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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第二章 鬼の兄妹
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第二章 鬼の兄妹(7)

 リンはすんなり牢を出てきて、ぼくたちについてきた。銀の髪と、薄闇の中で青白く光る瞳が印象的な女性だった。思ったよりもずっと若い外見をしていて、けっこうな丸顔で、肉付きが少し良い体格に、動きやすそうな薄手の民族衣装を纏っていた。この国で一般的に着用されている装束とも、異なるものだ。すくなくともぼくは、見たことがない。ふんわりとして丸い外見とは裏腹に、言葉と同じで顔には何の表情もなく、眼差しも冷淡だった。

 彼女は、それまで黙っていたマリには、一瞥をくれただけで、挨拶もしなかった。どうでも良さそうに視線を外し、

「ご一緒します。行きましょう」

 と、ぼくたちについてくることを明言しただけだった。はっきりとそう言ってくれるのは、助かる。どっちつかずでいられるのが、今は一番困るからだ。

 リンを一行に加えたぼくたちは、鎧のマップが示すまま、上の階へ続く階段へ向かった。洞窟から入ってきた扉へ戻り、もう一方へと延びる廊下の先に、階段はあった。階段は木製で、急で狭く、ぼくたちは一人ずつ並んで登らなければならなかった。

 この国の城の階段は、たいていこういった造りだ。軍事砦としての側面が強かったらしく、敵が攻め込みにくいように、多岐にわたる工夫がされている中のひとつだと、聞いている。ぼくが先頭で登り、続いてマリが、最後尾でリンが上がる。誰がそう言い出したわけでもないけれど、すんなりと、その順番で落ち着いた。というより、マリが登るのを手伝う為に、ぼくが彼女の手を引いていたから、自然にそういう順番になった。なんとなくぼくも予想していたのだけれど、リンはこういった階段にも慣れているらしく、マリと比べて、リンは苦労もなく階段を登ってきた。

 地下牢の上の階は、倉庫になっていた。下の階と比べると、三階層分くらいあるんじゃないだろうか。とはいえ、納められている物品は、どれも古いもらしく、明らかに傷んでだめになってしまっているものばっかりだった。おかげで、倉庫の中は、ひどい匂いが充満していた。

「うぷ。これはきついな」

 ぼくでも辛抱堪らない異臭だ。マリやリンはもっときついだろう。ぼくは倉庫の中を探索するつもりにはならず、できるだけ大急ぎで階段を探した。

 階段はすぐに見つかった。倉庫にはやっぱり二階層分の中階があったものの、幸運なことに、それぞれの間を昇降する為の階段は、それぞれ目の前にある構造になっていた。

 ぼくたちは倉庫を真っ直ぐ上がって出ることができた。半ば気分が悪くなりながら、ぼくたちは逃げ出すように倉庫を抜けた。やっと倉庫を出た時、相変わらずリンの顔色は変わらなかったけれど、マリは具合が悪い時のように、すっかり青い顔になっていた。

「大丈夫?」

 ぼくが周りの様子を確かめる前にマリに聞くと、

「が、我慢の限界を超えるところでした」

 マリは震える声で、泣きそうになりながら、背中を丸くした。見るからに、辛そうだ。

「中に驍嚇がいたりしていないよな」

 ぼくも戻る気になれない。考えたくもなかった。流石の驍嚇でも、あの中にいたら、参ってしまっているんじゃないだろうか。

 それでも、周囲の警戒をしない訳にもいかない。ぼくは鎧が表示しているマップを見た。

 赤い点。まだこちらには気付いていないようだけれど、何者かがいた。

 視界の中に描かれた表示に、銃が撃てることを示すメッセージが短く出力される。それでも、ぼくは撃つ気にはなれなかった。周囲に仲間がいたら気付かれるという懸念があった。今囲まれたら、ぼくは兎も角、マリやリンが切り抜けられるとは思えなかった。

 階段を登った先はまだ石造りの通路で、地上階には見えなかった。

 遠くから、人とも獣ともつかないような、太い唸り声が響いてくる。ぶつくさと何か文句を言っているような独り言のような声も聞こえてきていた。この階にいるのは一人ではない。そう判断するのに足るだけの声が、反響していた。

