばいいもんだ。お前達から幻想世界を覗くには、架空の世界を描いた創作物を見聞きするしかねえ。現実に生きるお前達には、見えねえもんだからな。要するに、そこに生きてる俺やヒノは、本来お前達には認識できねえもんだってことだ」

 驍嚇の話は、なんとなくであれ、ぼくには理解できた。空想はあくまで空想で、現実ではありえない。形がないもの、と言われればその通りだろうと思うし、見たり触ったりできないものだと言われても、納得しかなかった。

 けれど、マリにとってはそうではないようだった。彼女はずっと驍嚇と触れ合ってきたし、それが現実じゃないと言われても、今更納得できる訳がなかったのだろう。それもまた、分からない話じゃなかった。

「でも、アニさんは、ここにいるじゃないデスか」

 と、マリは、驍嚇の腕を掴んで言った。まるで離すと消えてしまうのではないかと不安がるように、両手で驍嚇の腕に縋りつくように、マリは驍嚇の顔を見上げた。

「そりゃあな。俺は現実にここにいるからな。ま、ちょっとややこしい話になるが聞いてくれ。幻想世界ってのは、お前達からすれば架空の世界だが、そこに住む俺達からすれば現実世界になる。立場によって、何が現実かは変わるってことだ。で、お前達は今、お前達にとっての現実世界でなく、俺達にとっての現実世界にいる。つまり、お前達二人は、幻想世界に迷い込んだ状態って訳だ。だから、俺が見えるし、俺に触れるって訳だ。たまにあることさ」

 驍嚇は、自分が消えることはないと安心させるように、マリに捕まれている腕とは逆の手で、マリの頭を撫でた。そして、視線はぼくの方に向けたまま、続きを話した。

「で、だ。この空想世界ってやつだが、実のところ、またややこしいことに、多重に重なって存在してるんだ。要するに、お前達の世界に近い、“低い幻想世界”から、お前達から見て限りなく現実離れした、“高い幻想世界”まである。それが行き着く先は、虚構だ。お前達がいるのは、限りなく“低い”幻想世界だ。この家もそこにある。同時に、ここに仕掛けられてる封印ってのは、“高い”世界のもんだ。そうじゃなきゃ封じられなかったものが封じられてるって訳だな。それがヒノだ。詰まる話、ヒノはそれだけ“高い”幻想生物だってことになる。だから、迷い込んでるからなんとか“低い”世界を認識できてる状態のマリには、ヒノが認識できねえのさ」

 驍嚇の説明が本当ならば。

 マリはもともと常識的な感性の持ち主で、幻想世界に迷い込んだのでもなければ、この世界さえ認識できなかったということだ。そして、同時に。

「それじゃあぼくが夢見がちみたいじゃないか」

 という結論になる。あまり愉快な言われようには感じなかった。

「探検家なんて、もともとそんなもんじゃねえか」

 でも、驍嚇にはそう笑われた。子供っぽい浪漫を追い求めるのが探検家だと言われればその通りだ。それを夢想家と言われるのなら、ぼくも反論はできなかった。

「それは、まあ、そうかも」

 と、頷くしかない。驍嚇も、満足げだった。

「いいじゃねえか。それが高じて、本当に世の中のふしぎってやつに、お前は片足を踏み入れたって訳さ。そう考えりゃ、悪い話じゃねえだろ?」

 彼はもう一度笑い、それから、深刻そうに、ため息をついた。

「しかし、良いことばっかりじゃねえ。お前、本気でヒノと暮らしてくつもりなら、ちょいとばかり覚悟が必要だぜ?」

 と。ただごとを話しているのではないと言いたそうな、真剣な声色だった。

「覚悟かあ。例えば?」

 その内容を、ぼくは知らない。だから、簡単に覚悟があるなんて答えられなかった。

「単純な話、戻れなくなる」

 と、驍嚇は告げた。彼は眠り続ける犬に視線をうつし、短く、笑った。

「今のとこ、取り返しがつかんって訳じゃねえが。ヒノがそうならないようにしてやってるらしい。たいしたもんさ。それだけでも、“低い”やつじゃないのは間違いねえ。だからこそ、お前から踏み込みすぎると、ヒノにも歯止めが利かなくなる。そのすれすれの線を、お前は今踏んでる。俺が見た限りじゃ、まだ戻れるところにいるな。だが、お前がヒノに入れ込めば入れ込むほど、戻れなくなる」

