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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第二章 鬼の兄妹
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第二章 鬼の兄妹(4)

 ぼくたちは、長くは休息をとらなかった。崖路は突風に近い強風が吹きつけていて、ぼくがマリの風除け代わりになるのにも限界があったからだ。あまり長く休んでいると、風にあおられて逆に体力を消耗しかねなかった。

 再度歩き始めたぼくたちは、相変わらず細い崖路を進んだけれど、なかなか周囲の様子に変化は見つからなかった。ただ、しばらく歩くと、いよいよ建物に近づいたのか、崖の向こうにだんだんとその姿が隠れてゆき、やがて完全に見えなくなってしまった。建物そのものは、最後までよく見ることができず、白っぽい木造の建物だということが、見えなくなる前に辛うじて分かっただけだった。

 そのあと、ぼくたちは崖路を進み続け、大きく迫り出した壁を回り込むように道が伸びている場所を通り過ぎた。

「ん」

 崖に隠れていた向こう側を見て、ぼくは声を上げた。やっとぼくたちは、環境の変化を見つけることができたからだ。

 ぽっかりと、崖に大きな穴が口を開けている。穴は崖路からは少しだけ高い位置にあったけれど、幸い、段差があるといっても、ぼくの身長でもなんとか這い上がれる高さだった。

 さきにぼくが穴の縁に上がり、それからふりかえって手を伸ばす。マリには、ぼくの手を掴んで登ってもらった。

「この穴が、建物の地下に通じているか、行ってみよう」

 ぼくはそう決断した。あのまま、崖路を歩き続けても、盾元の足下を通り過ぎるだけだと思ったからだった。崖路に、崖上へと登れそうな道も見つからない以上、洞窟の方が、まだ可能性があった。

「ただ、何かの巣になっていることもあり得る。慎重に進もう」

 とはいえ、洞窟の方が、困難に遭遇する危険性は高い。より一層気が抜けない行程になるだろうとも、ぼくは予想した。

「はい。気をつけます」

 ここまでの道程でマリはぼくの指示に従った方が安全そうだと信用してくれたのか、すんなりとぼくの言葉を聞き入れてくれた。

 洞窟の奥は意外に明るい。何処からか光が差し込んでいるか、何らかの光源があるに違いない。とはいえ足元がはっきり見えるとまではいかないから、マリが転ばないよう、ルートは慎重に選んで進む必要があった。こんな場所で足でも挫いたら、進退が窮まること間違いなしだ。

「逸れないよう、ぼくの荷物に手を添えて」

 暗い場所を歩きなれないだろうマリの為に、本当は言われなくても分かっているかもしれないことまで、言葉にしておく。マリはどちらなのかを答えなかったけれど、リュックにずしりと重みを感じて、彼女がしっかりと、リュックの口を閉めているベルトを掴んだのが分かった。

「うん。じゃあ、進むね」

 その負荷を確認してから、ぼくはようやく歩を進めた。洞窟は広くて、足元は砂地だった。鍾乳洞じゃないということだ。

 洞窟の中は、冷たい風が絶えず流れていて、風穴らしさを肌で感じることができた。

「寒くない? 大丈夫?」

 マリに聞きながら歩く。距離感を知るためでもあり、マリの消耗度合いを確かめる為でもあった。洞窟の中は荷物を降ろして開けられるだけの十分の広さがあって、答えがないようなら、毛布を出してあげてちゃんとした休憩にしようと、考えていた。洞窟は冷気で満たされているとはいえ、毛布で暖さえ取れるなら、崖路よりずっと長く休んで大丈夫だ。

「大丈夫です。でも、ちょっと疲れました」

 マリは正直に疲労を申告してくれた。やっぱりちゃんと休憩をとり、身体を温めた方がいいかもしれない。なるべく明るい場所を探して、そこで休息を入れることに、ぼくは決めた。

 洞窟内が比較的明るいから、そう言った場所を見つけるのは難しくない。闇雲に歩く必要がなかったのは幸いだった。ぼくたちはすぐに天井にぽっかり開いた穴から、日光が差し込んできている場所を見つけ、そこで長い休憩をとることにした。

 天井には穴があり、洞窟内には微風程度の空気の流れもある。ということは、火を焚いても中毒になることはないということだ。ぼくは荷物から燃料と焚火台、それに片手鍋を取り出して湯を沸かすことに決めた。

 ついでに、切れ目を最初から入れてあるパンズを二つ出して、僅かばかりの香草とハムを挟んで間に合わせの食事にする。沸いた湯には、乾燥させて粉にした、調味料と幾つかの野菜を溶き、一応のスープ代わりを入れる。