 この階も素通りするに限る。ぼくが思うに、それが最善だった。けれど、マリが囁くように告げた言葉で、ぼくたちはその階の探索をすることに決めた。

「アニさんが、いる気がします」

 ただ、そんな気がするというだけの、なんの確証もない言葉。そんなものに、ぼくは賭けてみる気にさせられた。

 とはいってもおそらく敵対的だろう生き物が徘徊している中だ。無暗矢鱈に歩き回る訳にもいかなかった。

「見つからないように歩くのは難しいかもしれない」

 何かいい方法はないだろうか。例えばわざと銃弾を遠回りさせるとか。そんな都合のいいことができるなら、便利だろうと思うのだけれど。そもそも、銃の機能も鎧の機能も、権限不足とやらと、ヒノが封じられている影響で、ぼくはまったく教えてもらえていないから、もしそんな便利な機能があるとして、使いこなせる訳がなかった。

「ちょっとでもこれがぼくに使いこなせれば、もう少しうまくやれるのかもしれないけど」

 ため息がぼくの口から漏れるのと同時に、

「ちっ」

 小さな舌打ちが、どこからか聞こえた気がした。

「……今の誰?」

 マリが舌打ちをするとは思えない。リンも無表情のままで、そんな感情的な行動に出るようには見えなかった。近くに、他に誰かいるということなのだろうか。ぼくは口を閉じ、辺りの様子を探った。

 鎧のマップには、それらしい反応はない。

 一体何だったのか。ぼくには舌打ちをした人物の正体が分からなかった。

 それでも、聞こえた舌打ちが、何か関係していたのかもしれない。突然、見えているマップ内の赤い点が移動を始めた。皆、ぼくたちがいるのとは逆の方向へ、遠ざかって行く。どういう訳か分からないものの、この階を大幅に探索しやすくなったのは、間違いなかった。都合が良すぎる変化に不安はあったけれど、こんなチャンスがそうあるものじゃないことも、間違いなかった。

「いきなり手薄に……。なぜかは分からないけれど急ごう。今のうちに驍嚇を探さないと」

 迷っている暇はない。考えるのはあとだ。罠かもしれないけれど、それだって、さっきまでの状態じゃ、満足に驍嚇を探せなかったことだけは、疑いようのない事実だった。

「はい」

 ぼくより先に、マリが走り出す。まるで、誰かに背中を押されたように。彼女の方が、ぼくよりも、驍嚇を探すなら今しかないと、理解しているのかもしれなかった。

 ぼくも走り出した。マリを追い越し、マップに映る、周囲の構造や状況を目の端で確認しながら。少しの変化も見逃さないように、石組みの壁や床、天井にも視線を巡らせて、ぼくは走った。

「こっちだ」

 マップの端に、緑の点が出現する。丁度、小部屋のように行き止まりになっている場所だ。近くには、三つの赤い点があった。全員が去った訳ではないようだった。

「敵がいる。無暗に飛び込むのはまずい」

 ぼくがマリに告げると、マリは足を止めずに頷いた。視線は真っ直ぐに前を捉えている。彼女はやはりこの階に驍嚇がいるのだと、自分の感覚を疑っていないようだった。

「ひゃぁっはっはっ」

 前方から声が聞こえる。驍嚇の声ではないけれど、同じくらい低くて太かった。赤い点点が見えているところまではもうすぐだ。通路を左に曲がり、すぐに右に曲がった先。ぼくたちはその二つ目の角の直前で一度足を止め、曲がった先にいる筈の敵の姿を盗み見た。

 鬼だ。三人とも、くすんだ赤い肌をして、二本の角を頭に生やした大男だった。

 リンも、この城はもともと鬼の城だったと言っていた。だとするなら、彼等がもともとの城の住人だったのかもしれない。行き止まりの部屋に向かって、何かを話していた。ぼくは、まずはそれに聞き耳を立てることにした。ともすれば、驍嚇達が玄辰に襲われている理由が分かるかもしれないからだった。

「お前も強情を張らずに、鬼らしく気楽に生きればいいものをよ」

 ずしん、と重い音と振動が響いた。鬼の一人が、手にした大金棒を、床に打ち付けたのだ。

「弱い者から奪い、気に入らない奴を叩き殺す。毎日楽しいぜえ。お前みたいにしみったれた暮らしで満足してる奴の気が知れねえ」

 一言、下品な声だ。驍嚇と同じ種族だとは思えない程だけれど、鬼、といわれればそいつの方がしっくりくるのは困ったものだ。

 いずれにしても。

 どうも参考になる情報を口にしそうにはなさそうだった。耳が腐りそうで、マリにいつまでも聞かせていい声だという気もしなかった。

 もういいか。ぼくは細くため息をつき、少しだけ角の壁から遠ざかると、銃が射撃可能のサインを出すように、銃口の角度を調節した。そして、意を決して、三回連続で、トリガーを引き絞る。昨日より、ずっと軽く感じた。

 銃弾は立て続けに三発、発射された。

 間近で感じると、すさまじい弾速だった。

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