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ぼくのヒノは暖炉の前で  作者: 奥雪 一寸
第二章 鬼の兄妹
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第二章 鬼の兄妹(3)

 その夜は、寝室はマリに使って貰った。他にベッドがある部屋はなかったから、ぼくは外にテントを建てて寝ようかと思ったけれど、ヒノに泣きそうな声で、

『そんなのおかしい』

 と止められたから、暖炉の部屋のテーブルを端に寄せ、寝袋を転がして寝ることで、お互いに妥協した。正直、実際には、テントに寝袋の方が寝やすい。家の床より、テントの中の方が、寝袋の下が柔らかいからだ。探検家向けのテントは、何日間も拠点にすることも考慮にいれられていて、レジャーテントに比べると、ずっとクッションが利いているのだ。もっとも、暖をとるという点では、家の中はテントとはくらべものにならない程に快適だから、テントの方が過ごしやすい、という意味ではないけれど。

「おはよう」

 日が昇る前に寝袋を抜け出し、部屋を片付けていると、空が明るくなったころにマリも起き出してきた。

「おはようございます」

 ぼくとマリは朝の挨拶を交わす。ぼくも、マリも、早く驍嚇を探しに行きたくて、気が急いていた。だから、簡単な朝食を済ますとすぐに家を出た。

 今日向かえばいい方向は、朝食を食べながらヒノから教えてもらった。

『今日は、玄関を出たら、真っ直ぐに東に向かって。帰りは、霧を見たらすぐ飛び込んで』

 だろうだ。簡単で良かった。ヒノから貸してもらった装備は、やっぱり玄関近くの倉庫の棚に用意してくれてあって、ぼく用のものは昨日と同じで、銃と、鎧になるプレート、そして行くべき方向を示してくれる霊石の三点だったけれど、今日はそれとは別に、マリが着られる厚手のコートが用意されていた。

 それが用意されていた理由は、霧を抜けてすぐに、ぼくたちにも理解できた。

 霧が晴れると、昨日とは打って変わって起伏の激しい岩場に出た。そして、ものすごい強風が吹いていた。確かに、コートなしでは、さぞかしマリが寒かったことだろう。

 足元から続く人ひとりやっと歩ける幅の細い道と、右には奈落もかくやといった落ち込みを見せる切り立った崖、左側は遥か頭上までそびえる岩壁。崖の向こう側にも高い岩壁が続いていて、亀裂のような谷を吹き抜ける風は刃物のように鋭かった。

「あれ」

 と、ぼくの陰から、前方の遠くをマリが指差す。ずっと向こうに、砦なのか城なのか、建物がひとつあるのが分かった。

「うん。あれに向かうしかないのかな」

 後ろは暗く、崖路は谷底に向かって抉れて崩れている。砦とは逆の方向へは歩いて行けそうになかった。

「はい」

 頭上では、濁った声で鳴く猛禽が、空高く旋回を続けている。どう考えても、仲良くなれる鳥類、という感じではなかった。立ち止まっていれば、いずれ襲ってくるかもしれない。こんな狭い場所で、空を飛ぶものに襲われるのは、ぼくも御免だ。

「歩ける?」

 一応聞いて。

 マリが頷いたのが分かると、ぼくは前を歩き始めた。マリはぼくの背後にぴったりと張り付くように続いて、ついてきた。

「怖いな。嫌な場所だ」

 思わず、気弱な言葉をぼくが漏らす。

「でも、あなたには、こんな立派な装備がある」

 マリが、ぼくの腕で抱えられた銃を撫でた。すでにいつでも撃てるようにグリップも引き出してあって、ぼくの全身にも、透明な鎧を着込んであった。驍嚇がいない以上、戦えないマリを、ぼくが守らなければならない。それは家を出発した時点から自覚していたから、玄関を出る時には、ぼくは完全武装状態にしていた。

「うん。ぼくたちを、ヒノが守ってくれるよ」

 ぼくは自分の力でマリが守れるとは思っていない。ぼくたちを守ってくれているのはヒノの力で、ぼくはそれを借りているだけだ。その事実も忘れるつもりはなかった。

 本当なら、マリは家で待っていてもらった方が良いのだろう。でもそれをマリは嫌がったし、ぼくもそうするつもりになれなかった。おまけに、ヒノも連れて行くことを薦めてくれた。どういう訳か、誰も望まなかったのだ。

「あそこに、驍嚇がいるってことかな」

 ヒノが教えてくれた通りに歩いて辿り着いた場所だ。何もないということはないと確信できる。驍嚇と合流を望んだぼくを来させたのだから、驍嚇に関連した何かがあると思っていいのだろう。

