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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第二章 鬼の兄妹
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第二章 鬼の兄妹(5)

 食事をとり、毛布でしばらく温まったあと、ぼくたちは再び歩き出した。

 洞窟は、奥へ行くにしたがって、上るどころか下っていて、建物に近づいていると言っていいのか、正直疑問だった。道はなだらかで、分岐はあるものの、鎧が投影するマップで見る限り、真っ直ぐ以外は行き止まりばかりだった。

 赤い点は今のところ出現しない。緑の点も現れていなかった。黙々と歩いていると、反響する足音なんかで頭がぼんやりしてくることもある。洞窟を歩きなれていない人なんかでは、尚更よくあることだ。

 鎧が近くに危険を察知していないのだから、声を出しても問題はない。ぼくはマリが危なくないように、会話をしながら歩くべきだと話題を探した。

 そして、ぼくが選んだ話題は、

「それにしても、ぼくとヒノも、マリと驍嚇も、どっちもふしぎだよね」

 というものだった。我ながら、話の種をひねり出すのが、下手だと思う。

「え、そうですか?」

 勿論、突然の話題だったから、マリにも困惑された。自分達がふしぎな組み合わせだという自覚もないようだった。

「姿も見えないヒノと一緒に暮していて、明らかに普通じゃないものを、何の疑いもなくヒノから借りているぼくは、マリからはとても奇妙に見えるだろうし、マリがどうやって驍嚇と知り合って兄妹として過ごしているのか、ぼくからは、とてもふしぎに感じるよ」

 思っていることを、ぼくが正直に話して聞かせると、

「この国じゃ、外の国の人間は、鬼と同じ扱いですよ?」

 マリはちょっと寂しそうに、この国で自分がどんな扱いだったのかを、ぼくに教えてくれた。それはぼくにとっては、昔はそうだった、という知識としては知っている類の話だった。

「ちょっと物珍しそうには見られることはあっても、そんな風に扱われたことはないな」

 何か話がかみ合わないみたいだ。ぼくは言葉を切って考えた。

「……」

「……」

 マリも、無言になった。彼女も何か認識に相当の違いがあると、疑問を抱いたようだった。

「ひょっとして」

 ふと、あるおとぎ話の出だしの言葉を思い出した。驍嚇は、彼を知り合いだと言った。「むかし、むかし、あるところに」

 と、ぼくが呟く。そうだ。確か、この国の言葉で、そう綴られてあのおとぎ話は始まっている。

「ぼくとマリは、生きている時代が違う?」

 荒唐無稽な話でにわかに信じがたい。でも、それを言ったら、そもそも鬼や物の怪がいる時点で、もう、信じがたいことだ。

「あの霧を抜けると、空間だけじゃなくて、時間も超えるってことなのかもしれないな」

 だからどうなのかということはないのかもしれないけれど。兎に角、ふしぎな状況なのだということだけは間違いないのだと思う。

「でも確かに、この国じゃ、外国人が鬼といわれて恐れられていた時代があったという話は、ぼくも聞いたことがある。ぼくからすると、すごい昔のはなしだと聞いたけれどね。マリや驍嚇は、そういう時代の人なんだな」

 ややこしい話だけど、今、現時点が、そういう時代なんだろう。むしろ、異質なのは、ぼくの方で。

「はい。村で暮らせなくて、困っていたところを、助けてくれたのが、アニさんでした」

 拾って貰った恩があって一緒にいる、と言ったところか。なんとなく、関係が理解できた。マリが驍嚇を慕っている理由も。

「勿論、この国の皆さんの全員が、そんなだって訳じゃないです。アニさんと私の暮らしを、助けてくれている人たちも、いっぱいいます」

 弁解するように、マリはそんな言葉も付け加えた。それは分かる。そういう話も、ちらほらと残っている土地はあった。鬼を助けたという話が残っている場所や、逆に鬼に感謝を捧げる風習が残っている場所もあるらしい。

「うん。全員が排他的じゃなかった訳じゃないのも、ぼくも知っているよ。というより、結局、警戒心も強いけれど、困った時はお互い様、が勝つ人たちなんだろうね」

 とはいえ、マリ達が何の不自由もなく暮らしていたかといえば、そうではないだろう。彼女は質素な服を着ていて、それは職人が仕立てたものではないだろうことが、見ただけで分かるものだった。ぼろ切れとまではいかないけれど、金銭を払って買ったものではなさそうに見えていたから、ずっと気になっていた。