「食べて」

 パンズのうちひとつと、小さなカップに注いだスープを、マリに勧める。あまりお腹はすいていないかも知れないけれど、食べられるときに、少しでも食べておかなければ、あとで後悔することになる。

「ありがとうございます」

 それをマリも理解しているのか、ぼくが用意した食事を、マリはすんなりと受け取った。そして、お世辞にも美味しいとは言えない質素な食事を、手で千切って口に運び始めた。

「あら?」

 そして、パンズを千切る手を止めて、ふしぎそうにそれを眺めた。

「パンじゃないんですねえ」

 それは気付くだろう。なにしろ、歯ざわりが違う。ジャリジャリというか、がりがりと硬い歯応えがした筈だ。

「うん。普通のパンは傷みやすくて携帯に向かないからね」

 ぼくも頷いて、もう一個のパンズに噛り付いた。うん。美味しくない。実際、パンというよりも、味気のない焼き菓子のような食感だ。

「日持ちするような素材で作ると、こうなるんだよ。味はいまいちだけど、保存が利く」

 と、笑ってみせた。本当に感想させた粉で焼いた、ビスケットみたいなものなのだ。

「こういうのは、どこで覚えるんですか?」

 あまり見たことがない携帯食料だと、マリは首を傾げた。

「初めて見ました。それに、普通に喉を通る保存食も、珍しいです」

 確かに、市販されている携帯食に比べれば、普通と言えるかもしれない。それはぼくも認めるところだ。ぼくの焼き菓子だって、家で食卓にあがるようなものではないけれど、謎のペーストとか、どろっとした微妙な液体よりは、人間らしい食事だ。

「そうかな」

 でも、逆に驚かされた。ぼくはマリがそういった携帯食を知っているとは、思っていなかったからだ。

「食べたことあるの?」

「噛めない程硬くて、草の味がしました」

 ぼくの問いへのマリの答えは、少しふしぎだった。ぼくが知っている携帯食とは別物のようだったからだ。国柄の差なのだろうか。

「へえ、そうなんだ。まあ、これは試行錯誤しながら、なんとか自分で完成させたんだ」

 ぼくは、こんなことばかりできる。街の中で金銭を得るのには、これっぽっちも役に立たない研究だ。それがどうした、ってところでもある。

「自分で? アーベルさん、年は?」

 目を丸くして、マリはまじまじとぼくを見た。それが落ち着かない感じで、ぼくは肩だけ動かして、竦めてみせた。

「一二だよ。ぼくにとってはもう、今じゃあんまり意味のない数字だけどね」

「どうしてですか?」

 マリはますますふしぎそうだった。彼女はどこか上品な雰囲気がある。もしかしたら、もともとはいいところの令嬢なのかもしれない。だとしたら、よく理解できないことだろう。

「自分の力で生きなきゃいけないから。そうなったら、年が幾つだろうと、変わらない」

 と、端的にぼくは答えた。若干一二才だからと、金銭を持っていなくてもお店が食事をくれる訳じゃない。子供だろうと、金銭と労働の問題は、容赦なく圧し掛かってくる。

「母さんはずっと前に死んだ。父さんもつい最近に死んで、家も出なきゃいけなくなった」

 でも、そんなのは、ぼくの国ではよくある話だ。

「孤児院はどこもいっぱいで、皆、親を亡くした子供を引き取る余裕なんてない」

 ぼくが暮らした国は、孤児に対して必ずしも優しくはなかった。父が生きていた時は、むしろぼくは逆に多少恵まれていたのだと思う。だからだろう。父が他界したあとの、世間の目は比較的ぼくに冷たかった。

「野外で生きることができたぼくだから、街を出てさまよい歩くって選択肢があったけど」

 苦労をしているとも思ってもいない。安定しない毎日だけど、父なしじゃ、安定させようとしても、貧しい生活しかできなかった筈だ。どっちがいいかなんて分かりもしない。

「ヒノがぼくに家にいてほしいって言ってくれなきゃ、いつまで続けられていたかな」

 やっぱり気持ちは全然違う。帰る家があるって言うのは、いいものだと思う。

「ヒノは姿も見えないし、彼女のことはほとんどわからないけれど、それでも、ぼくは」

 どうしてこんな話をしているんだろう。そこまで話して、ふと、我に返ったようにぼくは黙った。そして、パンの形をした焼き菓子に、齧りついた。

「良い子なんですねえ」

 と、マリは、それだけ言った。ぼくのことなのか、ヒノのことなのかは、言わなかった。

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