「戻れなかったら、どうなるの?」

 それ次第だ。そもそも、両親も家もない、あの国に戻る必要があるのかだって、ぼくにも疑問だ。

「分からん。変質する奴もいるし、しねえ奴もいる。人でなくなる奴、見た目だけ人のまま、中身がまったく別もんになっちまう奴、何にも変わらないまま、ただ帰れなくなるだけの奴、いろいろだ。お前は、どうなるかな。俺にゃ、分からん」

 驍嚇にも、ぼくがどんな末路を辿るのかは推測できないらしい。ならば。

「ぼくは大丈夫だよ。だからヒノを見捨てて逃げたりはしない」

 と、きっぱり宣言できた。ヒノがそんな未来へ、ぼくを追い立てているとは思えなかったからだ。きっと、ヒノも、ぼくも、いい結果で終われるように、ヒノも頑張ってくれている筈だ。

「ヒノはある程度未来が見通せる。酷い未来をヒノが許容しているとは、ぼくは思わない」

「そうか。なら良い。だがよ、戻れなくなるってことだけは、覚えて覚悟しておけ。な」

 驍嚇は、ぼくのことも心配してくれているようだった。きっと、驍嚇も、本来は、そんなに“低い”鬼ではないのかもしれない。

「でも、驍嚇も詳しいんだね」

 知識の面からして、たぶん、そうなのだと思う。ぼくは純粋に、驍嚇のことを、すごい鬼なのだろうと思った。

「はは。鬼ってのもいろいろいてな。俺は乱暴狼藉が日常の、ごろつき鬼じゃあねえからな。むしろ、そういう悪さする奴等を威嚇して追っ払う方の鬼ってやつさ。つよくておどかすやつで、驍嚇、だ。たあいえ、限度があらあ。今回の相手は、ちと度を超えてやがる」

 自虐的に笑い、驍嚇はふと、天井を見上げた。

「なあ、ヒノさんよ。お前、玄辰ってやつについて、何か知らねえか? あいつはやばい」

 それに対しする、ヒノの反応は、

『宇田路玄辰ね。宇田路は幻術師の一族だよ。魑魅魍魎をつかう。一筋縄じゃいかないね』

 だった。ヒノは、知っていた。

『最終的にはなんとかなるよ。だから驍嚇は、アーベルに、知ってることを教えてあげて』

 それ以外のことも。ぼくはどういうことか分からず、驍嚇の顔を見ることしかできなかった。

「ああ。すまんが、お前にも力を貸してほしい。あの男を放っておくとまずいことになる」

 驍嚇の話は、宇田路玄辰という男のことに変わった。その名前は、ぼくも、リンという女性から聞いていたから、誰、とはならなかったけれど、同時に、その男の城が、もともと鬼の城だったという話を、思い出した。

「鬼を率いて周辺の村を荒らすとか?」

 鬼の集団をつかえば容易いだろう。確かに、放置してはおけない問題ではある。

「それだけならいい。奴は、国盗りを狙ってる。放置すれば、鬼の国ができちまう」

 驍嚇の言葉に、

「そりゃおおごとだ」

 ぼくも呻きを止められなかった。周辺を、鬼や物の怪をつかって支配しようというのだ。できあがるのは、地上の地獄に違いない。

「でも、ぼくたち二人で止められるだろうか」

 聞いたからには逃げたくはないけれど。でも、城攻めを、たった二人で成し遂げられるとは思えなかった。

「こっちから攻めたらまず無理だ。だが、理由は分からねえが、あいつは俺とマリを狙ってる。昨日は危うく城まで連れ去られるとこだったが、お前のお陰で取り返せた。奴も臍を噛んでることだろう。失敗が続けば、奴本人が出てくるかもしれねえ。それを狙って徹底的に野戦に徹するのがいいだろう。国盗り前におおっぴらに戦力は出せねえ筈だ。周辺豪族に気付かれたら野望も仕舞いだからな」

 驍嚇は、長期戦で戦力を削るつもりらしい。

 確かに、それ以外に勝ち目はなかった。

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