「マリと驍嚇は、いつもどんなところで暮らしているの?」

 普段の生活が偲ばれて、ぼくは尋ねないではいられなかった。きっと、家と呼べるようなものはないんだろうなと、確信できていた。

「洞窟とかですね。雨でない日は、原っぱに寝て、夜を明かすこともあります」

 案の定だった。驍嚇の体格で入れる家は少ない。小屋など以ての外だろう。“鬼”二人連れを泊めてくれる家もないだろうし、簡単に想像はついた。

「うーん」

 良くないとは思う。特に、マリみたいな女の人がずっと野宿は危険だ。驍嚇が傍にいられる日は問題ないだろうけれど、はぐれたりしたら一大事になりかねない。

 だからといって、ぼくにどうにかできるかと言えば、今のところ無理だ。ヒノの家の玄関を、驍嚇は入れないだろう。

「ヒノの家は、驍嚇には狭いよなあ。一緒に住めれば良かったんだけど、難しいのかな」

 ひょっとしたら。そんなことを考えないでもないけど。たぶん、いや、確実に、無理だろう。それでも、なんとかいい方法がないものかと考えてしまうのは、無責任だからなのだろうか。

「無理じゃないでしょうか」

 と、マリも否定的に笑った。一応、感謝はしてくれているようだったけれど、言葉では、明らかに断られた。

「誰になのかは私には分かりませんが、私達、狙われているみたいですし、危険ですよ」

 と。そういった理由での拒絶だった。確かに、何故驍嚇は斬られ、どうしてマリは攫われたのか、ぼくも疑問には思っている。きっとそれを暴かなければ解決しないし、マリや驍嚇も、安心して日常には戻れないんだろう。

「何故襲われたかの心当たりもないの?」

 そのくらいはあってもおかしくないのでは。ぼくにはそう思えたけれど、マリは首を横に振るばかりだった。

「分かりません。物の怪に目の敵にされるようなことをした覚えもありません」

「うーん、じゃあ、驍嚇かなあ」

 ぼくは首を捻る。彼になら、何か心当たりがあると言われても、ふしぎには思わない自信があった。

「そんな。アニさんは人に恨まれるような性格じゃないです」

 慌てて否定するマリの言葉には、ぼくも同感しかない。性根は、間違いなくそうだろう。

「鬼というだけで怖がる人は怖がるしね。世の中、あることないこと言いふらす人もいる」

 本人に問題がなくとも、火のないところに煙をたてようとするような人たちはいつだっている。世間の風当たりは、いつも正しく吹いてきているとは限らないものだ。

「もっとも、憶測でものを言うのも同じだけど。本当のところは、ぼくには分からない」

 まずは驍嚇に会うことだ。そこで心当たりがないか聞くしかないのだと思う。勿論、かかわった以上は、その解決にも力を貸したいと思っている。ぼくでは足を引っ張るだけなら、話は別だけれど。

「あ、でも」

 ふと思い出したように、マリがひとつだけ心当たりがあったと言い出した。

「アニさん、同じ仲間とは、仲が良くないみたいです。お互いに距離を置いているって」

 同じ仲間。鬼同士、あまり主義が合わないってことなのだろう。普通の鬼が、おとぎ話にあるように、乱暴者の略奪者だとするならば、納得のいく話だとぼくにも思える。

「なるほどなあ。それはありそうだなあ。でも、鬼が物の怪と協力するっていうのもね」

 かなり違和感がある。どちらかと言うと、鬼であれば、己の力を頼りに、直接襲って来そうなものだ。

「そうですねえ。じゃあ、違うんでしょうか」

「分からないなあ。ぼくはまだ鬼に襲われてもいないから、違うのかもしれない」

 ただ、そうだと決めつけるのも、早計に思えた。

「やっぱり、驍嚇に聞くしかないなあ。全然分からないや。判断のしようがないね」

 そんな風に話しながら、ぼくたちは、なだらかに下る洞窟の中を、歩き続けた。穴の中はだんだん暗くなってきている。地上から遠ざかっているからだ。この洞窟がどこまで続いているのかはまだ分からない。行き止まりでないことを期待して、今は進むしかなかった。

「うーん」

 赤い点も、緑の点も、マップ上には表示されない。本当に何もいない洞窟だった。それがまた、何か不気味な場所のようで不吉な予感を感じないではいられなかった。

 それでも、戻るという考えは浮かばなかった。ここを進む以外に道はない気がしていた。

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