「分かりませんけど、そうであってほしいです。勿論、無事に、ですけど」

 マリも自信なさげに頷いた。無事で。それは当然ぼくもそう思う。その為にも、ぼくたちは、あまり道がいいとは言えない足場を、できるだけ急いだ。それでも、マリが転落したのでは話にならない。急ぎすぎないようには、気を付けた。

「悪いことが起こりそうなことを言うのはやめよう」

 悪いことが起こるのは驍嚇に限った話じゃない。ぼくたちだって、無事にあの建物に辿り着けるか、かなり怪しくはあるのだ。それでなくとも、周りの景色は不吉そのもので、これ以上悪運を呼び込みそうな言葉まで口にしたい雰囲気じゃなかった。

「あ、そうですね。ごめんなさい」

 マリは少しのんびりしたところがあるのかもしれない。やっと気が付いたと言いたげに、首を傾げて笑った。

 それでも、良いことなのか、悪いことなのか、崖路を進むぼくたちには、何も起こらなかった。建物は遠く、進めども進めども近づいた気がしないことは気が滅入ったけれど、そう感じる余裕がある程に、ぼくたちは無事に歩き続けた。

 頭上の鳥は、ぼくたちを追ってきている訳じゃないみたいだった。一羽二羽といった数でもなかったから、見えなくなるということもなかったけれど、てんで勝手に輪を描いているばかりで、その姿も、だんだんと後ろのほうに遠くなりつつあった。最初から、ぼくたちには興味がなかったということなのかもしれない。

 それでも、何度かぼくたちは足を止めたし、ゆっくり進まなければいけないこともあった。崖路は平坦な訳じゃなくて、ところどころ表面が薄くはがれて砂地のように滑りやすくなっていたり、崖下の方向に向かって傾斜がついていたりしたからだった。そういう場所では、ぼくはマリが滑って落ちてしまわないよう、手を取って支えてあげる必要があった。

「アーベルさん、私より年下なのに、とても頼りになります」

 驚いたように、マリはそんな声をあげた。確かに、不安定と言うことでは、荷物を持っていないマリよりも、大きなリュックとテントを背負っているぼくの方がバランスを崩しやすい格好だとは言える。それでも、ぼくは悪路を歩くのに適したブーツを履いていて、普通の靴で歩いているマリよりも踏ん張りがきくから、言う程危なくはなかった。

 それに、慣れているという程ではないにしろ、ぼくは何度かこういった悪路を歩いた経験もある。まったくの素人という訳でもなかったのだ。

「一応、探検家として生きて行こうと思っていたからね。ほんの少し、経験があるんだ」、

 危なくない、と言い切る程のことはしない。そんな豪語をして、先ですっ転んだら恥ずかしいからだ。油断は大敵。うぬぼれて自慢げに話すのは、気のゆるみに繋がる。

「だいぶ道が悪い。疲れたら言って。休憩と水分補給はしっかりとりながら進もう」

 気ばかり逸らせて、勢いに任せて倒れでもしちゃ意味がない。急ぎたいのはやまやまだけど、無理だけは禁物だ。

「はい。ありがとうございます」

 マリの声にはまだ張りがある。無理をしている、ということはなさそうだった。もう少しくらいは進めそうだった。

 しばらく進むと、左側に聳える灰色の岩壁に、斑に白い筋が混じるようになってきた。見るからに、石灰質だ。その存在が、今ぼくとマリが進んでいる崖が、昨日驍嚇と別れた鍾乳洞の近くなのだと、教えてくれているようだった。ところどころ、雨が染み込んで溶けたのか、灰色の岩の間の亀裂のように、空洞の隙間を形成してもいた。

 前方の建物は、だんだんと自分達より高い場所に建っているのだと分かるようになってきた。おそらく、崖の上の高地にあるに違いなかった。崖路から登る手段はなさそうだ。果たして本当に、この狭い道が、あの建物に続いているのか、不安な気分にさせられた。

「上かあ」

 どうやって辿り着くか。岩をよじ登っていく覚悟をしなければいけないかもしれなかった。マリにそれが可能だろうか。無理そうな気が、していた。

「兎に角、進むしかないけど」

 こういう時は、我武者羅に進むのは良くない。

「狭いけど、一旦座って休憩にしよう」

 なるべく平坦な場所を探して、ぼくはマリに座るように促した。下が硬いかもしれないけれど、それでも、立ちっぱなしよりはましの筈だった。リュックが邪魔で危ないから、ぼくは座らなかった。

 水筒はリュックの外にぶら下げてある。

 ぼくはそれをマリにはずしてもらい、先にマリに水を飲むよう、勧めた。

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